第13話「シンシア・サリトーヴァ」
フェナード・サリトーヴァはその日、とある音楽会館へと足を運んでいた。
「──素晴らしい演奏だったよ、ミコト」
「ありがとう、フェナード。来てくれて嬉しいわ」
「ちょうど、日本で大きな仕事があってね」
フェナードは美しい女性に花束を渡し、握手を交わす。
すると女性は、フェナードの脇に隠れながらも、その派手さを全く隠しきれていないストロベリーブロンドに染まった髪色と、その鮮やかな髪色とのギャップが目立つ控えめな少女に視線を奪われる。
「……ミコトにも紹介するよ、一人娘のシンシアだ」
「ワーオ……なんて、綺麗なのかしら……」
「……ハイ、ミコト。素敵なコンサートだったわ」
その控えめな少女の名は、シンシア・サリトーヴァ。オルタナティブバンド「シェイミー」のボーカリストを務めながら、すべての曲の作詞・作曲も自身で手掛け、その年の各賞を総嘗めにした齢15歳にして、稀代の歌姫──だが、普段は人見知りで少し髪色が派手なだけの、ただの少女である。
「ありがとう、シンシア。勿論、あなたの事は存じているわ。シェイミーは私のフェイバリットの一つだもの」
ミコトは流暢な英語でそう言うと、シンシアへ握手を求める。シンシアもそれに応じるようにして、そっと手を握り、程なくしてその手を離す。
「……はは。いつか、君のピアノをバックに歌わせてみたいものだよ」
「ふふっ、私なんかよりも是非、娘のピアノで歌ってほしいものだわ」
「メールに書いていた、ネネのことかい? きっと彼女も君の後を追って、世界的なピアニストになっていくのだろうね。楽しみにしてるよ」
「ええ、勿論そうさせるつもりよ。シンシアに負けないくらい有名にね……! それじゃあ、フェナード、私もう行かなくちゃ」
「ああ、またいつか。今度はネネにも是非会いたいよ」
フェナードがそう言うと、ミコトは二人に手を振り、忙しなく走り去っていった。
「──シンシア」
「……ハイ、dad」
フェナードの声が、一転して冷たいトーンに変わったのを察し、シンシアは心を殺して機械のように返事を唱える。
「もうじき、お前の晴れ舞台だが、特に問題はないな?」
「ええ……大丈夫よ。素敵なメロディが降りてきているから……」
消え入りそうな、それでいて透き通った声で、シンシアは答える。
「……愚問だったな。録音環境もエンジニアも最高の者を手配してある」
「……ええ……」
「この、フェナード・サリトーヴァの娘として、敗北など一度足りとも、許されぬのだから」
「……ええ。問題ないわ、dad」
二人が会館の自動ドアを抜けると、外には雨が降りしきっていた。
「──また、哀しいメロディが降ってきているから」
シンシアの声は雨音にかき消され、フェナードには届かない──。
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