離宮にて
フィルに連れられて離宮へと入る。すると、ひとりの女性が頭を下げて迎えてくれた。
「彼女がヴィー付きにした侍女の、アグネス・シュミットだよ」
「よろしくお願いします」
彼女は頭を下げる。ぽかんとしていると、フィルは「どうしたの?」と心配そうに顔を覗き込んでくる。
「……無知で悪いんだけど、侍女って何かしら?」
「身の回りの世話をしてくれる女性のこと。貴族とか、裕福な商人とかは雇っていることが多いかな」
「へえ。……あんたにもいるの?」
「僕の場合は男性かな。……嫉妬?」
「だとしたら悪い?」
「全然。むしろ嬉しいかもな」
「変な奴」
あたしが吐き捨てるように言うと、彼は楽しそうに笑う。そのあとフィルは部屋へと案内してくれた。普通の庶民だったら一家族暮らせる広さの部屋へと通される。部屋には大きなベッドと皮張りのソファ、ダイニングテーブルに大きなクロゼットも備え付けられていた。
「で、この部屋は何人で使うの?」
「ここはヴァイスが使う部屋だよ」
「は?」
お貴族さまってすごいのね……と呟くと、「まあ確かに、相当広いよね」と彼は笑う。
「この部屋は好きに使って。あとごめん、連れて来ておいてなんだけど、多分明日から僕はあんまり帰って来れないかも。なるべく夜には帰ってくるつもりだけど。西の魔女とやらの行方を探さないといけないから」
「そう。分かったわ。確か、西の魔女ってデイヴィス商会とエバンズ・ファミリーって呼ばれる闇商会と仲が良かったはず。他の魔女からの又聞きだけど」
「ほんと? 情報ありがと」
気を付けて、というあたしに対し、彼は「もちろん。もうあんなヘマはしないよ」と笑った。
こうして、離宮での生活が始まった。期間はドアが直るまでの一週間。最初は世話してくれる人がいるのに慣れなかった。アグネスさんは着替えも手伝おうとしてきたけど、さすがに抵抗があるから遠慮してもらった。
フィルはあんまり帰って来れないと言っていたが、夜には帰って来て一緒に夕食を取ってくれた。離宮での食事はとても質がいい。スープに付けなくても柔らかいパンなんて初めて食べた、と言うと、フィルは「僕のも食べる?」とパンを差し出す。
「別にいいわ。騎士は体が資本なんでしょ? それに、そんなに食べられないわ」
「それならいいんだけど……。ヴィーは食が細いから、ちょっと心配だな」
「そう? 普通だと思うけど。あんまり外に出ないしね」
何気ない話をしながらの夕食なんて、何年ぶりだろう。師匠が亡くなってから、こんな時間なんて取れなかった。
「それで、西の魔女の捜索はどうなの?」
「あ、それ聞いちゃう? 今はヴィーが教えてくれた二つの闇商会を当たってる。状況は……あまり芳しくないかな。普通に法令違反の商会だから、そっちの沙汰も出さないといけないし」
「そう。手伝えることがあったら言ってね。あんたからの依頼だったら、ウルを通さなくても受けるわ」
「……そういえば、魔女ってどんな風に依頼を選別してるの? 非合法な依頼もあるだろうし」
「それは人それぞれね。あたしはウルに丸投げしてる。紹介料とられるけど、安心でしょ」
「……本当にブラウンさんを信用しているんだね」
彼は少しむっとした表情になった。
「師匠のころからお世話になってる商人だから。あたしは勝手に姉みたいに思ってる。彼女がいなければ、師匠を失ったあたしは野垂れ死んでたわ」
「そう、大事な人なんだね」
「うん。ウルは命の恩人よ。……どうしたのよ、変な顔して」
あたしがそう聞くと、彼は恥ずかしそうに黙り込む。彼の言葉をじっと待っていると、ややあって、フィルは口を開いた。
「そんなに信用されてるブラウンさんがうらやましいなって……。僕、何言ってるんだろう」
彼は悲しそうな、切なそうな表情で頭をかく。本当に何言ってんだろう。ウルへの好きと、フィルへの好きは種類が違うのに。
あたしは椅子から身を乗り出して、フィルの顔を強引につかむ。そしてそのまま、彼に口づけた。
「あんたへの好きはこういう好き。ウルへの家族に対する好きとは違うわ」
そう言って離れた瞬間、ここが使用人たちの目がある食堂と言うことに気が付く。あたしは茹でダコのように真っ赤になってしまった。
「随分と大胆だね?」
「……からかうんだったらもうしないわよ?」
「それは大変だ」
さっきまでの表情はどこへやら。フィルは楽しそうにあたしをからかう。照れ隠しで視線をそらしていると、いとおしそうな手つきで頭をなでられた。
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