なじみの商人
ドアベルがチリンと鳴る。やってきたのは、なじみの商人のウルリケだ。
「いらっしゃい」
そう挨拶すると、彼女は「お邪魔するね」と笑った。
「はいこれ。注文の品」
月に一回、あたしは彼女に薬を卸している。今回は一番ランクの高い回復ポーション10本に、虫殺し、美容液などだ。彼女は中身を改めると「今日もいい品だね」と笑った。
「はい。お代の金貨18枚ね」
間違いないかと、お金が入った小袋を確認する。うん、問題はない。
「食料は私のチョイスでいいの?」
「うん。ウルのチョイスは信頼できるから」
「そう言われると商人冥利に尽きるね」
金貨9枚支払って食料を買う。彼女が持ってきてくれるのは保存のきくパン、干し肉、塩漬けや瓶詰めにされた野菜など日持ちのするものだ。あたしは一ヶ月に一度しか買い物しないからこういうのは本当に助かる。
食料を買ったら次は薬の材料だ。材料になるのは魔物などから得られる素材、様々な薬草、鉱物など。これらの質は薬の質にもかかわってくるから、慎重に選ばなければならない。
「今回は何が欲しいの?」
「リーベの花、グルーウェンチョウの羽。あとハイレントカゲのしっぽと、ベルンシュタインをお願い」
あたしが欲しい素材を言うと、彼女は「よしきた」と言って袋の中から材料を取り出してくれた。
「うん、どれも状態がいいわ。さすがウル」
「ありがと。じゃあ、金貨3枚と銀貨7枚ね」
あたしははい、とお金を手渡す。魔女の薬の材料はとても高い。だから、庭でよく使う薬草を育てたり、森で採取できる素材は自分で採集したりしている。確か倒れていたフロイツハイムを見つけたのも、森へ採集に出かけた時だったはずだ。
「うん、まいど。いつもありがとね」
「それはこっちこそ。あ、そうだ。ウル、お出かけに使えそうな服ってある?」
あたしがそう言うと、彼女は目を丸くする。
「引きこもりのあんたが珍しいね。いくつか持ってるよ」
彼女はそう言って商品が入っている袋の中を探り始める。
「で、どこに行くの?」
「なんか、スフレパンケーキ? ってやつ食べに行く」
「ん~、あんたは街にほとんど出ないからねぇ。やっぱ心配だよ。ついていこうか?」
「最近忙しいんでしょ? 無理しなくていいわ。フロイツハイムもいるし」
騒がしいあいつの名前を出すと、彼女の手が止まった。
「フロイツハイムって、フィリップ・フロイツハイムのこと?」
「確かそんな名前だった気がする」
「ほんとに? 騙されてないよね?」
「中央の騎士の身分証は持ってたけど」
騎士の身分証は特別な錬金術で作られた品物で、基本的に偽装は出来ない。倒れてたあいつを助けた日も、懐に入っていた騎士の身分証が本物かどうか確かめてから家に上げた。
「そう? なら本当かな?」
「あいつって有名人なの?」
「うん。王弟殿下よ。母があまり身分の高くない人って言うのもあって、爵位をもらって臣籍降下するんじゃないか? って話になってるね。甘いマスクと紳士的な対応から、社交界でも人気なんだって」
「……あいつが紳士的? 犬の間違いじゃなくて?」
思わずそう零すと、彼女は「あくまで評判だからね」と笑う。
「ところで、なんでそんな話になったの?」
「少し前に森の中で倒れてたのを助けたら、なんか懐かれて。この前押しかけられた時に誘われた」
あたしがそう言うと、彼女は「それってデートでしょ。じゃあ、しっかりおしゃれしないとね」と返す。
「え、いや、安いので……」
「だめよ! ちゃんと見立ててあげるから。お代のことは気にしないで。私からのプレゼントだと思ってね」
「……ちょっと、ウル、落ち着いて……」
あたしの叫びは彼女には届かない。結局その日はウルに着せ替え人形にされた。彼女が帰る頃には、日がとっぷりと暮れていた。
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