魔女の恋
ヒロインがうじうじしてます
街へ遊びに行った日から、あたしはなんか変だ。フロイツハイムの来訪を心待ちにしているし、来たら来たであいつの顔が見れない。薬づくりの時は集中できるものの、ふとした瞬間にあいつのことを考えてしまう。
(……もう、なんなのよ……)
初めての感覚に、あたしは困っていた。そんな折、ウルが依頼を持ってあたしの家に訪ねてきた。病気が原因で起こる酷い疼痛を和らげるため偽りの幸福という、いわゆる麻薬の一種である薬を作ってほしいという内容で、依頼人は高齢のおばあさんだった。
「偽りの幸福ね。そんなに難しい薬じゃないわ。おばあさんの容態によって調整が必要だけど、大体一週間に一本でいいんじゃないかな」
「やっぱりヴァイスは優秀な魔女よね。お代はいつも通り薬一本につき金貨一枚でいい?」
「そうね。新しく材料を買い足す予定もないから」
偽りの幸福は麻薬なので、取り扱う際には医師の同伴を必須となっている。医師、依頼人を交えた面談の予定日の調整をお願いして、本日の商談は終了だ。
「……あー、えっと、ウル。この後、予定ある?」
「ないよ。どうかした?」
「えっと、個人的な相談なんだけどさ……」
そういってあたしはここ最近の感情を説明する。あたしの話を聞いたウルは、にやにやとした表情を浮かべた。
「そっか。ヴァイスもそんな年かぁ」
「もう、からかわないでよ! からかうってことは、何か心当たりあるの?」
「うん。それはどう聞いても恋だよ」
こい? と首をかしげる。「そう、恋」と彼女が繰り返す。鯉……、濃い……、故意……と言葉を思い浮かべて、ようやく「恋」という文字に思い当たった。
「え、あ、う、うそでしょ!?」
「嘘じゃないよ。聞く限りだと紛れもなく恋だよ」
「……マジかぁ……」
あたしは思わず机に突っ伏した。彼女はそんなあたしを見て「落ち込むことじゃないでしょ」と笑う。
「だって、絶対かなわないもの。不毛な『恋』なんてしたくないって思ってたのにぃ……」
「恋はするものじゃなくて落ちるものだから。どうして絶対叶わないって思ってるの?」
「……恋を叶えた魔女の話なんて聞いたことないもの。聞いたことがあるのは、恋に狂って堕ちた魔女だけ」
魔女は異端者だ。普通の人とは違い魔力を持ち、怪しい秘術を使う。そんな魔女は古くから畏怖され、あるいは迫害されてきた。魔女狩りと言った弾圧が行われてきた歴史もある。今でも普通の人は魔女と距離を置いていて、魔女を嫌う人もかなりいる。
「ねえ、あんたの見てきた王弟殿下は、魔女だからってあんたを嫌う人?」
「……違う……かも?」
あいつは魔法を見せても怖がるどころか、キラキラと目を輝かせるもの好きだ。じゃなきゃ、好きにならない。多分、きっと。
「でしょ? 話を聞く限り、あんたに会うためにこんな鬱蒼とした森まで来てくれる感じだよ。望みがないってあきらめるのは、早すぎるんじゃないかな?」
ウルの言葉を聞いて、それもそうだな、と納得できた。
「……そうだね。まだあきらめるには早すぎるかもしれないわ。……ねえウル。あたしがもし、恋に狂って悪しき魔女になりそうだったら、叱って。ぶん殴って」
「あんたなら大丈夫だと思うけど。その時はちゃんと止めてあげる。失恋した時は慰めてあげるからね。よし、王弟殿下へのアプローチを一緒に考えよう! まずは恋愛の指南書を読もうか!」
「え、ちょ、ま……」
「叶えるんでしょ?」
「諦めないって決めただけなんだけど……」
店にあったはずだから取ってくるね、お代? 別にいいよ、ヴァイスの初恋記念にプレゼントするよ。
あたしが止める声も届かず、ウルはそう言い残して店を出て行く。あたしはその様子を見て「ウルってときどきものすごく行動的になるよね……」と苦笑した。
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