4話『トロイアの仲間たち』
パリスの当面の目標は、審判のときになったらアテナを選ぶとして。
いつ頃にそのイベントが発生したか、詳しい日時まではよく覚えていないし、予言でも日時は言われなかった。
王子だと判明した後で、そうそう時間が経過したわけではないと思うが心構えが必要だった。
イーデ山でオイノーネとカサンドラを交えて一晩中対策を練っていたパリスたちは、一眠りしてからカサンドラとひとまず王宮に戻ることにした。
「……とりあえず、ヘク兄にでも相談してみようか、カサンドラ」
「父上や他の兄弟を集めて、皆に注意喚起してはダメなの? お兄様」
「あんまり信用が無いんだよなあ、オレって。まあぽっと出の兄弟だし。正直いい印象がお互いになくて……」
パリスがトロイア王子だと判明したのは奇しくも『赤子の頃に亡くなったパリス王子追悼記念競技会』であった。自分が死んだことを祭りにされているとはつゆ知らず、優勝賞品として持っていかれた自分が育てた牛を取り戻すため飛び入りでパリスは競技会に参加したのだ。
トロイアは王子の数が非常に多く、多くは軍属として将官になっている。そして競技会とは王子らが軍人としての実力を皆で競い、国民にアピールするイベントであったのだ。
そこを飛び入りで牛飼いが乱入した挙げ句、全種目で王子たちを破って優勝を掻っ攫ったのだから顰蹙モノである。
なお嫡男のヘクトールは参加したら自身がどの競技でも優勝するので辞退していたため、パリスが勝利した王子たちはヘクトール以外の、という但し書きが必要だ。
そしてプライドをへし折られた大人げない王子たちは怒りだし、そのうち一人デイポボスが斬りかかってきたのでパリスは神殿に逃げ込む羽目になった。
そのときにカサンドラがすかさず「彼はトロイアの王子パリスです!」と予言をして──言葉が信用されない呪いでスルーされ──カサンドラの双子の弟ヘレノスが改めて王子だと予言を与えたことで、パリスは迎え入れられた。自分の言葉が全然効果がなかったカサンドラは泣いた。
そんなこんなで王子になったものだから兄弟の印象はお互いにあまり良くない。
おまけにデイポボスは予言で見た未来だと散々パリスを罵りまくっていた。ヘタレだとか諸悪の根源だとか一騎打ちで負けて死ねとか雑魚とかトロイアのお荷物とか軽傷で泣き叫ぶな鬱陶しいとか……全部そのとおりではあったが。
だが、
「ヘク兄だけはやたらと優しかったからなあ。人の話をちゃんと聞いてくれるし」
「あの状況のパリスお兄様を見放さなかったって凄いですよね。ヘクトールお兄様がいなかったらきっと簀巻きにされてギリシャ軍の前に投げ捨てられていましたよパリスお兄様」
「なんかそっちの方が戦争早く終わりそうだけど……オレ死にたくない!」
ヘクトールは家族愛に満ちた男で、パリスが嫁を浚いにいこうと準備してるときも説教したり、連れ帰ってきても説教したり、ギリシャ軍が攻めてきても説教してくることはあったが、パリスを守るべき弟として決して見捨てなかった。
しかしながら当時のヘレネーに狂っていたパリスは説教受けてもどこ吹く風であり、ヘクトールが戦争の被害に頭を悩ませているときもヘレネーたんチュッチュしていただけで一向に気にしていなかったのだが。
「今思い直すとオレってクソだな」
「本当ですよ」
「……カサンドラちゃん。なんか徐々にオレに辛辣になってきてない?」
「えへっ」
美少女は舌を出して笑った。小憎たらしいが、可愛い妹の仕草にパリスは肩をすくめて諦めたように息を吐く。
「でも嬉しいんですよ。この国の人、わたしが何を言っても呪いのせいで理解してくれませんし。お兄様だけしっかり反応してくれるのが楽しくて」
「そういえばオレは別になんともないんだけど、なんでだろ」
「予言による精神的なショックがあるのか……それともアポロンからの加護でしょうか? とにかくお兄様は頼りにしていますからね!」
カサンドラにとってとにかくこの呪いは致命的ですらある。警告も悲鳴も誰も聞こえないも同然なのだ。
トロイア戦争の末期、トロイの木馬が運び込まれたときもカサンドラは予言で中に英雄たちが潜んでいることに気づいたのに「燃やせー!」と叫んでも誰にも聞こえなかったことがある。
実力行使でカサンドラ自ら木馬を燃やそうと松明を持っていったら気が狂ったと思われて兵士に捕まって牢に入れられてしまった。言葉は誰にも信用されないのに、行動のすべてもスルーされるわけではないのも面倒な話である。
二人はヘクトールの屋敷にやってきた。ヘクトールの屋敷は嫡男であり次期国王でもあることから兄弟の中でも一等に立派で、王宮すぐ近くにある。
屋敷の従者にヘクトールへの面会を申し込むとすぐに許可が降りた。応接室に案内されるとそこには屋敷の主であるヘクトールがいる。短く刈った黒髪に人の良さそうな笑みを浮かべた好青年である。彼の柔和で誠実そうに見える容姿は交渉事に有利に使われるのだが、戦場でもそのにこやかな調子で敵をなぎ倒すのは若干怖いとパリスは思っている。
そこにもう一人巨漢の美丈夫が座っており、大きなテーブルに酒盃を置いてこちらを振り返った。
「あれ? お前、アイネイアスじゃん!」
「あら~ん? アレクサンドロスちゃんじゃなーい! 久しぶり~! いや、今はもうパリス王子だったわねぇフフフーン、プリンスゥ~」
「まーた昼間っから酒を食らってるのかよ」
「蜂蜜のお酒は美容にいいのよ~」
パリスは苦笑いで僅かに赤らんだ大男の顔を見た。
長く金糸の束のような髪を腰まで垂らし、僅かに垂れ下がった目元は色気を感じるほどの美貌だが──首は太いし胸板は分厚く、太ももは大木の根のようで腕はパリスの二倍は太い。しっかり鍛えていて長身なヘクトールと並んでもヘクトールが小柄に見えてしまうような体格をしているマッチョの男がアイネイアスだ。
筋肉質な体型に似合わないような、高レベルでマッチングしているような美男子っぷりは彼が美の神アフロディーテの血を色濃く引いているが故に現れた特徴だろう。アフロディーテと人間の間に産まれた子だから非常な美形なのだが……口を開くとオネエ言葉が飛び出るのが時々気色悪いとパリスは感じている。
アイネイアスは5歳までイーデ山で下級女神や牧童に育てられ、その後はイリオンに住む父に引き取られたのだが度々イーデ山にやってきては遊んだり神々への捧げものを採取したりしているので、同じくイーデ山で育っていたパリスとは顔なじみであった。
予言の未来でもパリスと親しくしてくれて最後まで味方であった、トロイアでもヘクトールに次ぐ優秀な豪傑だ。しかも非常に貴重なことに、トロイア側で戦争を生き延びた数少ない一人でもある。
アイネイアスが笑いながら再び酒盃を口に運ぶ。
「いや今日はおめでたい日だからトクベツなのよね~なにせヘクトールちゃんがね? 妹ちゃんをアタシのお嫁ピッピにどうかと言うのでな」
「えっカサンドラを? ……お嫁ピッピに?」
視線を向けると、カサンドラは凄まじい速度で首を横に振った。
ヘクトールが「いやあ」と軽く否定をして言う。
「カサンドラじゃなくてクレウーサの方だ。そもそもアイネイアス殿は王家の縁戚、更には母親は愛の女神という実に尊い血筋の御仁だからなあ。うちの親父殿も是非婿にしたいってんで」
「クレウーサお姉様ですね! あーよかった……筋肉ダルマは好みじゃありませんもの」
「ちょっ、カサンドラ!?」
凄まじく失礼なことを口走るカサンドラだったが、ヘクトールもアイネイアスも首を傾げている。
「今、なにか言ったかしら?」
「いや気にしないでくれアイネイアス殿。カサンドラはその……そういう年頃でちょっと意味不明な言葉を口にしたがるんだ」
「……全然聞こえてないのな」
悪口すら無視されてしまっているカサンドラは落胆の溜息をつく。家族に、しかも一番出来がよくて家族思いなヘクトールにすら彼女の言葉は届かない。
まだ幼い少女がどれだけ無理解の絶望を味わってきただろうかは想像に余りある。パリスはポンポンとカサンドラの頭を撫でた。
予言のあった未来ではパリスもあまりカサンドラを始めとした他の兄弟に関わらなかったのでその大変さは知らなかったのだ。王子になってすぐにアフロディーテによってヘレネー狂いにされてしまって、兄弟への興味が薄かった。説教してくるヘクトールですら煩わしく思っていたぐらいだ。
(もっと兄弟を大事に思おう……デイポボス以外)
ヘクトールが思い出したように尋ねてくる。
「ところでパリス。今日はどうしたんだ? カサンドラも連れて」
「そうだった。ヘク兄、大事な話があるんだけど、未来の予言について」
「予言?」
いきなりそんなことを言われても「予言のことなら重要だな」と納得するのがギリシャ世界である。
語りだす前にパリスは部屋を見回した。窓は無い。野生動物は居ない。神像も飾っていない。神々に盗み聞きされる心配も無いだろう。
「実はこれから近い未来にオレは、アフロディーテ・アテナ・ヘラの三女神のうち誰が最も美しいのかという選択を迫られ────」
長い話を始める。さすがにギリシャ側の事情など枝葉の部分は省略するが、ヘレネーを攫ったことでギリシャ軍との長い戦争になること。
ギリシャ軍の英雄たち、特にアキレウスというペーレウスの息子が大暴れして大勢の死人が王子らからも出ること。ヘクトールも打ち倒されること。
アキレウスはアポロンによって討ち取られ、その後にパリスも敵の毒矢で致命傷を負うこと。
そういった未来に起こり得るトロイア戦争の話をした。
ヘクトールとアイネイアスは聞き返しもしないで、微動だにせずに語るパリスの顔を見つめていた。
「────ということがカサンドラの予言に出たんだ!」
「……」
「……」
話を終えると、やや訝しそうな表情を二人のトロイアの英雄らはパリスに向けた。
たじろいでパリスは聞く。
「え、えーと……どう思う?」
「……どうもこうも」
ヘクトールは首を傾げながら心配そうにパリスへと告げる。
「どうしたんだ? 急に押し黙って」
「……は!?」
「いや、予言を話すというから耳を傾けていたんだが……」
「パリスちゃんが急に黙りこくるから何事かと思ったのだけれど……」
二人の不可思議で不気味な反応にゾワッとパリスの背筋に鳥肌が浮かぶ。どういうことだ?
「い、いや今喋ってたよなオレ!? 聞こえてるだろ!?」
「聞こえているわよ? ねえヘクちゃん」
「急にアイネイアス殿の距離が近づいた気がして怖いが、まあ」
「よし、じゃあもう一回話すから聞いてくれ! トロイア戦争は────!」
パリスは冷や汗をかきながら早口で再び概要を伝え、叫ぶように締めくくる。
「────ゼウスたち神々が企んだ人間の間引きなんだー! つまりトロイアは滅亡する! ……はあ、はあ……聞こえた?」
「いえ……全然」
「大丈夫か? パリス……」
パリスの言葉が全然聞こえていないのだ。カサンドラが悲しそうに、首を横に振った。
彼女の言葉が信用されないということは、彼女が告げた予言を第三者に伝えようとしても通じないということになる。パリスのみはどういうわけかカサンドラの言葉が通じるのだが、パリスが伝えようとしてもカサンドラの予言は誰かに通じないのだ。
「くそっ」と悪態をついてパリスはボソリと呟く。
「正直、タイマンで戦ったらヘク兄はアイアスより弱いし、アイネイアスはディオメデスにボロ負けだよな」
ピクリ。二人の頬が引きつった。
「アイアスってサラミス島の王子のアイアスか? おいおい、お兄ちゃんそんなやつより弱いっていうのかな? 弟クン」
「ディオメデスはテーバイ攻めの英雄? 会ったことはないけど……パリスちゃん、随分と向こうを高く買っているみたいね」
「これは聞こえンのかよ!? ふざけんなよ!?」
豪傑二人が「面白いことを言うなあ」とばかりにパリスの両側に回り、その肩を掴んだ。
「よし。新入りの王子パリスも訓練ってモノを体験してもらおうじゃあないか、アイネイアス殿?」
「賛成~。アタシもヘクちゃんも競技会には出なかったから、全種目優勝のパリス殿下の実力を見てみたいわ~レスリングとかで」
「ちょっちょっちょ待っっっイヤァアアア! オレって接近戦弱いんだからアアアア!」
「パリスお兄様、ファイト、オーです!」
戦いになったら弓で遠距離からチクチクやりたい。そういう兵種希望のパリスであった。
******
トロイア戦争に参加する英雄の中でもパリスは精々Cランク英雄だ。弓の腕だけならBランクに行くかどうか。
改めてパリスが思い返すと、そんなモブ英雄より若干マシ程度だった自分が競技会で全勝するとか、トロイア王子たちの能力の小粒さが絶望的な気がしないでもない。
そんなことを思いながらも練兵場で、AランクのヘクトールとBランクのアイネイアスに投げられ締められ極められ、パリスは息も絶え絶えになってしまった。他の王子たちはカスだが、ヘクトールとアイネイアス(王子ではないが王族の血を引いている)はギリシャ英雄に見劣りしない能力だ。
「ぐえーっ!」
「お兄様ー!」
「ふぅー……パリスも筋は悪くないんだから、しっかり鍛錬を欠かさないようにな」
「パリスちゃんってば弓が得意なのよヘクちゃん。あと闘牛」
「そうかぁー、でも戦争になると近寄られて何もできないってのは論外だから、なんでもできるようにしないとな」
この時代の戦闘に使われるのは弓・剣・槍・投槍・投石・格闘などあらゆる方法で攻撃が行われる。片手には盾を持っての防御も必須だ。得意分野があるのは有利だが(ヘクトールは投槍、アイネイアスは盾と投石が得意だ)、それだけでは脆い。
特に予言の未来で生きていたパリスはまっっったくもって訓練をしなかったので、牛飼い時代から使っている弓の才能とアポロンの加護だけで戦っていたため、他の技能を思い出すということもできなかった。
軽めにシメられ地面に投げ出されたパリスの元にカサンドラが駆け寄る。
「大丈夫ですかお兄様。あんなに無様に……仮にもアキレウスを討ち取ったのではなかったのですか!?」
「思うに……なんかオレが討ち取った的な話だったけど……多分アポロンがオレの姿に化けてたか憑依してたかでやったんじゃないかな……」
予言の中ではアキレウスを討ち取ったのはパリス、或いはアポロンということになっていた。デイポボスも協力した説もある。
だがパリスの体験的には、戦争の途中でフッと意識が無くなって、気がついたらアキレウスが足首を撃ち抜かれて倒れていた。回りで見ていた者からはパリスが撃ち抜いたと絶賛されたが記憶が無い。デイポボスはなんか「俺様も協力した」と後で言い出したが、これはパリスの手柄をやっかんだのかもしれない。
そんなわけでパリスのトロイア戦争における一番の活躍といえばアキレウスを撃ち抜いたことなのだが、それはほぼアポロンの仕業であるという認識だった。
そうなればパリスはなんの活躍をしたか? 活躍していないのである。数名のギリシャの将を討ち取ったりはしたが、泥沼の戦場ではもはやモブ武将が死ぬことなど両軍にとって日常茶飯事だった。
これから戦乱が起こるのならば、パリスも真面目に鍛えないといけないのではあると自覚しているのだが。
「ううう、頭がクラクラする……うっぷ、カサンドラがぼやけて二重に見える……」
目の焦点を合わせようと目頭を揉む。カサンドラが左右に並んで見えたからだ。目を開けるとまだ見える。
「? ……ってヘレノスかよ! 紛らわしいなお前、同じ格好で並ぶな並ぶな」
「いきなり失礼ですねパリス兄様は。私がどこに居ようが勝手でしょうに」
ムスッとした声で告げるが、その声もカサンドラにそっくり。見た目も髪型も服装すらカサンドラに瓜二つなその人物は、カサンドラの双子の弟であるヘレノスだった。
美少女であるカサンドラに似ているのだから、当然ながら男だというのに女顔の美少年である。服装まで合わせられると少女にしか見えない。鏡合わせのようになっているヘレノスは自分のローブをつまんだ。
「別にこの服装だって男女兼用なのですから。プリュギア(アシア内陸の国)の神官より男らしいですよ」
「そうなのか?」
「プリュギアで崇められているキュベレーの神官はミニスカートで女装して去勢して、随獣を引き連れて戦場に出るんです」
「絵面が濃い!」
まるで女児アニメのような状況である。プリュギア名物といえばロバの耳を持っていて触れたモノを黄金に変えるミダス王とゴルディアスの結び目、二人はプリュギアマックスハート。
「そんなことより姉様を連れてアポロンの神殿にお参りに行かなくてはいけませんので。呪いが解けるように祈りを捧げないと」
ヘレノスが要件を告げると、長兄のヘクトールが爽やかな笑みを浮かべて彼の肩を叩いた。
「そうだったな、ヘレノス。カサンドラを頼むぞ。うちの兄弟だとお前が一番アポロンに親しい」
「カサンドラちゃんも大変よね~! アタシもお母様のアフロディーテに治るように祈っておくわ!」
アイネイアスも難しそうに頷いた。彼ら身内からしても、カサンドラがアポロンの呪いで喋っている内容を把握できないということはヘレノスによって伝えられているので、不憫には思っている。
だが神の呪いや罰というものはちょっとやそっとでは解かれない。簡単に許しては神の沽券に関わるからだ。遥か太古に人間へ火の恵みを与えたプロメテウスが、今このときもまだコーカサスの山奥で吊るされているように。
「あっオレもアポロンの神殿にお参りしとこうかなー?」
「パリス。次は槍の訓練をしようか」
「剣を鍛えないとデイポボスちゃんに侮られるわよ?」
「行ってきます!」
豪傑二人のシゴキから逃げてパリスはカサンドラとヘレノスを追った。
トロイアではアポロン信仰が強い。というのもアポロンは元々アシアの神であったのがギリシャに取り込まれたという説がある。
ギリシャの神々は地中海沿岸から更にアシア、メソポタミアの神々も取り入れているという。中には酒の神ディオニュソスなど酔っ払ってインドまで出かけたという話もあることから、インド由来の神なのではないかという説もある。
アポロンが占いだけではなく、芸術・太陽・牧童・植物・疫病・医療・死神など様々な性質を持っているのも、幾つかの神が習合された姿だからかもしれない。
それだけ多くの職能を抱えているのでアポロンは大勢の信者を持ち、大きな都市ならば必ずアポロンの神殿があり、国の運営にも占いと予言を取り入れている。
アポロンの占いが地中海世界で強い存在感を示していた期間は長く、後にローマ帝国によって聖地デルポイが虐殺されるまでアポロンの予言は現実として信仰を持っていた。(なんならデルポイが滅びアポロン信仰が廃れることまでアポロンはしっかり予言していたとされる)
「まあそんな地元の神様に呪われたわけだから姉様も困ったものです」
「ふーん」
「なーにが困ったものかしら。あんたの寝小便の方が困るのよね愚弟」
カサンドラが真顔で毒を吐くのでパリスが一瞬固まってから、ヘレノスに聞いてみた。
「……聞こえた?」
「いえ? なにも?」
「そうか……」
アポロン神殿までの道をヘレノスとカサンドラに並んで歩きながらパリスは解説に気のない返事を返した。弟にすらカサンドラの呟きは聞こえないらしい。
予言の未来を生きていた記憶だとパリスがそもそも兄弟にほぼ関わらなかったせいでヘレノスの印象も薄い。
ヘレノスも一応、トロイア戦争に参加していて武器を持って戦っていたはずだが、見ての通り華奢な体格な上に戦士というより神託者だったので、前線には出ずに活躍もあまりしなかった。
(まあ……こんな女顔な上に強いわけでもない王子を突撃させないよな、普通)
今はまだ年齢一桁の美少年だが、トロイア戦争の頃には立派な男に……なっているかと思いきや、記憶の中では相変わらず胸が無いだけでカサンドラとそっくりだった。
戦場で捕まったらむさ苦しいギリシャ人に少年愛されそうだ。
「そういや……ヘレノスも予言の力を持ってるんだったよな」
「ええ、そうです。姉様はアレでしたが、僕はちゃんとアポロンに授かったので」
「……あれ? それってなんかおかしくね?」
パリスがなにか引っかかったように首を傾げた。
「なにがです?」
「そもそも、アポロンがカサンドラに予言の力を与えたのって、カサンドラが可愛いからチョメチョメしたれ!って下心丸出しで対価として与えたんだったよな?」
「え、ええ。今どきチョメチョメって言うかな」
誰にでもホイホイ予言の力を配っているわけではないので、カサンドラのような特例か、アポロン信仰が敬虔で儀式を行っている神託者に予言を与えているのだろう。
しかしながらヘレノスは十にも満たないまだ子供である。予言の修行を積むにも若すぎる。つまり特例で与えられた側だ。
そして彼はカサンドラそっくりである。パリスはピンときた。
「とすると……ヘレノスお前、アポロンに少年愛されたのか!?」
ガニメデことガニュメデスは数代前に居たトロイア王家の美少年で、可愛いのでゼウスに拉致られた。水瓶座はガニュメデスが酒を注いでいる星座でもある。
そこからの発想でヘレノスが同じように手篭めにされたのかと指摘したら、顔を真っ赤にして手を振り回し叫んだ。
「だああああ! うるさいうるさいうるさい!」
「少年愛されたんだろ!?」
「ホモ野郎」
カサンドラが侮蔑するように弟を罵る。
疑いを持たれているようだが、実際のところアポロンは美少年でもイケる!ってタイプのゼウスと同じ両刀ギリシャ神である。一目惚れした少女カサンドラ……それとうり二つな美少年ヘレノス。これを見逃すはずがない。
アポロンの異名の一つに、かつて彼が愛した美少年ヒュアキントスの名を取って『ヒュアキンティオス(ヒュアキントスしちゃう者)』という名があるぐらいであった。
顔を真っ赤にして怒鳴るヘレノスは指をシケ顔な姉に向けた。
「そもそも姉様がアポロンをフって逃げまくるから、たまたま近くにいた僕が見つかって『オ! ナイス美少年!』ってされたんじゃないか!」
「弟の尻穴に注がれた予言を大事に聞き入ってるトロイアの皆は滑稽ですわよね、お兄様」
「メチャクチャ失礼なこと言ってるのはわかるからね姉様!」
「うん……まあ」
なお、この場合の少年愛とは合意の元に行われる精神的なアレであって、性犯罪事件ではないことは明記しておきたい。
「っていうかなんでパリス兄様は姉様の言ってること理解してるんですか!?」
「さあ……オレもわからん」
やいのやいのと言い合いながら、三人はアポロン神殿でお祈りをするのであった。
若干その祈りに、アポロンの行動に対する呆れとかそういう感情が混じるのは仕方がないことである。
『私は美少年なら誰でも好きなわけではないぞ。アドニスなど、ちやほやされていけ好かんからアレスがぶち殺したときは褒めてやったぐらいだ』────関係者Z
『評価ポイント・ブクマ登録をしてアポロン様を励ましてくださいね! 感想もお待ちしています!』────詩神ムーサT