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25話『思春期を殺した少年の翼』




「だ、ダイダロスの息子!?」


 そう名乗った自動人形──というのも烏滸がましいような、ドラム缶から手足の生えた物体──にパリスは問い返した。

 そして神妙に頷いてパリスはそっと振り向き、声を潜めながら油を飲んでぐったりしている二人に聞いた。


「……ダイダロスって誰だっけ。聞き覚えはあるんだけど」

『ムキャアアア!!』


 ピィーッと笛のような音を出してメーカネス・イカロスが赤熱するほど熱くなりながら地団駄を踏んだ。その衝撃で、背中に装着していた飛行ユニットが完全に剥離して地面に落ちて鈍い音と共に壊れた。

 部品は蝋で出来ているのか、ジェット燃料の噴出孔周辺からドロドロに溶けていて墜落せずとも長くは持ちそうにない代物であった。


『ギリシャ随一ノ大発明家! 天才職人ニシテ芸術家タル我ガ父ダイダロスノ名ヲ知ランノカアアアア!! 愚カモノオオオ!!』

「うわあゴメン!? オレって山育ちだからさ!?」


 金属を引っ掻くような音と共に耳障りな高音で叫ぶイカロスに、パリスは耳を塞ぎながら謝った。

 山育ちにしても予言の未来を体験し、トロイア王族として二十年は暮らしていた記憶もあるのだがそれでも勉強などはした試しが無いため、パリスは常識に疎い。

 いくらか神話や英雄を知っているのはオイノーネから聞いた話を覚えているだけである。さすがにヘラクレスなどの大英雄は知っているのだが。


「うううう、なんだこのキンキンと煩い声は……」

「不快な上に聞き取りにくいです……」


 口から油をよだれのようにベトベト垂らしながら洞窟からオイノーネとカサンドラが出てきた。

 二人から指摘されてイカロスはピンポン玉のような目を明滅させる。


『声? ……チョット待テ』


 キュポキュポとした足音を立ててイカロスは洞窟に入ると、置かれている陶器製の容器をヤットコみたいな手で器用に使いアーモンド油の池から一掬いする。

 顔の口あたりのスリットが開くと、その中に油を流し込んだ。


『これでいいだろう。無人島だから滅多に喋らないもので、喉が錆びついていたようだ』


 潤滑油としてアーモンド油を使っているらしい。どことなく胴体の軋みも無くなった感じがする。

 メカっぽい喋り方はキャラ付けでなく、単に発声部品が不調だっただけのようだ。

 

「なんだー? この変な人形」


 オイノーネがジト目で尋ねてくるのでパリスは言われた通りに答えた。


「ダイダロスの息子の、メーカネス・イカロスって名乗ってるけど」

機械仕掛けの(メーカネス)・イカロス? ……確かに見た目は完全にメカですね」

「なんで人間のダイダロスの息子がメカなんだよー偽物じゃないの?」


 疑わしげに女達が見てくると、イカロスはガタガタと身体を震わせた後で再び口のスリットが開いた。

 

『メカ違うメカ違うメカ違うメカ違う』

「ウワーッ! なんか『メカ違う』って書かれた布(線文字B)が吐き出されてるー!?」

「凄い主張してるけどどう見てもメカだこれ!」


 メカだった。

 



 ******




 日本人の間では知名度があるギリシャ神話登場人物のイカロス。彼はクレタ島の迷宮を作ったことで有名な職人ダイダロスの一人息子である。


 クレタ島にてミノタウロスを閉じ込める迷宮を作ったダイダロスは、念の為に糸車を使った迷宮の脱出方法を考えていた。ギリシャの迷宮とは基本的に行き止まりはなく、間違えて元の道に戻らなければ最終的にすべての道を通ることになるため、糸を張って進み糸の無い道を選び続ければいいのだ。

 その方法をクレタ島の王女アリアドネに請われて教え、アリアドネは勇者テセウスに伝えた。そしてテセウスはミノタウロスを倒してアリアドネを連れて逃げたのである。

 王女を攫われたことに腹を立てたクレタ島のミノス王はそれを教えたダイダロスと息子イカロスを迷宮にある高い塔に幽閉したのだ。二人はそこから脱出するため、室内にあった蝋燭の蜜蝋を用いて翼を作り、空を飛んで逃げることに成功した。

 ところが飛行中にイカロスは自在に空を飛べることを過信して、神々のいる天空にも到達できると挑んでしまったのだ。ペガサスに跨ったベレロポーンが空高く目指して落とされたように、彼の結末も同じであった。何処かに墜落してイカロスの命運は絶えたとされる。


「されるんだけどさぁ……」


 神話情報に詳しいオイノーネがパリスたちにそう説明をした。目の前では廃棄されたドラム缶のようにメカロスが鎮座している。

 少なくとも、ダイダロスの神話にてイカロスがメカだったという話は彼女も聞いたことがなかった。そういうこともありえないわけではないのだが。例えば身体が竜の牙で出来ていたり、蟻が進化して人間になったとか奇妙な出自の者はギリシャのあちこちにいる。


『失礼な。吾輩も最初からメカだったわけではない』

「そうなのか?」

『うむ。海に墜落をしてこの島に流されるまでに大怪我をしてな。自分で治療の為に身体を機械化(メーカネス)したのだ! 壊れた船が漂着していたからその中にあった金属を使ってな! なにせあのダイダロスの息子イカロスにかかればその程度の工作、簡単なもの!』

「け、怪我の治療で……?」


 一体どこをどう怪我すれば、自分の身体を金属製のコケシめいた姿にまで改造せねばならないのだろうか。

 筋肉や骨や内臓が残っているのか不明な構造をしているのだが、メカロスは実に滑らかにカクシャクと動いてはいた。


『もちろんいきなりこうなったわけではないぞ。この島を脱出するために吾輩は飛行機械の開発を行っていて、墜落する度に改造箇所が増えていったのだ』

「飛行機械って、あの背中に付いてた変なのか?」


 それと島中に散らばっていた部品は墜落して脱落したものだろう。メカロスは鞭のように細い腕を組みながら言う。


『気化油を爆発させた勢いを噴出させて飛ぶ仕組みだったのだが、滑空はできても方向転換や着陸に難があってな。失敗だ! あんなのでは父の作品を越えられない!』

「えー? ダイダロスの翼ってたしか結局墜落したんだろ? 失敗作じゃん?」


 パリスの迂闊な感想がメカロスに火を付けた。真っ赤に発熱したままメカロスがパリスの肩を掴んでガクガクと揺さぶる。

 灼熱に熱された青銅のボディが近づいてパリスは目を瞑るほどであった。


『そんなわけあるかボケ!! 冷静に考えろ!? 材料が蝋しか無かったんだぞ監獄で!! それなのにマジで空を飛べる翼作ったんだぞ!? あの人どうなってんだ!? ある朝起きたら完成させててこっちがビビったわ!! 背中に付けて塔から突き落とされたときは絶対親父気が狂ったと思った!! この島に来てから自分で蝋で翼作っても全然飛べないし!! どうなってんだ!?』

「あっつい! あっついからゴメンって!」

「まあ……冷静に考えて蝋で羽作ったからって飛べないですよね」

「時々背中に羽生えた人間はいるらしいけどねー」


 しかも実験もせずに一発で成功している。ダイダロスは色んな意味で狂っていた。

 もちろん蝋の羽は有名な欠陥、海に近づきすぎたり太陽に近づきすぎたりすれば壊れるというものがあったのだが、それを熟知していればダイダロスなどクレタ島からイタリア半島の西、シチリア島まで飛んでいったのだ。その距離約400kmほどのフライト。鳥人間コンテストもびっくりであろう。


『吾輩が墜落しても命が助かったのも、この地でダイダロスの翼をより完璧な物として仕上げろという神の思し召しに違いない。そう判断して飛行機械を作り続けているのだ……!』

「あ、お前技術者なんだろ? オレたちの船が壊れてるんだけど修理してくれないか?」

『人の話をスルーして自分の都合ばっかり押し付けるなああああああ!!』


 地団駄を踏むメカロス。機械の身体に成り果ててしまったが魂は熱いものを持っているのだなあとパリスは感心する。

 そうしているとオイノーネとカサンドラがぐったりとし始めた。


「それもいいけど……水、水無いのこの島……ボクもう限界……」

「ただでさえ乾いていた口が油で最悪です……」

『なんだ? 水か? パーツ清掃用の精製水ならあるぞ。ビガビガ』


 メカロスが洞窟の壁をコツコツと叩くと、一見してわからない引き戸が空いてその中には壺が幾つも並んでいた。

 そのうちの一つをヤットコで掴んで差し出すと、オイノーネが一気飲みをして「うあああー!」と感激の叫び声を上げた。目が輝き涙まで溢れている。


「おいしい!」

「オイノーネさんわたしにもください!」

「だめー! 女神特権ー!」

「このアマー!」


 髪の毛を引っ張り無理やり奪おうとするカサンドラと、それを手で必死に抑えながら水瓶を飲み干そうとするオイノーネ。


「醜い争いは見たくないのでもう一つ貰っていい?」

『仕方ないな。まあ海の水を蒸発させて作ってるだけだから幾らでもあるからいいが』


 さすがにメカロスも目の前で水の奪い合いによる殺し合いでも起こったら嫌なので、カサンドラにも水瓶を渡してやった。「んあああー!」とか叫び声をあげながら喜んでカサンドラも水をがぶ飲みし始めた。

 パリスも受け取って飲む。不純物やミネラルが殆ど含まれていない精製水はあまり美味しくないのだが、とにかく喉が乾いている人には染み渡る甘露である。

 保管している水の量はメカロスがあまり使わないからか、かなりの量があった。船の皆に分けても十分だろう。


「うーん、やっぱりさメカロス」

『なんだ。ビガビガ』

「ここにある水全部くれて船も修理してくれ」

『ビガー!! ミノス王レベルに図々しすぎる!!』

「その代わり! オレたちも空を飛ぶ道具作るの手伝うからさ!」


 パリスがそう提案するとメカロスはピタリと動きを止めた。


「ダイダロスが偉大な天才だってことはお前の話でよーくわかった。それには及ばないことをメカロスだって認めてるよな。だったら人の助けを借りてもいいじゃないか。皆で協力してすげー翼を作ろうぜ。ダイダロスが一人じゃ作れないようなのをさ」

『ビガ……』


 メカロスとてわかっていたのだ。彼は技術者としてダイダロスには及ばない。何年も努力して飛行ユニットを作ろうとし、そして挫折してきた。

 決して彼が凡庸な才能の男だからではない。自らを機械化する技術やこの閉ざされた島の限られた物資で炉や工場、精製水を作る蒸発壺、油を絞る精油機などを作り出し、飛行の試作を繰り返していたのだ。完成品に触れたことがあるとはいえ驚くべき才能である。

 それ故に父の異常な才能を理解してしまい、届かぬほどの差を感じてしまっていた。大体、父の助手をしていたときだってミノタウロス用監獄塔付き巨大迷宮を一ヶ月ぐらいで完成させたりしていたことには息子ながら幻覚でも見ているのかと思っていたのだが。

 それを埋めるためには誰かの手を借りるという方法もアリかも知れない。メカロスが納得しかけたときにパリスが朗らかに告げた。


「そうすればダイダロスも草葉の陰から喜んでくれるって!」

『はあ!? ちょっと待て! 草葉の陰って……親父死んでるの!? なんで!?』

「知らんけど……なんか前の島で冥界で仕事してる的な話を聞いたぞ」

『ええええ!?』


 偉大なる発明家ダイダロス。自らの作った翼で見事に墜落せずに脱出した父。きっと今もどこかで生きていて、どこの国でだって活躍しているに違いないとメカロスは考えていた。

 なのにもう死んでいて冥界にいる。何故? なんで? パリスに聞いても彼は知る由も無かったのだが。

 



 ******




 メカロスを連れて打ち上げられたアマゾーンの船へと向かいながら、オイノーネがタブレットでダイダロスに関する情報を調べて教えてくれた。


「えーと、迷宮を脱出したダイダロスはシチリア島にあるカミーコスって国の王に仕えることになったんだけど、逃げたダイダロスを探してクレタ島のミノス王が捕まえに来たんだって」

『しつこいなあの男も』

「でもカミーコス王はダイダロスを渡したくなかったんだね。ダイダロスに『風呂釜を形そのままで炉に改造してくれ』って命令を出して、その風呂にミノス王を入れて茹で殺した」

『当然の末路だ! 愚かな王だった』


 メカロスはダイダロスとともにクレタ島のミノス王に雇われていたのだがまったく彼にいい感情は持っていなかった。

 ミノス王は大神ゼウスとエウロペの間にできた息子の一人だったが、その血筋を鼻にかけて神々を敬わずに傍若無人の態度を取っていた。ポセイドンに献上するための神牛をネコババして妻が呪われ、生まれたミノタウロスを閉じ込める迷宮を作らせたのだ。彼がポセイドンとの約束を守っていれば生まれなかった怪物である。

 更にミノタウロスへの生贄にアテナ人の子供を送らせていたのも周辺国からの反感を買った。ただミノス王が戦争に強かったのはダイダロスが改良した海軍の軍艦による力が大きかったのだ。

 迷宮をテセウスに攻略されたからといってダイダロスとイカロスを幽閉したのだが、そもそもミノタウロスを閉じ込める迷宮でありそのミノタウロスが倒された以上は無用の長物なのだから、製作者を閉じ込める意味も無かったというのに非合理的だ。

 最終的にその末路が、単身で遠くシチリア島までたかが大工の一人を探しにやってきて殺されたわけだから、どこか狂ってしまっていたのかもしれないが。


「余談だけど家系図で言うと、キミが寝取ったヘレネーの旦那のメネラオスの曽祖父がミノス王だね」

「性格悪いの遺伝してるんじゃないか?」

『そんなことより親父はなんで死んだのだ?』

「えーと……鬱病からの自殺らしいけど」

『酷い末路すぎる!』


 実の父が見知らぬところで自殺していたと聞かされてメカロスは頭を抱えて倒れ転がった。あのギリシャ中に轟く神に匹敵せんばかりの大発明家が死んでしまったのだ。

 飛行ユニットを完成させ、完璧な飛行で島を脱出し、父の元へと向かうつもりで十年以上も一人コツコツと生きてきたというのに。

 ダイダロスは心を病んでいたのだ。

 彼の罪悪感は根が深く、そして多岐に渡っていた。冥界に落ちて無限の責めを受けても罪は償われないと絶望していた。復讐の女神たちが彼を苛むよりも早く死を選んだのだ。


 ──ダイダロスの生涯について語ろう。



 *****



 まず彼は都市アテネで暮らしていた頃、自分より優れた発明をした甥のタロスを気の迷いで突き落とし殺してしまったのだ。それが知られてアテネを追い出されたのだが、自業自得でもある。


《魔が差したんだ……私はアテネ随一の発明家で、誰よりも自信があった。その立場を奪われてしまうんじゃないかと……それは大きな間違いだった》


 その後たどり着いたクレタ島では王に言われるがままに軍艦を作っていたら、その軍艦で故郷のアテネが攻撃されて負けてしまった。まるで追放されたことを恨んだダイダロスが仕向けたような出来事だが、本人はミノス王に頼まれるがままにやっただけでアテネが憎かったわけではないのだ。

 更にその後、王妃パーシパエーに頼まれて雌牛の模型を作ったところ、異常な性嗜好(一説ではエロースによる呪い)によって彼女は牛とまぐわいミノタウロスを孕んでしまった。当然怒り狂ったミノス王にダイダロスの関与を責められることになる。

 更には不幸な生まれの怪物を閉じ込めるための迷宮を作ったら、次々に故郷アテネの子供たちが生贄として迷宮に送られることになってしまった。自分のせいで。ダイダロスはどんどんドツボに嵌っていった。


《私は、私はただ言われるままに作っただけなんだ!》


 そんな最中で王女アリアドネが迷宮を出るにはどうすればいいか、という話を聞きに来た。もしかしたら心優しい彼女が、迷宮に送り込まれる子供の一人にでも教えて救ってくれるのかもしれない。そう願ったダイダロスは糸車を使って出る方法を教えた。

 ダイダロスの迷宮は全ての道を一度だけ通れば出られる構造になっており、糸車を引いて一度通った道を避けて進んでいけば必ず出口にたどり着くのだ。

 ところがその方法はミノタウロスから逃げるわけではなく、ミノタウロスを退治して脱出するために使われた。アテネの王子テセウスは見事にミノタウロスを倒し、アリアドネを連れて島から出ていったのだ。これにはむしろダイダロスも安心したのであった。


《罪は帳消しにならないけれど、これ以上私の発明で無関係の誰かが死ななくて済む》


 しかし無敵の怪物を殺され、脱出不能な迷宮を抜け出し、王女まで攫われたミノス王は激怒してダイダロスと息子イカロスを塔に幽閉した。

 ダイダロスは自分だけが罰を受けるならまだしも、息子まで幽閉されたまま一生を過ごすとなるのは忍びない。そう考えて監獄の中にあった蝋燭を使って翼を2つ作りあげ、塔から飛び立ったのだ。

 彼の誤算はイカロスが墜落して行方不明になってしまったことだろう。


《どうして私の発明は、大事な人たちを幸せにできないんだ……》


 失意のままシチリア島カミーコスにたどり着き、そこの王に重用されていた。

 だがダイダロスの心労は収まらない。ミノス王が直々に探しに来て、それを許さなかったカミーコス王がダイダロスの発明で煮殺したのだ。

 執念深い王を始末してダイダロスの心配は晴れ渡った……わけではなかった。

 

《また私の発明が人を殺してしまった……ミノス王の妻を惑わし、娘を拐かさせた上に……ミノス王にも恩義はあったというのに……私は……》


 イカロス。タロス。故郷アテネの人々と子供たち。王妃。王女。ミノス王。大勢を不幸にしてしまったダイダロスは嘆いた。

 そんな中でアポロンの息子であるアリスタイオスという放浪する半神の英傑に出会い、彼に協力してシチリア島の土地開発に従事し、それから死の神であるアポロンに近しい彼に頼んで冥界へと送って貰ったのである。


《冥界に行こう。皆に謝ろう。皆に会わせて貰えるまで、冥界のために働こう》


 冥界は死者の魂が集まる場所であるが、そこに行けば死人に会えるわけではない。厳格の代名詞と呼ばれる神ハデスがそれを許さない。

 だがダイダロスは僅かな可能性、冥界での働きが認められればハデスか、情に厚い女王ペルセポネがいつか認めてくれるかもしれない。ほんの少しの間、息子の魂と対話を許してくれるかもしれない。死した魂のために様々な建築物や道具を作り続けることで罪が贖われるかもしれない。

 そう信じて、冥界で裁判官の三巨頭が一人となったミノス王の部下になり、休むこと無く働き続けているという。


 


 ******




 そのあたりの詳しい事情は恐らくメカロスすら知らないが、オイノーネによって齎された情報は大雑把に、


「死んだ息子に会いたいから冥界で働いてる的な感じじゃないかな? 冥界の情報ってあんまり知らないけどさ」


 タブレットで検索したところ、そういう結論になった。ヘルメスの噂を発信するタブレットは冥界の神でも持っている者はいるのだが、仕事に厳しいハデスが業務情報をつぶやくことを厳しく規制しているので詳しくは出てこない。

 そういった死者の情報はむしろヘルメスが冥界に行くついでに仕入れて発信している。天界、人界、冥界から海の底までヘルメスはどこにでも現れて噂を聞いてくるのである。


『そんな……親父……吾輩は生きているのに先に死ぬなんて……』


 メカロスはショックのあまりに数秒に一回ぐらいポーンという音を出して僅かに動きをフリーズさせていた。

 彼にとっては父であり、師であり、人生の目標だった。発明の女神アテナに匹敵する知恵を、鍛冶の神ヘパイストスの如き腕で作り上げる発明と製作の天才であった。

 それが自らの所業を嘆いて自殺!

 もっと人々から褒め讃えられて然るべき人物だというのに。タロスが鋸を開発したように。ミュルメクスが鋤を開発したように。

 

「あー、なんと言ったらいいか……うちの親父がまったく尊敬できないからなんとも」

「お父様は種付けおじさん的な能力だけ高いだけですからね……」


 トロイア王族の二人は微妙そうな顔をした。トロイア王プリアモスの美点を上げるならば、子沢山なのだが基本的に兄弟仲には恵まれている程度だろうか。少なくともトロイア戦争中にひたすら不利な上にパリスがやらかしが原因でどんどん死んでいく中でもギリシャ側に裏切ったのは殆ど出なかった。ヘレノスがオデュッセウスに捕まった際にギリシャ攻略の予言を与えたぐらいか。

 なので偉大な父が亡くなって嘆くメカロスに掛ける言葉もあまり見つからない。

 

「冥界に行っても知り合いの亡者に会えるのはごく限られた者だけだから、そうそう叶うことじゃないんだけどね」


 オイノーネが肩を竦めながら言う。一部の神や巫女から提示された特殊な条件を叶えれば望んだ相手に会えるのだが、彼女もそれは知らない。

 例えば冥界に降りた例で言うとオデュッセウスは魔女キルケーから貰った特別な生贄の黒羊とキュケオーンを供物に、楽師オルフェウスはハデスとペルセポネを感激させるほどの音楽を対価に、アイネイアスはアポロンの巫女から貰った黄金の小枝を持って目的の相手に会えた。

 とはいえ、会いたい息子が生きているのでは確実に会えないのは確かなのであるが。


『……わかった』

「ん?」

『お前らの船を直してやる。だが絶対に飛行ユニット作りに完成まで協力をして貰う。親父が死んだ以上、彼からこの飛行ユニットの完成品が生み出されることはない。吾輩が完成させる』


 強い決意を込めてメカロスはそう宣言した。

 血潮も通わぬ機械の身体であっても、熱い魂の決意を感じる。

 もちろんこれまでも、飛行ユニットを作り出そうと努力はしていたのだが、どこか「父には敵わない」という意識があって自分の一生を掛けて作り出せずとも、やはりダイダロスは天才だったと確信して終わるだけだという諦めもあったのだ。

 自分が作らずともどこかに飛んでいったダイダロスがいずれ自分が遠く及ばぬ完成品を作り出すだろうとも。

 しかしながら、ダイダロスは既に死んでいる。

 となれば、


『このままだとダイダロス最後の発明は、息子を墜落させた欠陥品の翼ということになってしまう。あの大天才の名誉が汚される──吾輩のせいで! だから、ダイダロスの翼は不完全であったが、息子のイカロスが完成させたと、親子共同で作り上げた素晴らしい道具だと! 後世に残すために……どうしても吾輩は作り上げねばならないのだ!』

「おお……わかった! 協力するぜ!」

「お兄様、大丈夫ですか?」


 胸を叩きながら軽く請け負うパリスへ、不安げにカサンドラが尋ねる。飛行する翼など実在していたとはいえ、原理も何もわかったものではない。果たしてどうやれば完成するのか。

 パリスは声を潜めながらメカロスに背を向けてカサンドラに言う。


「いざとなったらアイネイアスを呼んで、あの空飛ぶ盾に翼でもつけて貰えればなんとなく完成っぽくなるだろ」

「……そういえばうちには空飛ぶマッチョがいましたね。見捨てて置いてきたけれど」

「とりあえず今は気分良くノセて、船を直して貰わないとな。それに空飛ぶ道具があったら、あのハルピュイアを倒せるかもしれないだろうし」


 身内にも空飛ぶ道具を持っている者がいるわけだが、それを教えるのは最終手段として。


 ひとまずパリスたちはメカロスと手を組むことにしたのであった。






『ダイダロスの末期に関して私の聞いた噂では東洋の島国に渡って、土地開発の神として崇められたとか。ダイダロ法師(ぼっち)とか呼ばれたのではなかったか?』────関係者Z


『儂はこれがオリエントから鉄器の伝来を意味しておると考えておる! ぬう! 足場が崩れて遺跡が!』────教授M


『誰だこいつ!?』────関係者Z

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[良い点] ○まさかM方教授のコメントをみられるとは ♪ …… しかし、日本に渡来した巨人の正体は、教授は空港で目撃したはず⁉︎ [気になる点] ○メカ・イカ …… ジェイムスン教授型(コウモリ翼の…
[良い点]  小学生の唱歌にまでなってギリシア屈指のネームド(皮肉な事に真に偉大な親は忘却の彼方)イカロスがサイバーダイン化されて左高例てんてーワールドにメカロスとしてエントリー!(^^)ワシてっきり…
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