ミュージアム
ブナ林の小路を抜けた先に二階建ての洋風建築が建っていた。門には『西園寺美術館』という銅板のプレートが貼り付けられている。そこは男が愛人である紅峰玲のために造らせた、彼女専用の美術館だった。
男は彼女に言った。
『君と子どもを作ることはできない。その代わりに何でも願いを叶える』
だから彼女は願った。芸術家としての自分の作品を収める為の大きな宝石箱を。
「それで、どうなんだ?」
管理人という名目で常駐させている監視員の那珂野に様子を尋ねた。彼は彼女がずっと工房に籠もって人形を造り続けていると言い、その様がとても気持ち悪いと正直に答えた。
モニタに映る彼女は粘土を捏ねながら薄く微笑んでいる。ただ着ているワンピースは汚れ、ソースの染みもそのままになっていた。壁際に置かれたプレートの上には食べ残したままのスパゲティがあり、上を羽虫が舞っている。
西園寺は「また来る」とだけ言い、美術館を後にした。
その後、定期報告で日に日に人形の数が増え、第一展示室は既に百体以上の人形で埋め尽くされていると云われた。しかも人形の数が増えるのに伴い彼女のお腹が膨らみ始めた、と云うのだ。西園寺はすぐに彼女を医者に診せるように手配したが、驚くべき診察結果が告げられた。
「おめでとうございます。現在妊娠十六週目です」
人形を作っているだけの女がどうやって妊娠するというのか。西園寺はすぐに那珂野を呼び出し事情を問いただした。しかし彼の言う通り監視記録には微塵も関係を疑わせるものは残っていなかった。
そこで西園寺は彼女に直接尋ねた。一体誰の子なのか、と。
「あなたの子です」
彼女の妖怪じみた笑みを見つけた時、もう後戻りできないところまで来たと理解し「堕ろせ」とだけ伝えると、彼は二度と美術館に足を運ばなかった。
それにもかかわらず彼女は人形を造り続けた。第二展示室だけでなく寝室までも人形が占拠した。廊下や階段にも人形が居座り、そこはまるで人形だけが暮らす住居のようだった。
彼女が妊娠してから二年ほどが経った、ある新月の夜のことだ。監視員の那珂野は突然奇妙な叫び声を聞いたと言う。廊下に出ると足元に粉々になった人形の破片が散らばっており、これは何か異常事態があったのだと悟った。
彼女の寝室を開けると、ベッドの上で血まみれになった彼女が仰向けになって眠っていた。その腹部は破れ、まるで何かが飛び出たかのような、大きな黒い穴がぽっかりと開いていた。