星空の下で
夢中で食べていると、あっという間にケーキはなくなってしまった。
「ふう、美味しかった」
「喜んでもらえたようで何よりだよ」
紅茶を飲んで少しのんびりした後、店を出る。いつの間にか夜の帳が降りていた。フロイツハイムに手を引かれ、暗がりの街をゆっくり歩く。
「街って、夜でも騒がしいのね」
「ここは酒屋も多いからな。森だと静かなんだ?」
「どうだろう。夜行性の動物とかもいるから。あ、でも、花の香りは昼より強い気がするわ」
なんとなく空を見上げる。キラキラと瞬く星の配置をぼんやりと眺めていると、ふとあることに気が付いた。
「……もうしばらくしたら、星が降るんじゃないかしら」
「星が振る?」
「流れ星。見たことない?」
あたしがそう聞くと、彼は「小さい頃に一回だけ」と答えた。
「そう。今日は天気もいいし、月明かりも少ないから、綺麗にみられると思う」
「流れ星がいつ来るか分かるんだ?」
「ええ。天の星くずは薬の材料になるから」
星が降った翌朝には、天の星くずが地面に落ちている。落ちてきた星のかけらであるそれは、運がこちらに向く薬、女神の星露の材料になる。
「ねえ。この近くに空が良く見える丘があるんだ。せっかくだから、いっしょに星を見ないか?」
「……いいけど。どうせ明日は星くずを集めないといけないから、夜通し起きてる予定だったし」
あたしがそう答えると、彼は「良かった。こっちだ」と手を引いて案内してくれた。
フロイツハイムに案内されたそこは、街から少し離れた丘だった。彼は「直接座らせるのはさすがにな」と呟くと、ポケットからハンカチを取り出して地面に敷いた。
「この上に座って」
「別にいいのに」
「僕が気にするから」
あれよあれよとハンカチの上に座らせられる。彼が隣に腰を下ろして空を見上げた時、空から一筋の星が流れた。
「あ、始まった」
ぼおっと空を眺めていれば、何度か星が流れる。今日降る星の数は夏に比べて少ない。それでも今年は当たり年のようで、そこそこの流れ星が落ちてきた。
「流れ星が流れる間に三回願い事を口にできると願いが叶うって話、知ってるか?」
「聞いたことない。魔女の間ではそういう話はないと思うわ。そもそも流れ星って速いから、相当難しいんじゃないかしら」
「まあ、そうなんだけどな。……ヴァイスは何を願う?」
「そうね。薬づくりを極める事かしら。まあ、この願いには終わりがないのだけど」
「素敵だと思うよ。僕はそうだな……、だれもが傷つかない国にすること、かな」
「ふうん、いいんじゃない? ちょっと理想論が過ぎると思うけど」
ここは森と違って空が開けているから、満天の星空が良く見える。吸い込まれそうな星空をぼんやりと眺めていると、ふと、肌寒さを感じた。思わず、小さく「くしゅん」とくしゃみをしてしまう。
「寒そうだね。そろそろ帰ろうか?」
「そうね。やっぱり夜は冷えるわ」
あたしはそういって立ち上がろうとした。次の瞬間、地面のくぼみに足を取られてしまった。
「危ない!」
倒れこみそうになったあたしの体を、すぐさま彼が抱き留めてくれた。細身に見えた体は思いのほかがっしりしていて、あたしとは全然違う。
「大丈夫?」
「ええと、まあ」
恥ずかしくて顔があげられない。心臓がバクバクする。初めての感覚に、あたしは混乱していた。
しばらくそうしていたが、フロイツハイムは不意に「あまり外にいると体が冷えるな。そろそろ帰ろう」と言った。そのまま彼はあたしの手を取って、置いて行かない程度の速さの速足で歩く。あたしも少し意識して速足でついて行った。
あたしの家であるあばら家につくと、フロイツハイムは手を離した。
「明日の朝に星くずを取りに行くんだろ。その時はちゃんとあったかくして。それじゃあ」
彼はそう言って立ち去ろうとする。今日は、何から何まで世話になってばかりだ。ふと、このままでいいんだろうか、という気持ちが頭をよぎる。あたしは思わず彼を「ねえ」と呼び止めた。
「どうしたの?」
「えっと……」
何も考えてなかったから、思わずどもる。彼はあたしが言葉を発するのをじっと待ってくれた。どうしようと考えを巡らせていると、試作の薬があったことに気が付いた。
「……飲めば限界まで力を引き出せる神秘の蜂蜜酒っていう薬があるから、持って行きなさいよ」
「え、いいの? 魔女の薬って高いんだろ?」
「試作品だから。勘違いしないでよ、どのくらいの効果があったかテストしてほしいだけなんだから」
「そっか。なら使った後は報告するよ」
「……助かる。取ってくるからちょっと待ってて」
あたしは急いで薬棚をあさる。さっきはああ言ったが、作った薬は一回ちゃんと効果を確かめてる。あいつは騎士をしているから、きっと役立つはずだ。
「はい、これ。無理やり力を引き出すものだから、使った後は疲労がすごいことになるわよ。ここぞというときに使って」
薬を彼に手渡すと「ありがとう」と喜んでくれた。その笑顔を見て、またもや心拍数が上がる。
「ありがとう。それじゃあ今度こそまた。寒いから早めにドアを閉めてね」
「ええ、また」
短く挨拶をして、彼を見送る。なんとなく名残惜しくて、彼が見えなくなるまで見送る。見えなくなる直前、あいつはこちらを一瞬振り返った気がした。
読んでくださりありがとうございました。