第8話「バばズってるn」
「──何このキモい歌詞www草生えるんですけどwww」
真っ暗闇の部屋で一人、とある少女が聴いているのは、今しがたドリコンの【新着楽曲】にアップされたばかりの曲である。
「……えーっと、『すっごい変な曲見つけちゃったにゃ〜ん! これから"歌ってみた配信"やるので皆は全裸待機でヨロシクにゃ〜ん♪』っと。文章はこれでいっか……さっ、オタクたちから投げ銭カモる準備しようかしら!」
少女はキーボードで文章を打ち込むと、奇妙な衣装に着替え始めた──。
*
「──は〜っ、だめね。皆この良さが全っ然わかってないわ!」
「あ、やっぱダメだったんすか?」
西園寺 音々は深い深いため息をつきながら、華凛女子音楽大学の廊下を絶賛清掃中の邪念場 詩朗に絡んでいた。
「私のファンは受け入れてくれると思ってたのに。批判の嵐よ。『いつものNENEとは思えない。見損なった』とか、『何ですかこの幼稚な歌詞、ファン辞めます』とか」
「……まあ、そりゃそうでしょうよ。俺の歌詞がベースなんすよ」
邪念場は内心その事実を聞いて、ホッとしていた。これでこの女も諦めて、俺の手帳を返してくれるであろう、と。
「いーえ! 私は諦めないわ。それより、次のテーマは『友情』よ、そっちは出来てんでしょうね?」
音々はギロリと邪念場を睨みつける。
「……ま、まあ、一応書いてはきましたよ。でもこんなん使えるかどうか──」
「見せなさいっ」
邪念場が恐縮そうに胸ポケットから出したメモをすぐさまぶんどると、音々はその紙を上から下まで舐め回すようにじっくりと目で追っていく。
「……い〜いわね〜! 特にこの、『俺とお前はマブダチンギスハア〜ン』ってフレーズがパンチ効いてるわねっ!」
「……それ、ほんとにいいすか……?」
「ええ、今回はここをサビにして、熱々の友情ソングを作るわよ〜。いきなり1625進行で行こうかしら……サビの裏は多分ブラスがいいわね……?」
音々がぶつぶつと独り、何かを唱え出す。こうなると音々は作曲モードに入ってしまうようで、何を言っても耳に入らなくなるらしい。
「はあ……まあ俺は何でもいいんすけど、でも『ドリコン』でそれ発信して、音々さんは何を狙ってんすか?」
「ブレイクのベースはチョッパーを……え? そんなの勿論、『アニメーター』に見つけてもらうために決まってんじゃない」
「……アニメーター、すか?」
「そう、アニメーター。しかも、自主制作のね!」
音々は得意げにその部分を強調して、邪念場に伝える。
「アニソンって言っても、いきなりアニメ会社に拾ってもらえるはずないじゃない?」
「まあ、ドリコン常連とはいえ、一般的には無名ですしね」
「うるさいわね……。まあ、だから私たちが狙うのべきなのは、自主制作アニメを作ってる『個人アニメーター』なのよ」
「……個人アニメーター」
邪念場はいまいち音々の言っていることがピンと来ないらしく、キョトンとした顔で繰り返す。
「個人でアニメを作る人のことよ」
「それは分かりますけど……アニメってめちゃくちゃ大勢で作るもんですよね?」
「それは、大昔の時代ね」
分かってないわね〜、とヤレヤレポーズで音々は続ける。
「いいこと? 今やアニメーションは個人の時代にもなりつつあるの。音楽業界が『ドリコン』を切っ掛けに大きく進化したように、アニメ業界も、特に自主制作環境がここ数年で見違えるように進化したわ」
音々の言う通り、2020年台後半からのアニメーション環境は、著しく進化を遂げていた。今や2D・3Dアニメーション共に、制作ツールの進化により、中割り部分の完全自動化、自動彩色の精度向上、最新のツールでは、一枚の原画を元にして次の動きをAIが自動演算し、何千何万というパターンの中から最適な原画を描き出し生成する、というところまでアニメーション技術は発達し、個人制作でも相当のクオリティを出すことが可能となっていた。
「へえ〜、じゃ最初の原画さえ描ければ、俺でもアニメーション作れるんですかね?」
「まあ、そうね。できないことはないと思うわ。とは言っても、やっぱり歴戦のプロが集うアニメ会社の手がけたフルアニメーションには、それでしか出来ない良さやクオリティがあるんだけどね」
「そういうもんすか」
そして音々が言うには、個人アニメーターも、自身のアニメに乗せる楽曲をドリコンを通じて探している人が多いらしく、運よく力のある個人アニメーターに見つけてもらえれば──
「まずは『アニメソング』という形態にできる、と……」
「そういうこと!」
確かに、それならアニメソングには違いない。意外と考えなしではなかったのか、と邪念場は感心した。
「ま、私の目標はあくまでもテレビアニメ……もっと言えば『プイキュア』の主題歌だけどね!」
「プイキュアね〜……子供たちに俺みたいなもんの歌詞が届けられても悪影響だと思うんすけど……」
「何言ってんのよ、あんたが真人間になれる最後のチャンスでしょ」
「う……」
何も言い返せなくなった邪念場は、音々を追い払うようにして、手に持っていた箒を動かす。
「ささ、もう今回のノルマは渡したんですから、帰ってください。清掃の邪魔なんで」
「……は〜い」
──あっ、次のテーマは『萌え』で頼むわね〜!!
でかい声で音々が叫ぶもんだから、邪念場は他人のフリをしつつ、男子トイレの清掃を始めた。
*
──その夜。
「……おっと」
振動したスマホを見やるとメッセージ通知が光っている。
「こんな時間まで作詞の話かよ……?」
気怠そうにしながら、邪念場はメッセージアプリを開いた。
【差出人:音々さん】
『 ジャネねねんばやばばい
nなんかk、バばズってるn 』
「──あん?」




