喫茶店デート
今回ちょっと長めです
約束の日、あたしはいつものあばら家でフロイツハイムを待っていた。約束した時刻の十分前に、ドアベルが鳴る。ドアを開けたのは、フロイツハイムだった。彼はあたしを見た瞬間、ぽかんとした表情で固まった。
「あ、いらっしゃい」
あたしがそう声をかけても、彼は微動だにしない。「虫が入ってくるからドア閉めて」というと、彼はようやく動いてドアを閉めた。
「なに?」
あまりにもじっと見つめてくる彼に対しそう聞く。
「……いや、綺麗だと思って」
「ああ、この服? 着せられちゃって。ほら、前に話したウルって商人に」
ウルがくれたのは赤が基調のディンドゥルだ。スカート部分には花の刺繍がついている。
「すごくよく似合ってる。花の妖精かと思った」
「はいはい、相変わらずお世辞がうまいわね」
呆れたようにそう返す。外出用のローブと帽子を身に付けたら、彼は手を差し伸べてきた。あたしはけげんな顔をしてその手を見る。
「何その手」
「エスコートするよ」
「魔女にそんなの要らないって」
「僕がしたいからするの。今から行く店の場所、分かんないだろ?」
「やっぱりあんたはもの好きね」
悪態をつきながらもその手を取る。あたしたちは夕方の町へと繰り出した。
久しぶりに来た街は活気にあふれていて、たくさんの人が行き交っていた。「人込みか、苦手だな……」と考えていると、街の人の声が聞こえてくる。
「見て、あの真っ白い姿」
「あいつ、このあたりに住む魔女じゃないか?」
「なんでこの街に住んでいるんだよ。どっかいけばいいのに」
ひそひそ、ひそひそ。聞こえないと思っているのだろうか、街の人はそんなうわさをする。こんな言葉はずっと言われ続けてきた。無視していれば、とくに害はない。
「大丈夫?」
「ええ、平気よ。あんたこそ平気なの? 言ったでしょ? 魔女を連れていたら噂になるって」
「別に気にしない。……早く行こう」
彼はあたしを気遣いながら手を引いてくれる。……こんなふうに手を引かれて歩いたのって、師匠が亡くなって以来じゃないだろうか。若干センチメンタリズムに浸っていると、彼は店の前で立ち止まる。レンガ造りの、可愛らしい趣の店が、今回の目的地のようだ。
「さて、入ろう」
「……並んでるけど」
「予約してるから大丈夫」
彼はそういって店員に話しかける。すると「二名様で予約のフロイツハイム様ですね。お待ちしておりました」と店内へ案内された。並んでいる人の視線が痛い気がする。通された先は奥まった場所にある個室で、品が良く可愛らしい調度で整えられていた。
席について、メニューを広げる。前に持ってきてくれたチラシで見た通りの、かわいらしいスフレパンケーキ? とやらの絵がたくさん描いてあった。いちごにぶどう、オレンジなど、色とりどりの果物がぜいたくに使われたケーキは本当に美味しそうだ。……もっとも、そのぜいたくさにふさわしい値段がつけられているが。どのメニューも大体銀貨三枚。大体あたしの一日分の食費だ。高いものだと銀貨五枚。一般庶民のあたしは、一回のケーキにそこまで払えない。顔を引きつらせていると、彼は「僕のおごりだから、好きなの頼んでいいよ」と笑った。
「……悪いわね」
「気にしないで。ここでおごらなくちゃ、僕は甲斐性なしの笑いものになっちゃうから」
「そうなの?」
「うん、女性を誘っておいて支払いさせるのは、貴族社会じゃ甲斐性なしだ」
「ふーん」
そういうものなのか。不思議だなと思いつつメニューを見る。いちごのやつも美味しそうだが、チョコレートとバナナ? というやつが乗ったものもすごく美味しそうだ。
「決まった?」
「……まだ迷ってる。先に注文してて」
「いいや、待つよ。ところで、どれが食べたいか分からない感じ? それとも食べたいのがいくつかあって迷ってる?」
「……チョコとバナナってやつと、いちごで迷ってる」
「じゃあ僕がチョコのやつ頼むよ。それでシェアすればいい」
「……いいの?」
「構わないよ。飲み物はどうする?」
「……紅茶で」
彼はそう言って笑うと店員を呼ぶ。「チョコレートバナナとイチゴください。飲み物は紅茶とコーヒーで」と伝えると、店員は「かしこまりました」と答えて下がった。
「何から何まで悪いわね」
「いいよ、気にしないで」
あたしは短くそう、と返事をした後黙り込む。店内をぼんやりと眺めていると、「そういえばさ」と声をかけられた。
「……何?」
「いつから薬づくりをしているか聞いてもいい?」
「いいけど。あれは確か……」
あたしは遠くを見るような目で思い出しながら語る。師匠について薬づくりを見学していた幼少時代、それからだんだんと任される工程が増え、十二のころには一人で薬を作れるようになった。そのころから師匠は体調を崩し始め、三年前の冬に息を引き取った。
「で、そこからはずっとあばら家で一人暮らし」
「そっか。……なんか聞きにくいこと聞いちゃったね」
「別に。師匠はあたしの親代わりだから、亡くなった時は悲しかったけど……、今は飲み込めてるから大丈夫。元々高齢だったし、だんだんと体調が悪くなっていったから、ある程度覚悟はできてたわ。それに、師匠の形見の帽子を身に着けてると、師匠が見守ってくれているような気持ちになるから。あの帽子は師匠があたしを一人前の魔女として認めてくれたっていう証で、あたしの誇りなの」
「そんなに大事なものだったんだ」
「うん。……ごめん、湿っぽい話して」
「気にしなくていいよ。僕はその話が聞けて嬉しい」
「あんたは?」
「うん?」
「あんたの幼少期はどうだったのよ」
彼は一瞬怪訝な顔をした後、「別に、おもしろい話でもないよ」と言って話し始めた。
「小さい頃からやんちゃだったよ。僕は側妃の子供だったし、兄がいるから割と自由にさせてもらえた。遊び相手と一緒にいたずらをして回ってさ。兄が勉強してるところに突撃してかまってもらったなんてこともあったな。でも、僕を傀儡の王にしてこの国を牛耳ろうって考える貴族が増えてきたから、僕は王にはならないって意思表示で騎士団に入った。騎士団に入ってからは鍛錬の日々だよ」
「あんた、小さい頃から犬だったのね」
あたしの脳裏には、ちびフロイツハイムが子犬みたいに駆け回る姿が浮かぶ。「ちょっと待って、僕って犬みたいに思われてたの!?」と驚く彼に対し、「これ以上あんたを言い表すのに適してる言葉は知らないわね」と答える。
「僕、一応王子なんだけど」
「あんたを見て王子様っぽいって感じたことないわ」
「……ひどくないか!?」
そっか、犬かぁ……と落ち込む彼に対し、「犬も可愛いからいいんじゃない?」とフォローを入れる。フォローになってるか分かんないけど。
「今のとこ脈なしか……」
「お待たせしました! イチゴのパンケーキとチョコバナナパンケーキ、お飲み物の紅茶とコーヒーです」
フロイツハイムの言葉は店員の声にかき消された。あたしは目の前に置かれたケーキに釘付けになって、彼が何か言ったことに気が付かなかった。
目の前に置かれたケーキにはつやつやないちごと真っ白でふわふわな生クリームが乗せられていてすごく美味しそうだ。チョコの方には黄色い果実と茶色い、これまたおいしそうなクリームがたっぷりと乗せられていた。
彼はテーブルにあった小皿にケーキを取り分けると、あたしに差し出してくれた。あたしも同じようにケーキを取り分けて、彼に差し出す。フォークを入れた感触はふわふわで、とても美味しそうだ。
「すごく美味しい」
ケーキを口に入れると、ふわりと溶けた。まるで雲を食べているみたいだ。上品な甘さとイチゴの酸味がたまらない。紅茶はさっぱりとしていて、これまたケーキのおいしさを引き立てる。
イチゴの方がこんなに美味しいなら、チョコの方はどうだろうか。ワクワクしながら口に入れる。チョコレートの苦みとバナナの甘さがたまらない。バナナってこんなに美味しいんだ。好物の一つにバナナを追加しよう。夢中で食べていると、フロイツハイムが「本当に美味しそうに食べるな」と笑った。
「悪い?」
「いや。そんなに喜んでくれるのなら、連れてきてよかった」
そんなことを言いながらこちらをじっと見るので、少し恥ずかしくなる。
「あたしばっかり見てないで、あんたも食べたら?」
「あはは、そうだね」
彼はそう言ってケーキに口をつけた。
読んでくださりありがとうございました。