28話『勇気一つを友にして』
『模造呪術、というものがある』
メカロスは蝋を薄く翼の形に加工しながら、手伝うパリスにそう説明をした。
空飛ぶ翼の制作は非常に繊細な作業を必要としていて、船の修理などの作業の合間で手隙の者が手伝っているのだが中々に進まない。要求されるパーツの水準が高すぎて、分割して製造しているのだが手のひら大の部品を作るのに一人が掛かりっきりで一日掛かる程だ。(それでも完成したものをメカロスがリテイクさせたりする)
それでもトラキア人やアマゾーンは手先が器用な方なのだ。ギリシャ圏では蛮族だと呼ばれる民族であるが、宝飾品や青銅器の加工技術はかなり高かった。
メカロスはそのヤットコみたいな手のどこにそんな器用さがあるのかと言わんばかりに、翼を骨格から正確に作り出しているが要求されるパーツ数が多いため一人では完成まで時間が掛かりすぎる。
翼はかなり巨大で片翼だけでも人間一人分ぐらいある。骨格を芯材にして大小様々な歯車機構、球面カム、流体ベアリング、管継手などなどが張り巡らされている。パリスはもちろん、作っているトラキア人たちもさっぱり理解できない機械構造であるのだが、メカロスの中では設計図が出来ているようで躊躇わずに組み立てていく。
そんな中でふとパリスが、本当にこれが空を飛ぶのかと疑問を口にした際のことであった。
「模造呪術?」
『自然にある物体に似せた構造で物を作った際に、材料や原理が異なってもオリジナルと似た性質を持つことだ。有名なのはキプロス島の王ピュグマリオンだろう』
「ピュグマリオン?」
『物を知らん男だな!』
「山育ちだから……」
度々他人に聞き返すパリスはバツが悪そうに目を背けた。
蝋を小さなノミで削りながらもメカロスは仕方なさそうに言う。少々、知識の無い相手に驕ることはあるもののメカロスはもう十年以上もこの島で一人だったので、会話を嫌うわけではなかった。
『ピュグマリオンは王でありながら優秀な石工で、嫁も作らず自分好みの女体像を作って一人楽しんでいたのだ。服を着せ替えしてみたり、宝飾品を身に付けさせたり、化粧をさせてみたりしながら悦ぶ男だったとされている』
「暗い情熱……!」
『周りには秘密にしていた中で、女物の服だとか飾りだとか化粧品をコソコソ手に入れていく王を見て、キプロス島の住民はオッサンが女装に目覚めたんだなあと実に神妙な気分だったと噂されていた』
「評判が奈落すぎる」
とはいえ、アナトリア半島近くの島でありアシア圏でもあるキプロスならば女装神官の文化は理解されていただろう。
地母神キュベレーの信奉者たちは男性器を切り落として女装し神の加護を得るとされている。この文化は広くに知られていて、例えば後のローマ帝国が領内で暴れるハンニバル将軍を倒すために女装神官を呼び寄せて祈らせザマの戦いに勝利を齎した記録はご存知であろう。
それ以外でも例えばヘラクレスの死後に作られたヘラクレス神殿でも、ヘラクレスが女装をしていたこと、少年を愛でていたことなどの理由から女装神官が存在したとされる。
『それはともかく、イメージする理想の女を模造して作られた石像はやがて命を得て人と同様に動き出し、子供まで作れたという。似た例ではヘパイストスの作ったパンドラも完全に人間の女と変わらない造り物であった。これがピュグマリオンの作った像がドヘタだったならばアフロディーテが命を吹き込もうとしても動くことは無かったはずだ。高度に模したものは摂理を超えて同じような性質を持つようになる』
模造して性質を持たせるという魔術、あるいは呪術は東西の文明でも古代から行われていたものでもある。
ギリシャ神話でもその原初は、大神ゼウスが生まれた際に父神クロノスに食われそうになった際、母レアがゼウスに模した石塊をクロノスに食べさせたところから使われている。クロノスとて愚かではないのだから幾らなんでも石と赤子ぐらい判別できる。レアがゼウスに模して作り、産着で包むことで騙すことができたのだ。
『ヘパイストスが作る青銅の鷲が空を飛ぶのも高度に模造しているからだ。そうでなければ体が青銅で出来た重たい鳥が羽ばたいても浮かぶことすらできない。世界に、これは鳥の翼であり空を飛ぶものだと勘違いさせることが重要なのだ』
「つまり材料が蝋であっても、高度に翼を模して作れば空を飛べるってことか?」
『そうだ。今回は材料としてステュムパリデスの羽があるので、より近しく作れるはず……父ダイダロスは蝋だけで完成させたが……それよりも完成度を上げる!』
ダイダロスは模造呪術を生まれたアテネではなく放逐先のクレタ島で学んだ。
クレタ島にはまさに、模造呪術によって生み出された青銅の巨人タロスが稼働していたからだ。タロスはヘパイストスの作った原始的な自動人形であり、自由意志は持たないが命令に従って毎日動きまわり、敵を攻撃する。何十年もメンテナンスせずに動いているその人形もまた精巧に巨人を模していた。
青銅によって肉体を作られ、心臓の代わりに熱を与え続けるプロメテウスの炎を、血の代わりに霊薬にもなる神血を血管に流していた。
クレタ島に近寄る外敵には岩を投げつけ襲うのだが島民には無害であるため、招かれたダイダロスはその偉大なる神の発明品を間近で研究した。
それによって生み出されたものが、ミノタウロスを生み出すことになった王妃が中に入れる牛の模型である。神の牛すら発情させる出来栄えのそれによって、多くの運命を狂わせてしまった。
更に幽閉されたダイダロスは蜜蝋のみを使って翼を作り出し、イカロスと共に脱出した。
この翼も蜜蝋という単一素材のみを利用して、空を飛べる機能が付くほどの代物を作り上げた。
これは鳥の翼ではなく、北風の神ボレアースの翼を模造したものだった。ボレアースは背中に翼の生えた男神であり、その息子でありアルゴノーツでもあるカライスとゼーテスも有翼の戦士である。
蝋によって翼の肉、骨格、血管や神経、羽毛まで微細に作り出したそれは完全な飛行能力を備えていた。
ただし、あまりに細かく作りすぎたが故に、太陽の熱や海の湿気で僅かでも歪めば飛行能力に狂いが生じるという弱点を持っていたのだ。
『今度は蝋だけではなく様々な素材を組み合わせるからな……安定性は上がるはずだ。理論上は……』
ぶつぶつと呟きながらメカロスは翼の稼働を調べながら着実に作っていった。だが、どこか不安そうな様子でもあった。
*******
嵐は古代世界に於いて──否、現代に至るまで人類にとって悪夢そのものな自然災害であり、克服されなかった。
それ故に世界中の神話では嵐を司る神々は高位の存在であることが多い。ギリシャではゼウスやポセイドン、他の神話でもセト、バアル、インドラ、オーディン、ヤハウェ、スサノオなどがいる。
人間、特に船乗りにとって嵐は神々の怒りであってとても抗えないものであった。イエス・キリストが嵐を治めた逸話は神々の権能にすら匹敵する救世主としての箔をつけるためであろう。
しかしながらこのギリシャ世界は他と比べても特に時化や嵐が恐れられていたのは、嵐を起こす相手の多さと厄介さからも伺える。ゼウスやポセイドンだけでなく数多くいる海神、更には風神や魔物たちも時に船を沈めて人々を脅かした。
神話の人物たちはどこかの神を怒らせては嵐に巻き込まれ、それを庇護する神に守られてどうにか生還するということを幾度も繰り返している。
人面怪鳥の化物、ハルピュイアもまた嵐に関わる怪物である。正確には竜巻を司ると言われる。
地中海では水上竜巻がしばしば発生し、上空数百メートルまで風が水を吸い上げて水柱となる光景が見られる。風速は百キロメートルを軽く越え、航海中の船が巻き込まれれば一溜まりもなく、船員は遙か上空に吹き飛ばされいく。
竜巻に飛ばされていく人を古代ギリシャでは「ハルピュイアに攫われた」と表現した程だ。
「……めっちゃこの島、竜巻に囲まれてるなあ」
「あいつら、しつっこいんだよねぇ」
パリスたちが上陸したメカロス島の周囲は、沖数十メートルのところから竜巻の吹き荒れる大荒れとなっていた。
島自体にはアポロンの加護があるためか平穏な天候であり、そよ風程度しか感じないのだったが見渡す限りどこの水平線も真っ暗になるぐらい雨雲と大風が吹き荒れ、高波が砕けて海を白く染めている。
「ハルピュイアはオケアノスの孫だから海神が怒った時に向かわせることが多いんだけど……イリスの姉妹でもあるからたぶんヘラの嫌がらせも入ってるんじゃないかな」
「イリスは……虹の女神だったか」
「ヘラの使いっぱしりだからねえ。ヘルメスと同じく伝令の神だけど、ヘルメスはキミの手助けしてくれてもイリスはヘラ陣営だろうし」
イリス本人はギリシャの神々にしては珍しい人間性が薄く見える性質のもので、派閥や神々の関係を完全に無視して命じられた仕事のみ機械的に行う女神であった。
宴にも参加しないし、人間を戯れに試したりもしない。美形の人間や男神にも靡かずいつも真顔の無表情で黙々と仕事をこなす態度が貞節の女神であるヘラから気に入られているところだ。(ただし、無抵抗に受け入れるかと思ったエロースがエロース目的で「僕のママになってバブー!」とか言いながら胸に飛び込んできた際は冷静に鳩尾を三発殴って黙らせた話が残っている)
あの醜い怪物であるハルピュイアとは似ても似つかない美しい女神なのだが姉妹であり、その伝手からヘラが命じて執拗にパリスを狙ってきているようだ。
「これじゃ船が直っても、まずあいつらをどうにかしないと出ていけないな」
「ネレイデスたちを宥める準備はしてるんだけどね」
新たな船には船首に不死鳥の石像を組み込み、船体にはアマゾーンの皆がアレスの加護を求めた猪の絵を描いていた。
これは地中海沿岸からアフリカ沿岸まで活動していた、船を操る名手であるフェニキア人によく見られる形式の飾りであり、不死鳥は太陽神のモチーフであるためそれを付けた船はヘリオスやアポロンの加護が与えられる。
また、猪の絵は古代ギリシャでよく船に描かれたもので猪は力強い速度の象徴であった。それもアマゾーンの血を混ぜた塗料で描かれたそれはアレスの加護がある。アレスは海の神ポセイドンに裁判で勝利したことで知られているため、海の神々からすると敵に回すと面倒な相手だと襲うのを敬遠される。
「コレばっかりは弓とか投槍でも中々倒せる相手じゃないぞ。近づけないと……」
パリスはヘパイストス製の弓を軽く叩きながらそう判断する。知恵を持つ怪物であるハルピュイアは決してまともな間合いに入ってこない。矢が射たれたのを見て避けられる距離にいて更に暴風まで操るこの魔物からすれば、ある程度の距離があれば確実に投擲武器は回避することができる。毎晩弓の鍛錬をしているのだが、距離による回避という問題だけは解決できない。
英雄たちを載せたアルゴー号の冒険の物語において登場したハルピュイアを、数多いる英雄の誰でもなく有翼の兄弟が退治に向かったのはそういった理由だ。
「ヘルメスは弓の必殺技で誘導する矢なんて言ってたけど、そんなの使うのアポロンぐらいしか居ないだろ」
「ギリシャだと他に誘導武器は『絶対狩猟槍』ぐらいだね」
「なんだそれ?」
「投げると絶対獲物を仕留めると言われている槍。人間に与えられた神具の中では凄い便利なんだけどさ、矛盾って消滅したんだ」
「なにが起きたんだ……」
「絶対に獲物を仕留める槍と、絶対獲物を捕まえる犬を、絶対誰からも捕まらないテウメッソスの狐に向かって同時に放ったんだね。そうするとどういう結果が出てもおかしなことになるからグルグルその場で回り始めて、こりゃイカンってゼウスが全部石に変えて無かったことにしたんだって」
「気軽に『絶対』とかそういう効果を持った道具を作るべきじゃないよなあ……」
しかし、そういった魔法の道具があれば楽だっただろう。遙か彼方を飛び回るハルピュイアを遠目で見ながらパリスはため息をついた。
「やっぱりあの怪物を倒すにはメカロスの翼を完成させて、近づいて攻撃するしかないよな」
「ギリシャって怪物多いけど人間に害なす空飛ぶ魔物は少ないから有効な対策があんまり無いんだよね」
それこそステュムパリデスかハルピュイアぐらいのものだが、ステュムパリデスは大音響で追い散らしてハルピュイアは飛行能力のある勇者が追い詰めた。
パリスたちが取れるのは後者の方法だろう。ヘパイストスの銅鑼は持っているのだが、知恵あって悪意を持ち襲いかかるハルピュイアには一時的な効果しか見込めない。おまけに海中の神々を怒らせる。
「明日、試験飛行だけど大丈夫かな……」
******
メカロス島(命名・パリス)はあまり起伏の無い島なのだが島の中央近くは小高い丘になっている。
これまでも試作品で飛行実験をする際にはメカロスはその丘から飛び立っていたという。完全な成功には至っていないのだが、浮遊や滑空といった程度の成果は既に出せていた。
「ちなみに今までどんな翼を作ってたんだ?」
『色々だ。魚の皮を繋げて袋のようにして、中に風を吹き付けて浮こうとしたり、大きな板の左右に油タンクを付けて爆発力で飛んだり』
「油って爆発するのか……?」
『油自体ではなく、圧力を掛けて密閉した容器内で高温に熱した油に材料を入れると爆発する。カラドリウスの糞が今の所最高の燃料だったのだが、滅多に島に飛んでこないから手に入らなくてな……』
「カラドリウス……」
「ヘルメスの使いとも言われる中々見られない神鳥だね。糞は霊薬の材料にもなるんだけど」
しかしながらそういった発明品は、鳥に啄まれて落下したり、爆発で飛ぶので全く方向転換が出来ない上に飛行ユニットが融解するなどの問題があって成功していない。
今回は巨大な翼を二つ用意している。主には蝋とステュムパリデスの金属羽で構成されているのだが、見た目はまさに風神ボレアスの翼そのものである。
その翼を持ってメカロスは丘の上に飛行台を作り、更に高い位置から飛び出せるようにしていた。
『飛行位置も重要だ。高いところから飛ぶことで世界に翼を飛べるものだと誤認させられるはずだから。親父殿が練習なしに塔から突き落としたのもその効果を狙ってのこと。一度飛べると証明したら次回からは必要ないと思うが、儀式魔術の一種だな』
「でもなんか高っけーなあ。本当に飛べるのか?」
『これだから無知蒙昧な野蛮人は! 理論は完璧だ! 見ていろ!』
メカロスは翼を抱えて飛行台の上にハシゴで登る。まずは飛行経験があり、飛行ユニットの理論も理解している彼が飛ぶようである。
近くに皆が集まってメカロスを見上げる。そして彼はおもむろに翼を掲げて声高らかに叫んだ。
『チェェェェ─────ンジメカロスッッ!! スイッチ、オン!!』
通りのいい叫びは反響女神が声を震わせているようだった!
ガンガンガンガン!! と激しい音がしてメカロスの動力が熱を上げる。彼の若い命が真っ赤に燃えているのだ!
するとドラム缶のようだった胴体の各部が駆動して背中からメカニカルなアームが伸びて、翼の根本を保持して広げた!
『メカロォォォスゥゥゥゥゥウイングッッ!!』
メカロススパークが空高くまでバリバリと稲光を齎した!
周囲にアネモイたちが集結したかのように激しい風が渦巻く! 南風ノトス、東風エウロス、西風ゼピュロス、そして北風ボレアスが新たに空へと舞い上がる者を祝福せんばかりに羽ばたき出した翼から煌めく風が吹き荒れた!
「おお!!」
「凄いでち!」
見ている皆が拳を握りながらメカロスが飛び立つのを見守る! 新たな天空の勇者の誕生だ!
メカロスは飛行台から勢いよく翼を広げて飛び降りた!! ズワオッ! 雄々しい音と共に推進力が生まれる!
グシャアアッ!
メカロスは問答無用で墜落してバラバラになった。
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‹ToBeContinued||/ᐱ\|
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「……」
「……」
「……」
ポロロン。どこかで竪琴が鳴った。ヘルメスがこっそり鳴らしたのだろう。
思わずパリスは歌を歌った。アポロン信仰の厚い山で育ち、ヘレネーも口説いた彼は歌も得意だった。
「昔ギリシャのメカロスは 色々で作った鳥の羽~♪
両手に持って 飛び降りた~♪
なんか知らんけど バラバラに~♪
勇気一つを友にして~♪」
ポロロン。
「もうクソみたいな歌を歌うしかないよね……」
「失礼な。即興で作ったにしてはいいんじゃないか。なあカサンドラ」
「嫌な事件でしたね……」
「惚れてる呪い補正ついててもこれか……」
パリスの物哀しい歌を聞きつつ、皆は残念そうにメカロスの残骸を眺めていた。翼も大きく壊れている様子である。
船はもうほぼ修理できているからいいのだが、彼が壊れては翼を手に入れることはもう不可能……
そう諦めようとした瞬間だった。
ジジッとメカロスの分離した手足の断面に紫色の電流が走ったように見えた。
すると、離れ離れになったパーツがメカロスの胴体に向かって吸い付くように勝手に動いて再びメカロスは形を取り戻したのだ!
ヨロヨロと起き上がった彼は声を出す。
『おれがやめたら……だれがやるのか……いまにみていろ……ビガガ』
「だ、大丈夫なのかメカロス!? ついお前の死を歌っちゃったけど!」
『当たり前だ! 墜落しても自己修復できるように、全身にマグネットコーティングをしていたのだ!』
メカロスは手を取り外して、再びくっつけて見せる。関節部に磁石を仕込むことでバラバラになってもすぐにくっつく仕組みであった。驚異の科学力である。
今まで何度も墜落事故を起こしているので当然、それで死なないように彼も備えているのである。
『クソッ! 失敗した! 計算が狂ったのだ! 理由は既にわかっている!』
「一応聞いておくけど、なんだ?」
『この翼は風神ボレアスやその血族、有翼の人間体を模造して作られたものだ! 即ち人間の背中につければより模造効果が上がって飛行能力が得られる! だが肝心の吾輩がもはや人間とかけ離れた姿になっているから、模造呪術が成立しなかった!』
以前にダイダロスとイカロスが塔から飛び降りた際には二人共人間の姿だったため、翼を持つ人間は飛べるという世界の法則に従って飛行能力を得ることができた。
しかし今は「翼の生えたドラム缶」にしか見えない。そんなものを飛ばそうとしても、世界法則が誤認してくれないのだ。
「つまり……?」
『次は貴様だ! パリス! 貴様が実験台となって空を飛ぶのだ!!』
「さっきめっちゃ墜落してたよな!?」
『理論は今説明しただろーが! 人間型なら大丈夫だ! なんなら他の者でもいいんだぞ!?』
パリスがあたりを見回すが、トラキア人の奴隷たちは「無理無理無理無理」と首を振っているし、それ以外は女性しかいない。
「わらわがやってもいいでちが?」
「姫様は駄目です」
即座にペンテシレイアはアマゾーンたちに止められる。彼女らの女王なのだから大怪我するかもしれない実験に付き合わせるわけにはいかない。
「ボクは一応人間じゃなくて女神だから、ボレアスのマネしても飛べないと思うなあ」
オイノーネもそう言って微妙そうな顔をした。川の下級女神である彼女はどうしても属性として空に結びつかない。
「お兄様が合体してくれるなら幾らでも飛びますわ♥ 二つの心が一つになれば一つの力は百万パワーですわ♥」
「問題外か……」
カサンドラの世迷い言を無視して、パリスは諦め気味にそう呟いた。
どちらにせよ完成品を使ってハルピュイアと戦うつもりではあったパリスは、まだ未完成臭い翼の実験に付き合うことにした。どちらにせよ飛ばねばならないのだから。
まず墜落によって軽く壊れた翼をメカロスが応急処置する。殆どの構造材が蝋で出来ているので修理もしやすいのだが、手早く直されると逆に不安になるパリスであった。
「日を改めるぐらい点検してくれてもいいんだが……」
『これぐらいすぐに直せる! ソレよりお前の背中に装着用ユニットも付けなくては……』
メカニカルな構造によってアームで保持されるメカロスと違って、パリスの背中に翼をくっつけるには専用の装備が必要だ。
テキパキと指示を出して翼を修理しつつ、ベルトを加工して装着具も皆で作らせる。
やや不安になりながらもパリスは翼を装着させられて高台に登る。木で組んだ櫓の上では、余韻のようにメカロスが飛ぼうとした際に吹いていた風が吹き付けている。
高い位置からよく見える遠くの暗雲と竜巻近くではまだハルピュイアが飛び回って待ち構えていた。風の化身である彼女らは休むことすら不要で常に飛び続けることができるのだ。
パリスは背中に装着された翼を意識した。果たして、自分に無い器官を駆使して飛行するというのはどういう感覚だろうか。わからないが、やるしかない。
『ビガガ! よし! 準備万端! パリス、お前は鳥になるのだ!!』
「……ふぅー。行くぜ! アポロンの鴉よ! オレに力を貸してくれ──!」
パリスはアポロンの聖鳥である鴉に、彼らのように飛行する翼を与えたまえと願いながら飛行台を走って跳んだ!
「うおおおお!!」
ドワオ! 翼が羽ばたき、大気を力強い音と共に打った!
「お兄様が!」
「飛ん────」
グシャアアアア!
ダメだった。
パリスは思いっ切り頭から墜落した。
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『人が翼を得て天空を目指すという物語は、古代メソポタミアの叙事詩にまで遡る。エタナという牧人は自分に子が生まれないことを嘆いて、鷲の背に乗って天を目指した。一度は怖気づいたが、彼は天界の門へとたどり着いた』────解説者P
『ほうほう。それでどうなったのだ?』────関係者Z
『そこから先は永遠未更新た。これが人類最古のエタった小説だと言われる』───解説者P




