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千文字小説百物騙  作者: 凪司工房
第壱乃段
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 やめてよ、という声が響く。

 そこは深い森の中、多くの様々な種類の樹木が密集し、枝と枝、葉と葉、つたと蔦がからみ合っている。その中にある、つるりとした表皮の小柄な一本の木に、周囲の大きな樹木たちがわざと寄りかかるようにして枝や葉をぶつけていた。

「どうしてそんなことするんだよ」

 彼の甲高い声だけが響き、他の樹木たちは葉を揺らしてせせら笑っている。

「ねえ! なんとか言ってよ!」

 理由は分からなかった。けれど何故か彼だけが言葉を話すことができた。声を発することができた。

 他の樹木の声こそ聞こえなかったが「気持ち悪い」「さっさと消えろよ」そんな心の声がれ聞こえてくるような気がして、涙が樹皮からにじんだ。それが幾筋も彼のクリーム色の表皮に線を作り、薄っすら縞模様しまもようができてしまった。

 それでも他の樹木たちは彼をいじめることを止めようとはせず、それを制止する他の植物もいない。彼はただ耐えるしかなかった。


 ある日の真夜中、彼の夢の中に光のローブを身に纏った女神が現れた。彼女は言った「何でも望みを叶えてあげましょう」と。

 だから彼は願い、それは叶えられた。


「え?」

 目を開けると周囲の樹木たちはどこかに消えていた。樹木だけじゃない。小川のせせらぎも、小鳥のさえずりも、足元をっていた虫たちも全て、すっかり姿を消してしまっていたのだ。

 その光景に、彼は女神が本当に望みを叶えてくれたと感謝した。

「やったぞー!」

 思い切り声を上げた彼だったが、そこに突然砂嵐が吹き付ける。

「痛い! 痛いよ!」

 けれど嵐は止まない。砂礫されきが彼の表皮をえぐり取っていく。

 嵐が収まると、今度は雨が降り始め、それは夜に近づくに従い雪へと変わる。半日もしないうちに彼の足元は雪に埋もれ、葉の上にずっしりと雪が積み重なった。

 彼は風雨にさらされ、真夏の日光に晒され、真冬の寒さに晒されて、ようやくそれが分かったのだ。

 周囲にあった沢山の樹木たちにより、自分は守られていたのだと。


 彼が一本きりになり、何年が過ぎただろうか。

 周囲には一本として草木が生えてこない。しゃべる相手もおらず、ただ黙ったまま、厳しい自然に耐えるだけの時間が過ぎていく。

 気づくと彼の体にはこけが生えていた。いや、もう既に彼にはそういった思考すら消え失せてしまい、何も感じない。そこに一匹の小鳥がやってきて、花の種を落としていく。それはやがて花になり、実をつけ、新しい緑を増やすだろう。こうして彼は新しい森になっていく。


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