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Re:審判から始めるトロイア戦争~パリス王子のパリ直し~  作者: 左高例
2章『パリスの審判とイーデ山の戦い』
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10話『ギリシャ神話といえばお使いクエスト』




 イリオンの街に作られたパリスの家にて。

 パリスが夜に寝ようとベッドに入り込むと。


「やあキミ! 布団温めておいたよ!」

「お兄様、今晩は一緒に寝ましょう♥」


 布団に潜り込んでいる二人を見てパリスは窓から飛び出して脱出した。



 沐浴して体を洗おうとすると。


「水場のお世話なら川の女神であるボクの出番だね!」

「お兄様♥ 兄妹なら一緒に沐浴してもセーフ案件ですわ♥」


 乱入してくる二人にパリスは水路に潜って逃げていった。



 食事を摂ろうとすると。


「いやぁ~たまに食べるにはパンもいいね♥ キミ、ほらほらこのチーズが練り込まれたやつとか美味しいよ?」

「パリスお兄様、わたし特製のヨーグルトサラダを食べてください♥ 塩加減が絶妙なんですよ? えへへ、特製のお塩が……♥」

「えううう……」


 トロイアの自宅で、左右をオイノーネとカサンドラに挟まれて食事を差し出されながら青い顔をしているパリスがいた。

 アシアでは小麦の生産が古代より盛んであり、パン焼きはヨーロッパよりも発展していて非常に美味なパンが大量に生産される。そしてギリシャ圏でお馴染みの生野菜サラダに、アシア伝統の塩ヨーグルトソースが掛けられていて豪華で美味だ。野菜や小麦は山では取れず畑で栽培しないといけないため、山暮らしのパリスからすれば珍しくて高価な食べ物なのだが。小刻みに震えて口を閉ざしていた。

 その様子を気の毒そうに、ヘクトールとアイネイアスが見守っている。

 肩が触れ合うほど接近している二人の美少女から好意を向けられているパリスは自分の額をゴツゴツとアテナの石で殴りつつ、食欲は完全に失せている様子を見せている。


「大丈夫なのかしら。パリスちゃん」

「一応アレで、加護によって多少マシな状態になったことを確かめる実験らしいが」


 見守る二人がヒソヒソと言い合う。

 昨日、イーデ山から嫁のニュンペーを連れて帰ってきたパリスはげっそりとした顔で兄弟(ヘクトールやヘレノスなど一部にだが)と親のプリアモス王に経過を報告した。 

 アテナの加護が与えられただけでも波乱を予想させる出来事だったのだが、直後にエロスによる呪い、そしてヘルメスの神杖、アポロン・アルテミスの加護を得て帰ってきたパリス。

 もうどう考えても神々の間でパリスを巡って対立しているとしか思えない状況だと、ヘクトールは顔を引きつらせた苦笑いを浮かべている。


「耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ……」

「頑張るねえキミ♥ ほらご褒美のパンだぞ♥」

「パリスお兄様耐えてください♥」

「……傍から見ている分には羨ましい限りなんだけどなあ」

「本人の精神ダメージが心配よねえ」


 モテている。

 としか形容できない状態なのが状況の深刻さを薄れさせてしまう。特に、ヘクトールとアイネイアスにとってはカサンドラの言葉は聞こえないし、オイノーネは元からパリスの嫁なので多少いちゃついても平常運転かと思う。

 加護と石のおかげでパリスはどうにか気絶したり吐瀉したりしない程度には、左右に近づかれても耐えられる精神力になってはいるのだが。

 だがそれでもキツいものはキツいのだ。左右に肉食獣がヨダレを垂らしながら懐いてきている羊の気分である。

 幸いなのはオイノーネとカサンドラがお互いに憎み合ったりしないで気にせず個別に迫ってきていることだろうか。ヤンデレ三角関係になったら泥沼すぎる。

 

「ヘ……ヘク兄。アイネイアス。たちゅけて……」

「涙目で訴えている……」

「こんな情けないパリスちゃん初めて見たわ」 


 仕方無しにヘクトールがカサンドラを、アイネイアスがオイノーネを椅子ごと持ち上げてパリスから離した。


「はいはい、カサンドラ。悪いがパリスがしんどそうだから解散な」

「クソ兄貴ー! 呪いますよー!」

「聞こえなーい」


 ジタバタ動くものの長男ヘクトールにかかれば子猫のように扱われて運ばれるカサンドラ。部屋の外に待機していた家来に渡して隔離させる。

 

「大丈夫だから! ボクは大丈夫だから!」

「ダメよオイノーネちゃん。パリスちゃんの気持ちも考えないと、そんなのは真の愛じゃないわ。パリスちゃんは貴女のことを愛してるから我慢してるのに、貴女はパリスちゃんのことを愛してるなら我慢できないの?」

「うぐううう!! ボ、ボクは……相思相愛だから! 我慢! するううう……」

「はい、いい子ね」


 カサンドラよりはまだ大人であり、人間より神だから精神耐性が強いのか、オイノーネは後ろ髪引かれる思いをしながらもどうにか部屋を自力で去っていった。

 二人が部屋から出ていくと、目に見えてパリスは顔色がよくなってきた。


「うああー! オレ頑張ったよヘク兄ー!」


 涙目でヘクトールに飛びついてくるパリス。鬱陶しさ半分哀れみ半分な目を向けながら、手を伸ばして弟が抱きつくのを押し止めるヘクトール。男に抱きつかれる趣味はない。


「抱きつくならアイネイアス殿にしてくれるか弟よ」

「……アイネイアスはちょっとガチっぽいから……」

「あぁん! 失礼ね!」


 アイネイアスはムキィと筋肉をたぎらせて見せた。マッチョのオカマっぽく見えるが、一応はそれはキャラを作っているだけなのだが。素の状態だとモテすぎて本人が困るのである。

 

「それにしても厄介だなあ、パリス。一人だけならまだしも、二人も呪われてしまうとは」

「そうなんだよぉ~……あああ、二人共、大事な仲間なのに……」


 妹と嫁、というだけではなく、カサンドラの予言によりトロイア戦争が起こることを知っている理解者でもあったのだ。

 大きなイベントは乗り越えたがこれからも三人でどうにか良い未来を目指して進もうと思っていた矢先に、この始末である。

 一応は会話が成立して、触れていても即座には発狂死しない程度に呪いは落ち着いたのだが、それでもとても協力して頑張ろうという気になれない。

 いっそ旅に出たい。そう思うパリスであるが、逃げてもダメだという理性も残っている。


「これからどうしよう……」

「これからか……そうだ、パリス!」


 ヘクトールが思いついたようにパリスに告げる。


「アポロンから神託を受けろ。解決方法がわかるかもしれない」

「そうね。カサンドラちゃんもオイノーネちゃんも、アポロンの予言が得意なんでしょ?」

「な、なるほど!」


 アポロンはパリス自身もよくわからないが、かなり肩入れしてくれている神だ。いい方法を教えてくれるかもしれない。

 神々が直接に加護を与えてもエロスの呪いが解けないのに、神託による助言で呪いが解けるのかというと、可能性はある。例えばポセイドンなど荒ぶる神が怒り、他の神から加護を得た英雄を呪うことは多いのだが、そういった場合も他の神は呪いに手出しできなくとも、英雄自身に解決する方法を教えてやらせる。


「それじゃあアポロンの神殿に行ってみましょう。二人を連れてね」





 *******




 トロイアにアポロンの神殿は幾つもあるが、イリオンにあるものはオンパロスと呼ばれる石造りのドームが設置されている本格的なものである。

 オンパロスとは世界の中心を指し示すための石碑の一つであり、地中海の各地に設置されていてアポロン神殿でも最大の聖地デルポイを指し示している。

 そこで巫女や神託者はアポロンから予言を授かり、人々に伝える。予言は破滅の回避から政治の選択、人の運命まで多くを語り、当然のように一般市民から王侯貴族までそれを指標としていた。


 石造りの神殿は精巧な彫刻でアポロンの神獣である狼や鹿、烏や鷹などが飾られていて様々な種類の聖木が神殿内にアーチを作って、人工的な場所なのにどこか森の奥めいた雰囲気であった。

 祭壇の中央には大きな壺に香が焚かれておりタルタロスから吹き出る蒸気のような煙が湧き出ていた。

 トロイアは神託者がかなりの数いるため多くの小神殿も抱えている。


 有名な神託者ではカサンドラとヘレノスのアポロンに愛された双子。


 パリスの異母兄である夢占いのアイサコス。


 アポロンの大神官クリューセス。


 アポロンとポセイドンのダブル神託者ラオコーン。


 などである。 

 もともとアシアの地域がアポロンの地元であるし、ゼウスに反逆しようとした際にもこの地を拠点にしたぐらいなのでアポロンの加護が多く得られる。

 それでも神託はいつでも出来るわけではなく、神託者たちも日頃から神々に供物を捧げたりといった儀式に忙しい。

 なのでパリスはアポロンの神託所に当事者であるオイノーネとカサンドラを連れてきて、彼女らに神託を頼もうとしてみた。

 

 神託所の祭壇に立ち、幽玄な雰囲気で祈りを捧げる二人。青髪の女神と赤髪の少女がシンメトリーのように並び、両手を広げて神の言葉を受けようとしていた。

 アポロン神殿の本場、デルポイの巫女にも匹敵する霊験の力を持つ彼女らは、体を僅かに黄金色へと輝かせ始めた。

 息を呑んで見守るパリスに、薄く開かれた二人の口から託宣が降りる。


『パリスは大事な奥さんとちゅーして新婚旅行とかに連れて行くといいと思う百年ぐらい』

『XXXXしてXXXXさせた後XXXXXをXXXXXするといい感じですお兄様♥』


「うおおおい!! 己の欲望漏れまくってる!! 絶対予言じゃないだろそれ!! しかもカサンドラァァァ! マジで品性疑われるっていうかドン引きするわ!」


 大慌てで周囲を見回す。ヘクトールとアイネイアスが一応付いてきていたが、首を傾げるばかり。カサンドラのヤバい発言は呪いによって聞こえなかったようだ。パリス以外には。

 あまりにも下品で卑猥な言葉が妹の口から吐き出されたのを知られなかったことに胸を撫で下ろすが、問題は解決していない。


「ダメじゃん! 予言が捏造されてるじゃん!」

「そう、ダメなんですよパリス兄様!」

「うお!? ヘレノス!?」

 

 神託所に先客としていて様子を伺っていたカサンドラの弟ヘレノスが、焦った様子で止めに来た。

 

「神の言葉を受ける託宣を捏造するとか、二人が頭とろけていたとしても神の怒りを買ってしまいかねない危険な行為! 早く祭壇から下ろしてください!」

「そ、それもそうだな!」

 

 託宣は神々が人間に助言を与える、目上の者からのありがたい言葉だ。それを受ける儀式をしておいて自分の望むままに言葉を変えるとなると、不興を買うのは間違いがない。

 例えばトロイアの神託者ラオコーンは、アポロンからの神託で妻帯しないようにと言われたのに妻を娶ってしまったがため、アポロンからの加護が消え失せてポセイドンの神官にならざるを得なかった。

 とりあえずまだ神罰は降りていないようだとハラハラしながら、


「私が代わりに託宣を受けますよ。パリス兄様も、危ないから姉様は予言は当面やらせないでください」

「わかった」

「元から言葉が通じないんで予言が役に立たないんですから」

「辛辣だなこの弟!」


 ヘレノスの冷たい言葉にカサンドラは素に戻って呟く。


「後でチンコ潰す」

「こわ」


 弟にはバイオレンスなカサンドラである。まあ、姉なんてそんなものだが。

 祭壇に立ったヘレノスが「ロッテンピッテンサッテン……」と呟き祈りを捧げる。彼の体に神の血が宿ったように輝き始めた。


『…………愛欲の呪いを退けるには────おい! アポロン!』


「?」


 ヘレノスの歌を詠み上げるような声に、低い声が混ざった。戦場で将軍が吠える命令のようによく通る、勇ましい男の声色だ。

 

『神託ってこれでいいのか? 俺様やったことがあんまり無いんだが……口を借りる? ええい、細かい調整が……ウオオオオオ!!』


 ヘレノスが雄叫びを上げた。白目を剥いて意識が失っているらしい彼の口から黄金の炎が吹き上がり、神託所にいた全員が凄まじい熱気の嵐に怯んで後ろに下がる。

 金色の煤煙が吹き荒れたかと思うと、空気に融けて消えるようになくなり──その場には一人の男が立っていた。


 大柄な男だ。厚い胸板に割れた腹筋。それを覆うぴっちりとした青銅の鎧。アイネイアスよりも太く筋肉の締まった腕で槍を手に持つその武人は、顔や腕が猛獣に切り裂かれたように傷だらけだった。傷だらけであるが顔はハンサムとか二枚目という軽い言葉が似合わない男前の美男子で、赤く燃えるような髪の毛をオールバックにしている。

 血が沸き立ったような赤い瞳を向けている男は仄かに輝いて見え、体から溢れんばかりの神気が立ち上っていた。

 そのような武人姿の男前な神は一人しか居ない。


「ぐ、軍神アレス──!?」

「うげぇー」


 パリスが震えながら叫んで、女神であるオイノーネは潰れた蛙でも見たかのような声を上げながらそそくさと場を離れる。他の面々は畏怖したように跪く。

 軍神アレスがこの場に降臨してきたのだ。

 アレスはおもむろに腰に下げた喇叭(ラッパ)を取り出し、国中に響くような大きな音で吹き上げた。もしここが戦場ならばその音に従い、アレスの加護を受けた兵士らは死ぬまで前進し続けるだろう。


 人間にとってオリュンポス十二神という神々の中心における存在は信仰と崇拝、そして畏れの対象でもある。そういった神々の機嫌を損ねることは、都市ごと破壊されることも珍しくない災害級の存在だ。また逆に、信仰が認められて気に入られた場合は繁栄や勝利の加護を与えてくれる。

 一方で下級の女神であるニュンペーからすれば派閥違いのお偉いさんであるので、別に尊敬もしなければひれ伏しもしないのだったが、力の差は歴然で襲われたり攫われたりする下級女神は後を絶たない。ぶっちゃけ会っても得することはない。なので目につかないように隠れた。

 アレスは喇叭を鳴らしてひとまず登場のファンファーレを終えたのか、再びルビーのように光る目をパリスに向けて怒鳴りつけた。


「お前かッッッ!!」

「ひいっ」

「俺様の愛するアフロディーテが、あのふくれっ面のアテナよりブスだとか言った人間はッッッ!!」

「そこまで言ってないですうううう!」

 

 パリスが槍を突きつけられて、怒っているアレスに脅されながらしどろもどろに答える。

 幾ら軽薄で、ヘルメスやアテナ相手にはどうにか普通に対応できるパリスとはいえ相手は残虐・暴力・虐殺が得意な軍神だ。彼に睨まれて怯えないものなどヘラクレスぐらいだろう。

 ビリビリと神殿を揺るがす怒気に、ヘクトールも大汗を掻きながら見守るしかできない。下手に止めに入れば癇癪を起こしたアレスが暴れだしてしまうかもしれない。


「貴様がアフロディーテを泣かしたせいで……俺様の顔はこの通り引っかかれて傷だらけだッッ! どうしてくれる!!」

「その顔についてる猛獣の群れにやられたみたいな傷跡、アフロディーテにやられたんですか!?」

「背中も傷だらけでメチャクチャ痛いんだぞ!!」

「生々しい! 子供もいるんですよここ!」


 どうやらパリスに恥をかかされたアフロディーテは、アレスにベッドで八つ当たりしまくったようだった。爪での引っかき傷以外に噛み跡もかなり残っている。

 アレスは槍を一旦引っ込めてから考えるように言う。


「まあ……痛気持ちいいことは確かなんだが。ふふっ」

「イケオジな顔でそんなセリフ言われても……」

「ともかく。アフロディーテからはお前を痛めつけろと言われている! 覚悟はいいな!」

「そういわれて覚悟できる奴居ます!?」


 ヘラクレスぐらいだろう。(二度目)

 アレスが凄んで見せると、カサンドラが前に進み出てきた。彼女の姿はカサンドラのままだが、いつの間にか頭には兜を被り、手に盾と槍を持っている。虚ろな目をしながら彼女ははっきりと通る声で告げる。


「ちょっと待てアレス。貴様、神が直接人間を痛めつけるつもりか? 私の英雄を? それなら相手になるぞ?」

「むっ! その生意気なメスガキは……アテナか!」


 どうやらカサンドラがアテナに憑依されているようだ。その姿を見てパリスはむしろ心配になる。その妹、別に頑丈じゃないから無理しないであげて。

 軍神アレスと戦女神アテナ。どちらも戦争を司る神だが、アテナが戦略や知恵、そして勝利を担当するのに対してアレスは蹂躙や蛮勇、更には敗北すら彼のものであるという。


 アレスが戦の敗北を司るというのは別段悪い意味ではない。要は相手を敗北させればいいのだから。どちらが勝利するにせよ、戦場において大量の血が流れることをアレスは望む。兵士らが狂気のように暴力を振るい、敗北者をより攻め立てて潰すのがアレスの加護である。故にアレスを軽んじて祀らぬ都市はほとんど無い。

 まあ……そうは言っても、アレスとアテナが軍でぶつかった場合はアテナが勝つのではあるが。恐らく単独で喧嘩しても。

 二柱の神は睨み合い、先に「ふん」と鼻を鳴らして提案をしたのはアレスの方だった。


「勘違いするな。痛めつけろと言われているが、俺様が直接やるわけじゃない。それにこれはアテナも賛成するはずだ」

「なんだ? 言ってみろ」


 尊大な口調でカサンドラに憑依しているメスガキなアテナが言う。


「パリス! 貴様はこれから、俺様の可愛いペットの小鳥ちゃん……ステュムパリデスを生け捕りにしてくる試練を与えてやろう!」

「怪物退治の試練か! それなら構わないぞ! なあパリス!」


 アテナが喜んだように声を弾ませた。そしてパリスが試練を受けることは決定したように呼びかけた。

 いきなり言われてパリスは「ステュム……ってなんだ?」と首を傾げる。

 世間の噂に詳しいヘクトールが解説をした。


「ステュムパリデスは何年か前に、ヘラクレスが退治した怪鳥のことだったはずだ。何百羽も居て、ヘラクレスが弓矢で追い払ってギリシャから居なくなったとは聞いていたが……」

「その一団が東の方に来たようだ。パリス。貴様はステュムパリデスを生かしたまま、俺様へと献上するのだ!」


 アレスがそう決めた。ステュムパリデスはヘラクレス12の試練の一つであり、青銅(あるいは鋼)の爪と嘴、羽を持つ凶暴な怪鳥で、人を襲うばかりかその糞は毒であり大地や水を汚染するという厄介極まりない害鳥であった。

 ヘラクレスが自慢の弓と、アテナから貸し与えられた赤金製の大太鼓で追い払ったのではあるが、アレスからするとペットを放し飼いにしていたら知らん奴から追い払われたという気に食わない状況ではあった。そういう試練を仕込んだのが母ヘラであり、父ゼウスお気に入りのヘラクレスなので大きな問題にはしていなかったが。

 パリスが恐る恐る聞く。


「え、えーと……それをしたら、呪いを解いてくれるんですか?」

「知らん! 俺様が呪いの解き方なんぞ知るわけが無いだろうが!」

「えええ」

「だがアフロディーテを宥めるなりはしてやろう。俺様の試練を果たした英雄になればな」


 アレスはそう約束した。

 他者を誘惑する女神アフロディーテへと言うことを聞かせられる者は実際少ない。夫のヘパイストスはもちろん彼女に何も言えないし、ゼウスも頼み事はするが命令することは難しい。アフロディーテの魅了を使えばゼウスすら惑わせるのだ。

 更にアフロディーテがゼウスから生まれた神々や、その前の大神クロノスから生まれたゼウスの兄弟姉妹ですらなく、原初の天空神ウラノスから生まれたとされている。オリュンポスの主要な神々はゼウスの子か弟妹であるのとは違う。親が子に命じるような扱いはできないのだ。

 しかしながら一番の愛人であるアレスが宥めれば、多少はパリスとその関係者の呪いは緩和される可能性があった。


「なんか怒って現れた割には妙にアレス様、パリスちゃんに甘くない?」


 ヒソヒソとアイネイアスがオイノーネに聞いてみた。アレスのような暴力の化身である神ならば、怒りに任せて暴れ狂ったり、この国ごとアレスを信仰する蛮族に襲わせたりしてもおかしくないのだが。

 しかし「痛めつける」という目的のために無理やり怪物退治に行かせるのは、まあその過程で痛い目に合うかもしれないが迂遠であるし、ちゃんと試練を達成したらご褒美も用意しているという。

 その質問に一応考えて彼女は答える。


「アレスは前にイーデ山で、パリスと闘牛で戦って勝ってるんだ。そんでパリスは素直にアレス牛の勝利を祝福したもんだから、アレスも喜んだんだよね。本人的にはパリスは自分に及ばないもののまあそこそこ気骨のある男だと認めてるんだろうね」


 戦争での大被害を好むアレスは人間など虫けらのようにしか思っていないのは確かではある。

 だが同時にアレスは自分と戦えるような英雄に関しては尊重する。相手と勝負してアレスが勝てばいい気分で寛大になるし、アレスが負けたなら自分を負かすほどの英雄なら相当強いと渋々認めるのだ。性格の悪さや短気・好色で有名な神だが、体育会系的な気質も持っている。

 パリスがそこそこの英雄だと認めることは、それに勝利した自分の自尊心も満たせるということだ。アフロディーテに言われて罰を与えに来たが、実のところアレスはパリスをお気に入りなので殺す程はしたくないのだろう。


 一方でカサンドラに憑依しているアテナは得意げに頷き、パリスの背中を叩く。


「やはり英雄たるもの怪物退治の一つでもやらねばな! 実績があれば人々も認める! 励むのだぞパリス!」

「わかったけど……そのステュムパリデスはどこにいるので?」

「知らん」

「自分で探せ」

「……」


 アテナとアレスからきっぱり言われて肩を落とすパリスであったが、これも呪いを解くためだとどうにか納得して、ステュムパリデスの鳥捕獲を決意するのであった。





『牛に化けるのは私も得意だ。美女を乗せて走ると楽しいぞ!』────関係者Z


『このようにギリシャでは迂闊に牛に攻撃しない方がいい。アレスやゼウスやヘパイストスが化けていることもあるし、アポロンやヘリオンやポセイドンの持ち物かもしれない。ミトラスへの捧げものかもしれないしヘラの聖獣かもしれない。私も牛肉の食べ方で神々を騙したらこのように罰を与えられたからな』────解説大好きP


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― 新着の感想 ―
[良い点] 塩とチーズはいかんでしょ! [一言] 神様の面倒くささがいい感じに表現されてますね
[気になる点] 塩にチーズ…
[良い点] うんメチャクチャやってて楽しい ギリシャ神話っていいよね どんなにメチャクチャやっても元がメチャクチャだから誰にも怒られない
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