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千文字小説百物騙  作者: 凪司工房
第弐乃段
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幽霊の絵

 三年二組の臨時担任をお願いします。

 薄くなってきた前髪を気にしながら土屋大地つちやだいちにそう告げた教頭は、彼の了承を待たずして部屋を出ていく。校長は「宜しく頼む」と言い、老眼鏡を掛け直し、昨年割腹自殺(かっぷくじさつ)した作家の文庫本の続きを読み始めた。

 臨時とはいえ初めての担任になった小学三年生の子どもたちは、みな元気で、授業中によく喧嘩けんかになり、仲裁に入って足をられるのが日常茶飯事だった。

 ただクラスの中で一人だけ、ずっと学校に来ていない生徒がいた。土屋は放課後、その少年の家におもむいた。

「すみません。新しい担任となった土屋です。太郎君はいますか」

 公営住宅になっているアパートの一階がその少年の家で、インタフォンを押してしばらく待っていると、ドアを開けて顔を出したのは親ではなく、目だけがやたらと大きな少年だった。

「こんにちは」

 彼は頭を下げただけで、何も言わず土屋を家の中へと通した。

 まず一歩入って違和感があったのは、家庭の空気がなく、どちらかといえば仕事部屋のような印象があったことだ。

 机の上には少年が食べ残したと思われるカップ麺の空き容器があり、赤や青といった原色が付着した湯呑みが転がっている。

 椅子はなく、部屋の中央には一メートル四方の大きなキャンバスが床に置かれていた。そこに描かれていたのはアパートの一室を上から見下ろしたものだ。女性と男性がテーブルを囲み、ご飯を食べている。卵焼きに焼いたメザシ、和え物に黄色い漬物は沢庵たくあんか。

「これは君が?」

 少年は短く頷く。

「あの、お父さんかお母さんはお仕事かな?」

 だがその質問に困ったようにじっと土屋を見ると、その視線を足元の絵へと落とした。つられて土屋もそれを見る。

 ――え?

 テーブルの上にあったメザシが消えていた。沢庵も一つ減っている。何より男性の箸がつまんでいた卵焼きはご飯へと変わっていた。

 見間違えたのだろう。

 そう思い、改めて絵を見ると今度は女性が席を立ち、茶碗を片付けようとしている。

 実は土屋はここに来る前に、同僚の教師から不思議な話を聞いていた。それは「彼の描いた絵は生きている」というものだった。それくらいリアルなのかと思ったけれど、どうやら本当に絵の中で生きているように見えるらしい。

 彼は絵に話しかけ、何度か相槌あいづちをすると、改めて土屋に向き直りこう言った。

「父が、先生の相手をできず申し訳ありませんと言っています」


 土屋は後日、伴太郎の両親が既に亡くなっていることを知った。


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