誘拐
少しすれ違います
数日たっても、フィルは戻ってこなかった。西の魔女がお貴族さまの名前を吐いたから、それの処理に追われているのだろう。そうこうしているうちに、フィルの使いと言う人がやってきた。
「もうドアは直ったそうです。ですから、あなたはこの離宮から即刻立ち去るようにと。それと、殿下は貴方と縁を切る、二度と会わないでくれとおっしゃいました」
「分かったわ。……これ、少ないけどお礼。フィ……殿下に、ありがとうと伝えておいて」
……分かっていた。覚悟していた。尋問の時に見せたあの姿は、間違いなくあたしの本性だ。引かれてしまったのなら仕方がない。すぐに荷物をまとめる。そして、ずっと世話をしてくれたアグネスさんに「お世話になったわ」とあいさつした。
「坊ちゃまもお人が悪い。きちんと直接会って謝罪するのが筋ですのに」
「いいのよ。引かれることをしたのはあたしだもの。そうだ。これ、腰痛の薬。いらなかったら捨てといて」
「いえ、ありがとうございます。大事に使わせていただきます」
彼女はぺこりと頭を下げた。礼儀正しい人だ。こんな魔女でもきちんと世話をしてくれた。もう一度感謝の気持ちを伝えてから、離宮を後にする。
まだ日が高いので、つばの広い魔女の帽子をかぶって道を歩く。
「おい、魔女だぞ!」
「まあ、不気味ね」
「お母さん、あのひと……」
「指さしちゃいけません。呪われてしまいますよ」
いつもは気にならない有象無象が耳に入ってくる。そうだった。魔女は異端者。そんな奴が王子様の恋人なんて、身の丈に合わなかったんだ。
普段は何ともないはずの言葉で傷ついて、涙がこぼれる。泣き顔を見られたくなくて、ここにいちゃいけない気しかしなくて、帽子を深くかぶり足早に歩いた。
人目を避けて路地裏へと入る。ここは、フィルに告白された場所だ。好きな人が出来たら振ってくれていいと言ったあたしに、彼はそんな日は来ないと答えた。
「……嘘つき」
ああ、まただ。油断すると涙がこぼれてしまう。
「バカだなぁ……、あたし」
優しかったから、よくしてくれたから、すきになって。こんなに泣くぐらい好きだったのなら、魔女をやめればよかったのだ。魔女でなければ、あんな恐ろしい本性なんてない。普通の女の子だったら、あんな風にドン引かせることなんてなかっただろう。
そこまで考えて、鼻で笑う。できるはずがない。小さい頃から魔女になるために頑張ってきた。師匠が亡くなってから、あたしを生かしてくれたのは、ウルと、師匠が教えてくれた薬づくりの知識だ。
魔女であることを、異端者であることを、やめられない。そのくせ人並みの愛情を、幸せを欲しがるなんて、とんだ傲慢だ。だからきっと、これは罰だ。
「……帰ろう」
帰って、数日間は引きこもろう。数日間泣いて泣いて泣きまくれば、きっとまた前を向けるはずだ。師匠を失った時もそうだった。結局、大切な人たちは手のひらからこぼれ落ちていく。ローブで乱暴にごしごしと顔を拭き、前を見た瞬間だった。
「おい、こいつか?」
「間違いねえな、へえ、結構な上玉じゃねえか」
「真っ白で気持ち悪いの間違えじゃねえのか?」
いつの間にやら、人相の悪い男たちに囲まれていた。ここは人気のない路地裏だ。こういう人たちもいっぱいいるから、気を付けなければならなかったのに。失恋のショックで回りが見えなくなっていたなんて、とんだ笑い話だ。
「どいてちょうだいよ」
「そいつはできない相談だな」
「いいの? 呪うわよ」
あたしはそう言って杖を取り出す。だが、その杖はあっという間に奪われてしまった。
「へへっ、杖のない魔女なんざ、なんにも怖くねえ」
魔女が魔法を使うには、杖が必要だ。頼みの綱を失い、あたしの頭は一瞬真っ白になる。
まずい、どうにかしないと。相手に分からないよう、懐の薬を探る。良かった、入っていた。バレないようこっそり瓶のふたを開け、捕まえようと近づいてきた男たちにかけた。
「うわっ、なんだこれ!」
「くそっ、しびれて動けねぇ!」
特性のしびれ薬がかかった男たちは、その場にうずくまる。あたしはその隙をついて逃げ出そうとした。あと一歩で路地裏から出られるところで、入ってきた大男にぶつかった。
「ごめんなさい!」
「くそっ、ぶつかってきやがって。っておい、この女、依頼された女じゃねえか。逃げようったってそうはいかないぜぇ?」
男はそう言うとあたしを担ぎ上げる。あたしは何とか逃れようと、じたばたと手足を動かした。
「ちっ、いい加減にしろ」
男の手刀が、あたしの首の後ろに襲い掛かる。痛みとともに、あたしの意識は真っ黒に握りつぶされた。
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