フィリップのお願い
しばらく馬に乗っていると、ウルの店につく。ウルを呼ぶとすぐに来てくれた。彼女はフィリップの姿を見て、驚いた顔をする。
「で、殿下! えっと、何か御用ですか?」
「僕はただの付き添いです。ヴァイスが薬を売りたいそうで」
「ああ、そういうことでしたか」
ウルは頷くと、あたしの方に向き直る。あたしは持ってきた薬をすべて渡した。
「あれ? いつもより多いね」
「試作の薬とかも持ってきた。しばらくフィリップのところ泊まるから。ドアが壊れちゃって」
「ドアが壊れたって、大丈夫なのかい? けがは?」
「壊されてたときは離れてたから大丈夫」
「それならいいんだけど……」
彼女は雑談しながらも薬を査定してくれた。代金を受け取り、そこから解毒剤の材料代を支払った。
「あの時は本当に助かったよ。やっぱりウルの店の商品は質がいいね」
「ありがとね。今後ともごひいきに。あ、しばらく家に帰れないんなら、薬の依頼って厳しいかい?」
「あっ、そっか」
泊まるんだったら薬づくりなんてできないことに今更ながら気づいた。仕方がないか、と思わずつぶやいてしまう。
「遠慮せずにしてもいいよ。道具は準備させるし。薬づくりって何が必要?」
「包丁と鍋があれば。あと炊事場を貸してくれればいいわ」
「分かった。確か使ってない炊事場があったはずだから、好きに使って」
「ほんとにいいの?」
「うん。僕、薬づくりをしているヴァイスを見るのも好きだし」
フィリップの許可が取れたので、ウルからいくつかの薬の材料を購入する。何の薬を作ろうか考えていると、ウルはにやにやしながら言った。
「愛されてるねぇ。うらやましい限りだよ」
「ウルもモテるんじゃない? 綺麗だし」
「モテるにはモテるんだけど、みんな私のことをお金としか思ってないんだよ。ひどい奴は私と付き合うことでブラウン商会を乗っ取ろうと考えてる」
「そっか。そいつらに嫌がらせしたくなったら言ってね。嫌がらせにぴったりな薬、いくつも作れるから」
「それは心強い」
あたしの言葉に、ウルはからからと笑う。しばらく話した後、彼女は「ごめん、次の商談があるんだ」と立ち上がった。
「え、ほんと? それは早く行かないと。引き留めてごめんね」
「いいのいいの。それじゃあね。……殿下、一介の商人の脅しなどこわくないかもしれませんが、言っておきます。ヴァイスを泣かせたら承知しませんからね」
「もちろんです。必ず幸せにします」
ウルの言葉に、フィリップは頭を下げる。その言葉を聞いて、彼女は満足そうに頷いた。
用事も済んだので、フィリップの馬に相乗りして離宮へと向かう。道中、彼は「ヴァイス、お願いがあるんだけど」と口を開いた。
「なあに?」
何かの薬の依頼だろうか。どんな薬だろう。手持ちの材料で足りるといいけど、なんてことを考えていると、彼は続ける。
「僕のこと、あだ名で呼んでくれないかな?」
「あだ名?」
予想外のお願いに、思わず聞き返す。フィリップは「そう」と返事をして言った。
「さっき、ブラウンさんをあだ名で呼んでただろ? ……ちょっと、うらやましくなっちゃって」
「そう」
ことのほかそっけない返事になってしまう。すると彼は「だめだよね……」と落ち込んだような声を出した。
「別に、だめとは言ってないわ。いいわよ。フィリップだから……フィル?」
「うん、いいね。僕もヴァイスをあだ名で呼んでいい?」
「いいけど」
「うーんと、そうだなぁ……。ヴィーとか?」
「いいんじゃない?」
あたしがそう返事すると、彼は「ヴィー」と耳元でささやいた。思わず続々としたものが駆け巡り、耳を押さえてしまう。
「ちょっと、いきなり何よ!?」
「呼びたくなっただけ」
「ばっかじゃないの!? 危うく落ちるところだったわよ!!」
「大丈夫、ちゃんと支えるから」
彼はからかうような声色で言うと、あたしに密着する。恥ずかしいと抗議すると、「こうしたほうが落ちないよ」と笑った。少しむっとしたあたしは、「あんまりからかってると怒るよ」と答える。
「それは困るな」
彼は全然困ってないような口調で笑う。思わず「フィルのばか」という悪態が口をついたが、彼は「そんなことをしても可愛いだけだよ」と嬉しそうに笑うだけだった。
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