オルゴール
オルゴール。それは職人の繊細な技術により爪を弾いてメロディを奏でる、小さな宝石箱のことだ。
私が置かれているのはアンティークのオークのデスクの片隅で、その背中側には小さな本棚があり、左側の窓辺には少女の為の天蓋付きの大きなベッドが設置されていた。
そう、少女である。今そのベッドの上で目を閉じて寝息を立てている彼女は一メートル二十程と小さく、腰まである長い髪が金色の敷き毛布のようにも見える。瞳も髪に負けず劣らずの黄金色で、誰もが彼女を見て「人形のよう」と形容した。
私がまだ仔犬のワルツを奏でていた頃、彼女のところには毎日のように家庭教師だという男性が遊びに来ていた。すらりと長身で、いつも黒いスーツを身に纏い、細い目で、彼女が見上げるとふっと口元に笑みを浮かべ「どうしたんだい?」と優しい声音で尋ねる男だった。彼女の母親が頼んだそうで、お茶の時間になるとお茶菓子と入れ替わりにその男は部屋から出ていき、彼女ではなく母親の方と歓談していたらしい。そのことに対して彼女は愚痴を零し、それを隠すように私の蓋を開けてメロディを流した。
彼女はいつも「早く大人になれればいいのに」と溜息をついた。
大人がどういう存在なのかは知らないが、今この瞬間の彼女の輝きこそが貴重なのに、と私は思っていた。
やがてその男性は部屋を訪れなくなった。
彼女は部屋に戻ってこないことが多くなり、壁の向こう側で彼女の両親が互いを罵倒する声が響くことが増えた。
私はメロディを奏でることはなくなったが、それでも彼女を見守り続けた。何故ならそれが私にできる唯一のことだったからだ。
けれど彼女はあの日から、二度とこの部屋には戻ってこなくなった。それとともに両親の口論も消え、家の中がひっそりとしてしまった。
それでも私はいつか彼女が戻ってきて、また自分を開けて他愛ない話を聞かせてくれると信じ、待ち続けた。窓も閉め切られ、カーテンも閉じたままの部屋は隙間風すら入らない。ベッドのやや寄れたシーツを直しに来る人間もおらず、ドアには鍵が掛かったままで、本棚にも床の上にも埃が溜まっていった。
一体どれくらいの歳月が流れただろう。
懐かしい解錠の音に続いて聞こえたのは大勢のけたたましい足音だった。
「ありました!」
制服姿の男性は許可なく私の蓋を開けた。
中に入っていたのはもう黒く変色してしまった血がしっかりとこびりついて離れなくなった、ひと振りのナイフだった。




