第6話「大マジよ」
「ここなら誰も入ってこないわ」
音々さんは俺に向かってそう告げると、練習室の鍵を閉める。
──さて、俺はなぜFカップ美女と狭いピアノ練習室の中、二人きりになっているのか、というと。かくいう俺にもどういう状況か、全然よくわかっていないのだった。
「ちょっと待っていなさい」
音々さんは、小型のノートPCを鞄から取り出して、ゴソゴソと何かを準備している。
……うーむ。詞を書きなさい、とか言われたけど、何のこっちゃ。
しかし、ほんと俺好みのイイ女であることだけは違いない。無防備にこちらに向けているデカい尻、そこからスラリと伸びた太もも、もしや誘われているのか……? こんな狭い密室に二人きり、据え膳食わぬは男の恥というやつなんだろうか。このまま後ろからガオーと襲いかかって……!
いや、いかんいかん。俺はいま弱味を握られているのだ。ここで更に変なことしようもんなら……
先程のやりとりの続きを想像しただけで、ゾッとする。
「──OKね。じゃ、これ付けて」
音々さんは、今度はヘッドフォンを取り出して、俺にぽいと投げる。俺は先程の煩悩を一旦頭から無理くり消して、言われた通りヘッドフォンを装着する。
「……よしっ。じゃあ、流すわよ」
そして、何か覚悟を決めたように音々さんは言う。なんだ、音楽でも聴かせられるのか?
「うっす」
俺は適当な返事をし、まあなるようになれ、と背もたれのあるピアノ椅子へと体重を預ける。
そして、一寸の静寂の後、俺の耳は音の大洪水へと飲まれていった。
それは賑やかに、穏やかに、艶やかに、そして華やかに、俺の意識を次々に塗り替えていく。
──。
────。
────────あ。
っという間に、その曲は目まぐるしく、通り過ぎていった。
「………ど、どうかしら?」
もじもじと、顔をほんのりと紅潮させながら、音々さんは俺に問いかけている。
「……あー……? よく、わかんないすけど、なんか、普通の曲より面白かったっす」
「ふふ、わかんないのに、面白いってどういうことよ」
音々さんは上品に笑う。
俺にはいま聴いた音楽に相応しい、適切な言葉が見つからず、思ったことをそのまま伝えることにした。
「──いや、俺音楽とかあんま聴かないんすけど、グッときて、パッとして、うるっときて、さっと終わった感じで、なんか多分、変わってんじゃねえかな」
「そう? ありがとう」
──いや、実際そんな感じだった。歌もねえし、リズムも曲調も一貫してない。そんですげー短い。なのに、なんでか俺は少しワクワクしたり、ほっこりしたり、しんみりしたり。良いかはよくわかんねえが、いろんな感情を引き出された曲であることには違いない。
「……あの、こういうのって、なんて言うんすか? インスト?」
「これはカラオケトラックね。仮歌のガイドラインがあったでしょ」
「え、歌なんすか? これ」
そう言われると、ボキュートで『ららら』と歌われた、メロディのようなもんが入っていたような。ボキュートくらいは誰でも知っているくらい普及していたので、その声を耳にしたことは俺でもある。
「……ふうん、なんか変わった曲調なんすね。歌になると、より想像つかねえや」
しかし、特にそれについて関心もなかったので、俺は他人事のような返事をした。
「……どうやら、まだピンときてないようね」
「え?」
俺が間の抜けた返事をすると、音々さんは強い口調でこう続けた。
「あなたがこの曲の歌詞を考えるのよ」
「…………え、まじすか?」
「大マジよ」
そうして、真剣な眼差しを俺に向ける。
この人本当に俺に頼む気でいるらしい。音大生でも何でもない、ただの清掃員の俺に。ただちょっと変態な俺に。作詞を。
やっぱどうかしてるんだって、この女。
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