第5話「私の為に使いなさい」
華凜女子音楽大学の円卓テーブルにて、取調べは行われていた。西音寺 音々は冷徹な声で淡々と事情聴取を始める。
「──邪念場 詩朗、清掃員アルバイト……犯罪まで起こす気はなかった、と……」
「はい、ほんとっす。最初はデッサンの練習がてら、生徒さんの鉛筆画書いてたら、だんだんこう変な気分になってきちゃいまして、つい出来心で色々書いちゃって」
「……じゃあ、ここに書いてある、わ、私の……スリーサイズまでどうして正確な数値なのよ!? あなた本当は下着泥棒とか余罪やってんじゃないでしょうね!?」
音々は自分のスリーサイズがほぼ完璧に当てられていたことへの気色悪さと不信感を拭えず、冷酷に徹するはずがつい声を荒げてしまっていた。
「い、いえいえ! 自分観察眼には自信がありやして! 半径5m以内の女子なら近くで見るだけで1cm以内の誤差に抑えることができるっす!」
「そんな馬鹿げた言い訳が通用すると思って!?」
「ややほんとっすほんとっす! 例えば音々さんのその立派な膨らみは88……いやトップ89、アンダー66で、Fカップってとこですよね!?」
「っ!? ──い、いやあっ!/////」
音々は男の視線に気が付いて、咄嗟にその豊満なバストを腕をクロスして隠した。もっとも、隠れきってはいないのだが。
「この至近距離ならまず外すことはないんでへへ〜……」
男は粘っこい視線を音々の胸に送りながら、ゲヘゲへといやらしそうにニヤついている。
「……っ! そんな役に立たない能力誇ってんじゃないわよっ!!」
――はっ、違う違う! いつの間にか相手のペースに呑まれてるわ!?
「……コホン」
一旦体勢を立て直す、といった意を込めて音々はわかりやすく咳払いをし、目を閉じてゆっくりと瞼を持ち上げる。
──そして、別の誰かが憑依したかのように、冷たい口調で音々は口を開く。
「──あなた……。自分の立場がまだよくわかっていないようねえ……」
「え……」
「私の対応次第ではアルバイトがクビになるどころか、『あなた』という存在自体を社会的に抹殺することもできるのよ……?」
ふふ……と不敵に笑う音々。
──はー、『悪役令嬢に異世界転生して魔王になることにした』、母様に隠れて見といてよかったわ。
そう思いながら音々は今、悪役令嬢になった気でいるのである。
「例えば、そうね……手始めに1ページ目に書いてある女の子から一人ずつ順番にこの事実を告げていくわ。ゆっくりと、あなたを罵ってもらって。もちろん100人全員順番にバラしていくわよ……。それが終わったら次はあなたの両親、姉妹、親戚、友達、はいないか……恋人……もいないでしょうね。まあ、とにかく大体の知り合いにこの事実をバラして、あとスキャン取ってるからネットでこのノートアップして、それから……」
「ぐす」
「え?」
「──あああああああああん俺もう終わっだああああああ誰かああああああもお殺じでぐでえええええ」
「ちょちょちょま」
──まずい! 調子に乗って魔王まで行ってしまった!
遠目にいた女生徒たちがざわざわと噂し始め、不審そうにこちらを見ている。
「た、たんまたんまたんまっ! 違うの続きがあるのっ! 最後まで聞きなさいってえええ!!」
音々は思わず、ばちーんと男の顔に張り手を食らわしていた。
「いっだあああああああっ! ……えっ?」
──男は正気に戻った。
*
「……それで、続き、とは……」
「──コホン。いいこと……? 一度しか言わないから、よくお聞きなさい」
まだ悪役令嬢モードが抜けきっていないようで、鋭い目つきのまま音々は言い放つ。
「……邪念場 詩朗」
「……はっ、はい!」
「――あなたの才能、私の為に使いなさいっ!」
──決まった。
「……へ? スリーサイズ当てるやつっすか?」
「違うわよ」
全然決まっていなかった。
*
「……でも、俺には他に才能なんてないっすよ? 絵だって半端に諦めたわけだし」
「……あなた絵描き志望だったのね。どおりで……」
音々は『カリジョ妄想❤︎マル秘手帳』の、肉感的で生々しい女生徒イラストを見ながら、感心半分嫌悪半分の視線を邪念場に送る。
「でも私が欲しいのはあなたの絵じゃなくて、あなたの『文章力』なの」
「文章力? そんなもん全くないっすよ! 国語なんて1か2でしたもんずっと」
「……そういうことじゃないのよ」
音々は自分の想いを乗せて力説する。
「──あなたには、その煩悩をそのまま垂れ流したかのような、欲望に忠実で、独特な感性で、まるで頭の中をそのまま取り出してきたかのような! 私には無い自由な発想を形に出来る才がある! それが私には欲しいのよ!」
「……それって褒められてるんすかねえ?」
邪念場はいまいち音々が何を言いたいのか分からないようで、煮え切らない返事をする。
「えーっと……それで具体的に、俺は何をしたらいいんすか?」
「──詞を書きなさい」
「……し?」
急に何かのスイッチが入ったかのように、音々は勢いよくテーブルを叩いた。
「そう! 私の作曲に、あなたの作詞っ! これで、世界を獲りに行くのよぅ!!」
「は?」
音々は立ち上がり両の手を広げ、今日一大きな声で声高らかに叫ぶ。
『──そう! アニソンでねっ!!』
でねっ、でねっ、でねっ……と音々の声が校内に大きく響き渡り、こだました。
「………」
──うわー、まじでヤバいやつに捕まったんだな。
と、邪念場は思った。
*




