子供の夢、大人の現(うつつ)
ーーとある将来の夢の発表会の話…なのだが…
「それではみんなにこれから一人ずつ将来の夢を発表してもらおうと思います。」
担任教師の川島は子供たちの前でそう言った。
「「「はーい!」」」子供たちの声が響き渡る。
その様子を副担任の前田が微笑ましそうに見ていた。
「それでは一人目、武山くん。」川島が武山くんを指す。
「はい! ぼくの夢はサッカー選手になって、世界中の強いサッカーチームと戦いたいです!」
武山くんに拍手が向けられた。前田も微笑ましそうに拍手を送る。
「それでは次、中野くん。」
「はい! ぼくは社長になって、お金をいっぱい稼いで贅沢な暮らしがしたいです!」
クラス中に笑いが起きる。川島も前田も笑っている。
「それじゃぁ次は…じゃぁ石川くん。」
「はい! ぼくの夢はプロ野球選手ですっ!」元気いっぱいに発言する石川くん。
「おお、それじゃ、ホームランをいっぱい打ちたい?」
「いいえ! モデルか女子アナと結婚したいですっ!」これまた元気いっぱいに発言する石川くん。
川島の横にいた前田は笑ったまま固まる。
「おお、良い夢だなぁ。」普通に進行する川島。
「えっ?」というような目を川島に向ける前田。
「それじゃ次は尾形くん。」
「はいっ! ぼくの夢は警察官です!」
「おお、警察官?」
「はいっ! 警察になって拳銃いっぱい撃って、警棒でいっぱい叩いて、犯人ぶちのめして、ブタ箱に悪い奴どんどんぶちこんでやります!」
(さすがにこれは…)尾形くんの過激発言に困惑する前田。
「正義のヒーローになるんだ!」鼓舞する川島。
「えっ、川島先生大丈夫ですか?」思わず小声で聞く前田。
「何が?」
「結構ヤバい事言ってますよ?」
「子供の言うことだから。気にしないの。」
「えーっ!?」唖然とする前田。
川島は平常運転で進行を続ける。
「それじゃぁ次は…じゃぁ山田さん。」
「はい! 私は将来、ドレスを着て働きたいです!」
「おぉ~ドレスを着た仕事ですってよ。前田先生どうですか?」
「とても素敵な夢だと思いますよ。モデルさんか何かかな?」
尾形くんの発言から続く心の中の困惑を抑えて平静を装う前田。
「違いまーす。」首を横に振る山田さん。
「え? じゃ、何のお仕事?」
「夜のお仕事!」
頭が真っ白になる前田。自分の質問を心の底から後悔する。
「夜のお仕事ってなにー?」「変なのー」「おもしろそー」
子供たちは聞きなれない言葉に興味を抱いたり、からかったりしている。
「さぁーみんな静かに、夜のお仕事だって立派な仕事なんだから。」川島が子供たちに呼びかける。
「川島先生ちょっと良いですか?」耐えられない前田。
「え、何? ちょっとみんな待っててね。」
廊下に出る川島と前田。
「川島先生、なんか今日の子どもたち変だと思いませんか?」
「何が?」
「石川くんが野球選手になって女子アナと結婚するとか…」
「微笑ましいじゃないか。」
「微笑ましいって…尾形くんの発言とか大変でしょ。」
「無邪気で良い子だ。」
「山田さんなんて“夜のお仕事”って言ってましたよ?」
「それがどうしたの。」
「いやいや、絶対おかしいでしょ。あの子まだ小学生ですよ?」
「前田先生」穏やかな笑顔を向ける川島。「夢は大きく。」
「……はい?」
「続きを始めよう。」
前田は川島につれられ教室に戻った。
「いや~ごめんね~それじゃ続きをやろう。次は佐々木くん。」
「はい! ぼくはお笑い芸人になります!」
「おお、芸人さん?」
「はい! コント作るの楽しそうだし、それでみんなが笑ってくれたらもっと楽しいとおもうからです。」
(やっとまともになった…)前田は安堵する…が。
「しかも人気ものになったら司会者になってたくさんの芸人さんをいじれるし…」
嫌な予感が前田の脳裏をよぎる。
「深夜番組や衛星放送ならお色気番組もあるし…」
「佐々木くーん」前田が大きめの声で呼ぶ。「芸人さんになって売れるのってすごく難しいよ~」
「ちょっとちょっとちょっと…」川島が遮る。「夢のない事を言わないの。」
「そこじゃないでしょ…」前田も小声で返す。
「それでは続いて西村くん。」
「はい、ぼくの将来の夢は…」
(頼む、普通の夢であってくれ…というか“普通の夢”ってなんだよ…)
「監督です。」
(映画だよな…それか建築…)前田は心の中で祈る。
「何の監督?」川島が聞く。
(あなたも聞くな~!)目で訴える前田。
「エー…」
「ちょっと待って!」西村くんを遮り前田が止める。
「川島先生、もう一度廊下へ。」前田が川島を連れ出す。
「川島先生、あの子たちは異常です。」
「どうしたの~?」
「変な欲望にまみれすぎなんですよ!」前田は核心を突いた。しかし…
「前田先生、」川島は廊下の窓の外を眺める。「子供たちはまだ未熟です。だから変な事を変だと気づかない。」
「………」
「我々はただそれを見守る。間違っていたら正せばいい。」川島は前田に振り向く。「女子アナと結婚したいとか、犯罪者を袋叩きにしたいとか、夜のお店で働きたいとか、子供ならそれくらい良いじゃないですか。」
「思いません。」即答する前田。
「続き、やりましょう。」
「あ、逃げた。」
再び教室に戻る二人。
「みんな今日はたくさんの夢を教えてもらったけど…」清々しい雰囲気の川島。「夢を持ってるのは君たちのような子供だけじゃない。」
そう言うと川島は前田の方に振り向く。
「前田先生。」
名前を呼ばれきょとんとする前田。
「あなたがここに来た時に語ってくれた夢、子供たちに教えてやってくれませんか?」
そう言われた前田は川島に代わり教壇に立った。
「みんな、先生の夢は…」目を輝かせる前田。「教師になって、教頭先生になって、校長先生になって、政治家に転身して、国会議員になって、内閣総理大臣になって、日本を大きくして、世界を従えて、地球の大王になるからよろしくな!」
「「「シーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン」」」
「そういうとこだよ前田先生。」
教室の窓から見える大きな雲は風に流され消えていった。
ーー終わり