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千文字小説百物騙  作者: 凪司工房
第弐乃段
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教師

 冷たいコンクリートの上にスリッパを脱いで正座で座る。それは三畳ほどの小さな部屋で、後ろのドアが閉められ、施錠せじょうの音が響いた。

「これは罰ではなく、見返りです。あなたの犯した罪に対して、私は罰ではなく見返りを与えてあげているのです。感謝なさい」

 隆典たかのりはいつも暴言と暴力の酷い父から逃げる為に押入れに閉じこもり、闇の中で三歳まで生き延びた孤児だった。

 施設には他にも隆典と同じような子どもたちが多く収容され「教師」と呼ばれる施設の長からほどこしを受けながら、日々を暮らしていた。

 隆典はあまり出来の良い生徒ではなかった。勉強は中の下、手際も悪く、今日は卵を落として割ってしまい、夕食抜きで「自習室」に入れられてしまった。正座をしたひざの上には分厚い本が二冊、載せられている。じっと耐えているとコンクリートに押し付けられた膝と足の甲がじんじんとしてきて目に涙が滲む。

 しかしこれは自分が失敗をしたことに対する見返りなのだ。

 彼は彼女のことを考える。一度としてこの部屋に入れられたことのない優等生のエイミィのことだ。

 彼女は模範生徒として可愛がられていた。彼女のようになりなさい、と常々言われていた。見た目も愛らしく、くるりとした瞳と控えめな態度、はにかむような笑みに丁寧な言葉遣いは、時々施設を訪れる知らない大人たちからも評判が良かった。


 だが彼女が十二歳の誕生日を迎えた日の夜だった。

 彼女はパーティーの主役の席に現れなかった。テーブルの上のケーキは撤去てっきょされ、生徒それぞれが彼女の為にと作った紙製の花束は渡されることなくダンボール箱へと投げ入れられた。

 食事会を終えた後、隆典は教師に尋ねた。彼女はどこに行ってしまったのかと。

 すると教師は小さな溜息をつき、こう答えた。

「エイミィは許しがたい罪を犯してしまいました。私の信頼を裏切り、大切なお客様に対しあってはならない言葉を使い、酷く傷つけてしまったのです。ですから彼女には見返りを与えました」

 その後二度と彼女は施設に姿を現さなかった。

 それどころか、一人また一人と施設から子どもが消えていった。教師はその度に悲しそうな声で「裏切った」と口にする。

 隆典は先生を裏切らないように注意深く行動し、半年後には優等生と呼ばれるまでになった。

「おめでとう。君は素晴らしい生徒だ」

 教師からそう言われ、養子として施設から送り出された隆典の表情は一点のくもりもないガラス細工のような清々しさに満ちていた。


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