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婚約発表

 フィルからの求婚を受け入れた日からしばらくたった後、何とか体力を戻したあたしは、アグネスさんのスパルタマナー講座を受けた。彼女は歩き方、あいさつの仕方、食事の仕方、しゃべり方のマナー、それからダンスに至るまでみっちりと鍛え上げてくれた。


「……疲れたわ」


 一日が終わり、あたしは寝室のベッドに倒れこむ。部屋にはフィルがいて、読んでいた本を閉じて言った。


「ヴィー、大丈夫?」

「ええ。師匠のスパルタ教育はこんなものじゃなかったから」


 十何時間も窯をかき混ぜ続けた時に比べれば、体力の消耗はマシだ。それに、一日に、二三時間程度だとしても、薬づくりをする時間を設けてくれているし。


「ごめんね、僕のために」

「謝らなくてもいいわ。あ、そうだ。今度の休み、時間ある? レッスンが終わった後、森に材料を取りに行きたいんだけど」

「いいよ。メテオールに乗っていこう」

「ほんと? あたし、乗馬って気持ちがいいから好きだわ」


 日中は彼も忙しいから、二人でのんびりできる時間は寝る前のこの時間だ。あたしたちはいつもたわいもないことをおしゃべりする。のんびりおしゃべりしていると、疲れからかふわぁ……とあくびをしてしまった。


「もう眠い?」

「うん……、慣れないことをすると疲れるわね……」

「そっか。じゃあ、僕、もう戻るね」


 彼はおしゃべりを終わると寝室を出て行く。どうやら自室で寝ているらしい。……ここのベッドは大きいんだから、ここで寝ちゃえばいいのに、といつも思う。以前彼にそう言ったところ、「まだ結婚していないから」と断られた。



 そんな日々を過ごして二週間、何とかつけ焼き刃ながらマナーとダンスに関しては次第点を取れるようになった頃、王宮にて夜会が催された。


「痛い! アグネスさん、少し締めすぎ!!」

「ヴァイスさま、お言葉」

「アグネス、少し締めすぎでは?」


 あたしはコルセットとやらをぎちぎちに締められた。苦し……、とひいひい言っていると、「ご令嬢方はこれくらい我慢なさるものです」とたしなめられる。


「素直に尊敬だわ」

「ヴァイスさまもすごい方ですよ。私のマナー講座についてきてくださいましたし、あの腰痛の薬も効果はてきめんで、長年悩まされていたことが嘘のようです」

「薬が効いたのならよかったですわ。また作りますわ」


 言葉使いに気を付けながらそう答えると、彼女は「坊ちゃまが連れて来てくださった方が貴女でよかった」と笑った。「あたしもあなたが教育係でよかったですわ」と答える。


「さて、ドレスに着替えますわよ。じっとしてくださいね」


 そう言って着せられたのは、深い緑色のドレス。髪型も自分でできないほどきれいにまとめられて落ち着かない。着たこともないドレスにそわそわしていると、扉がノックされる。


「どうぞ」


 アグネスさんがそう声をかけると、入ってきたのはフィルだった。彼は騎士団の正装なのだろう、青いラインが入った黒の軍服を着ていた。胸元には、赤い宝石のはまったブローチを付けていた。

 彼はぼぉっとあたしの方を見る。あたしが口を開く前に、アグネスさんが、「坊ちゃま、ぼーっとしてないで、誉め言葉の一つくらいを言うのは紳士のたしなみですよ」とたしなめた。


「ヴィー、良く似合ってる」

「あんt……、フィリップ様もよく似合っていますわ」


 いつもの二人称を使いかけ、慌てて直す。彼は、ヴィーにそうやって呼ばれるのはむず痒いな……、と頭をかいた後、「行こうか」と手を差し出してきた。あたしは「ええ」と返事をして、その手を取った。



 あたしはフィルに手を引いてもらって会場に入る。会場では、あたしの姿が奇異の視線を集めているのか、ひそひそ話が聞こえてきた。


「大丈夫。絶対、守るから」


 フィルがそっと手を握り返してくれる。あたしは頷いて、彼の手を握り返した。

 二人で王様の前に進み出る。アグネスさんに教えてもらった通りの手順で勲章を受け取ると、会場内に拍手が沸き上がった。

 その後あたしとフィルの婚約が発表され、会場にどよめきが起こる。ほらやっぱり、とあたしが思っていると、フィルが右手を挙げた。会場は静まり返る。


「みんなの懸念はもっともだと思う。けれど、彼女がいなければ、僕は今日この場所に立てなかった。ヴァイスは誤解されやすいけど、誰かの役に立つために全力で頑張れる善き魔女だ。そんな彼女だから、僕は恋をしたんだ」


 フィルの真摯な言葉が届いたのか、ぽつぽつと拍手が起こる。あたしは「また助けてもらっちゃったわね」と言うと、彼は「お互い様だよ」と笑った。


「ヴィーが大変な時は僕が支えるし、僕が大変な時はヴィーが支えてくれてる。夫婦って、そういうものでしょ?」


 そう言って笑う彼の言葉に、「……それもそうね」と同意する。「さて、次はダンスだ」と笑う彼の手を取って、あたしは月の光が差すダンスホールへと歩みを進めた。

読んでくださりありがとうございました。

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