後悔と、今できること(フィリップ視点)
フィリップ視点です
ヴィーが西の魔女から聞き出した情報をもとに、ブルクハウス侯爵家を調べた。魔女が残していたと言っていた契約書はすでに燃やされていた。この前の襲撃事件は間違いなく侯爵家の仕業なのに、決定的な証拠が見つからず責を問うことができなかった。
ここ数日間ずっと騎士団の本部に缶詰めで、ようやく離宮に帰って来れた日。ヴィーに付けていたアグネスから、「彼女は荷物をまとめて帰った」という報告があった。
「一体どういうこと?」
「どういうことじゃありません。坊ちゃまが使者を通じてヴァイス様とは縁を切る、離宮を即刻立ち去れと告げたじゃありませんか。坊ちゃま、私は失望いたしました」
厳しい顔で告げる彼女の言葉に呆然とする。そんな話は知らない。
「僕はこっちに使者なんてやってない。どんな奴だった?」
「本当ですか?」
じっと見つめる彼女のまなざしに、しっかりと頷く。アグネスは「もう失望させないでくださいませ」と言ってから教えてくれた。
「背は坊ちゃまと同じくらいでしょうか。切れ長の緑の目に白い髪で、執事のような恰好をしておりました。そして、生え際が後退しておりました」
そんな特徴の人物に一人心当たりがある。ブルクハウス侯爵家の執事だ。いやな予感がする。すぐにヴィーを追いかけなければ。
「ごめん、ヴィーを追いかけてくる!」
「坊ちゃま、一体どういうことですか?」
「使者はブルクハウス侯爵家の者だ! ヴィーが危ない!」
僕は家を飛び出すと、ヴィーを探し始めた。
もしかしたら無事に家についているかもしれないと、一縷の希望をもって森へ向かう。しかし、あばら家のなかには彼女の姿はなかった。僕は焦燥しながら街の人に聞き込みをして、何とかヴィーの足跡をたどる。彼女が出て行った後からずいぶんと時間がたっていたようで、なかなか足取りはつかめなかった。それでも何人か「数時間前に泣いている魔女を見た」という人がいたので、彼らの情報をつなぎ合わせてどうにか行方を追う。
泣いていたのか。直接的な原因はブルクハウス侯爵家の執事とはいえ、泣かせたのは、僕だ。尋問の後、ヴィーがこちらを振り返った時、彼女は悲しそうな眼をしていた。それに気が付いていたのに、僕はなんて言葉をかけていいのかが分からなかった。そのせいでヴィーは傷つき、泣きそうな顔で地下牢を出て行ったのだ。
そのあと騎士の仕事で離宮へと帰れなくなった。いや、そんなことはいいわけだ。僕は何としても一度離宮に戻ってヴィーと話すべきだった。それが出来なくとも、手紙の一つや二つ位送ればよかった。……後悔してもきりがない。どうか無事でいてくれと、僕は祈りながら夕暮れの町を走った。
最後の目撃情報があった路地裏へ赴けば、そこには魔女の帽子が落ちていた。その帽子には見覚えしかない。お願い、間違っていてと祈りながら、僕は帽子に近づく。
そこにあったのは、彼女の帽子だった。無残にも踏みつけられ、形が崩れている。周囲には争いの跡が見られ、道には血痕が残っていた。
……間に合わなかった。僕のせいで、彼女を危険な目に合わせてしまった。目の前が真っ暗になる。
僕が帽子を握りしめながら打ちひしがれていると、コツコツと近づいてくる足音があった。顔をあげると、そこにはブラウン商会のウルリケが立っていた。
「殿下、それは……?」
僕の持っている帽子を見て、彼女は声をかけてきた。
「ヴィーの帽子だ。ここに落ちてた。……僕の不手際で、ヴィーを危険な目に合わせてしまったんだ」
ヴィーを泣かせるなと脅しをかけてきた位、彼女を大切に思っているブラウンさんに申し訳なくて、顔をあげることができない。
「ヴァイスは今どこに?」
「分からない。恐らく、ブルクハウス侯爵家に連れ去られたと思う」
「だったら、落ち込んでいる暇なんてないのではありませんか?」
ブラウンさんの言葉に驚いて顔をあげる。彼女は僕に目線を合わせると、言い聞かせるように言った。
「起きたことをクヨクヨ悩む暇があるなら、今できることをしないとだめですよ。騎士団第一部隊長の肩書が泣いちゃいます」
……そうだ。落ち込んでいる暇なんてない。今この瞬間にも、ヴィーは危害を加えられているかもしれない。幸い、首謀者候補はある程度絞れている。
「ブラウンさん、ありがとう。ヴィーは必ず僕が助け出します」
「殿下、わたしの大事な妹分を、どうかよろしくお願いします」
ブラウンさんは頭を下げる。僕は「分かりました」と力強く頷いた。こうしてはいられないと、僕は急ぎ足で離宮へと駆けていった。
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