あばら家でのお茶会
新連載です。完結まで、毎日更新していきます。
あたしは、人里離れた西の森にすむ魔女、ヴァイスだ。様々な効果を持つ魔女の薬を作って売ったり、依頼された薬を作ったりして生活している。そんなあたしには、最近悩みがあった。
自宅兼店舗にしているあばら家の、ドアベルがチリンと鳴る。あたしは薬づくりの手を止めずに視線だけで来客を確認した。ああ、またあいつだ。
「騎士って言うのは暇なの?」
「まあまあそう言わずに。ズュースのケーキも持ってきた」
扉を開けたのは、中央の騎士であるフィリップ・フロイツハイムだ。森の中で倒れていたのを助けてから、何かと懐かれている。ズュースのケーキと聞いて、あたしの口角が上がった。あいつの手土産の中で、特に気に入っているものだ。
「もうちょっとしたら薬が出来上がるから、それまで待ってて」
「うん。じゃあ薬づくりでも見てるよ」
あいつは何が面白いんだか、薬を作るあたしに楽しそうな視線を向けてくる。あたしは小さくため息を吐くと、薬に魔法をかけて完成させる。魔法で液面がキラキラと輝いて、どんよりとした紫色が透き通った赤色になれば薬の完成だ。保存魔法をかけた薬瓶に詰めたら、今日の薬づくりは終わり。できあがった薬を薬棚に戻したら、台所に行って手ごろな薬草茶を淹れる。すっかりアイツ専用になったマグカップと、自分のマグカップに薬草茶を注いで、ケーキのためのお皿とフォークを用意した。
「お茶まで用意してくれたんだ。ありがとう」
「別にあんたのためじゃないわ。ケーキのためよ」
「はいはい。そういうことにしておくよ」
彼はにっこりと笑うと、ケーキの箱を開ける。
「こっちがいつものショートケーキで、こっちが苺のムースケーキ。どっち食べる?」
「そうね。じゃあショートケーキで」
あたしがケーキを指さすと、彼は「だと思った」と言ってケーキをお皿に乗せてくれた。
あたしは小さく「ありがと」と言ってケーキをほおばる。ふわふわのスポンジと軽めの生クリームが絶妙で、思わず顔がほころんだ。しばらくケーキを堪能していると、何やら視線を感じる。顔をあげると、あいつが妙ににやにやとした表情で落ちらを見ていた。
「じっと見つめて、どうしたのよ」
「うん? 可愛いなと思って」
ニコニコとしながらそう言う彼に、「お世辞を言っても何も出ないわよ」と返す。
「お世辞じゃないんだけどなぁ……」
「何か言った?」
彼は小さな声で何か言ったが、うまく聞き取れなかった。聞き返しても「気にしないで」と言われたので、気にしないことにした。
ケーキを食べてのんびりしていると、彼は「あ、そうだ」と言って懐から何か取り出し、あたしに手渡す。
「なにそれ」
そう呟きながら手渡された紙を受け取る。よく見てみれば、それはそこそこ分厚い卵色のケーキに、真っ白な生クリームが添えられているお菓子の絵だった。その絵には「大人気! ふわふわスフレパンケーキ!」という文字が躍っている。
「美味しそうなお菓子の絵ね」
「絵のお菓子、スフレパンケーキって言うんだ。そこのお店、ふわふわでとろけるようなスフレパンケーキが人気なんだよ」
「へえ、今度買ってきてよ」
「それが、そのお菓子持ち帰りをやってないんだ」
「そう。それは残念」
思わずそう呟く。すると彼は「だからさ、それ、食べに行かない?」と聞いてきた。
……外か。外出がめんどくさいという気持ちと、このお菓子を食べたいという気持ちを天秤にかける。
「そのお店、いろんなパンケーキがあるんだ。一度行ったけど、どれも美味いぞ。行くなら個室を予約する。並ばなくて済むし、人目も気にしなくていい」
「あたしを連れて歩いたら、噂になるわよ」
「僕は気にしない。一緒に食べたいんだ、だめか?」
彼は捨てられた子犬のように瞳をウルウルさせる。このまま断ったら、こっちが悪いみたいじゃない。……仕方ないか。
「……夕方からなら」
「ほんと? ありがとう。日がどのくらい傾いたら外に出られる?」
「あんまり気にしなくてもいいけど。帽子とローブがあるから」
あたしには生まれつき色素がほとんどない。だから日に当たりすぎると火傷みたいになる。まあ、自作の日焼け止めもあるから、そこまで気にしなくてもいい。さすがに太陽がさんさんと照り付ける時間に外には出たくないけど。
「そっか。じゃあ……」
彼は手帳を取り出して予定を確認する。日時はすんなりと決まった。心なしか、彼はうきうきとしているように見える。
「そろそろ戻らないと」
「そう。じゃあまた」
「ああ、また来週な」
彼はそう言って立ち上がると、家を出て行く。あたしは少し寂しくなった気持ちをごまかすように、「やっと騒がしいのがいなくなった」と小さく零した。
読んでくださりありがとうございました。