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天使にアニメソングを!〜才女とクズ男の89秒〜  作者: 師走乃 スピカ
才女とクズ男
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第1話「89秒の美学」


 ――アニソン、それは89秒の美学である。



「……私が探し求めていたものは、ここにあったのよ……!」


 西園寺さいおんじ 音々(ねね)恍惚こうこつな表情を浮かべていた。



 *



「うーん、どれもパッとしないわねぇ……」


 音々(ねね)がインターネットを通じて覗いているのは、音楽ファイル共有サービス『|Dream Composerドリームコンポーザー』、通称<ドリコン>のホームページ。


 2020年代後半、イギリスで立ち上げられた革新的な楽曲投稿型webサービスであり、2031年現在では世界中の作曲家のほとんどがこのドリコンに登録を済ませていると言われている。


 なぜなら、投稿した楽曲の一再生あたりの収益率が異常に高く、ある程度ドリコンで人気のある作曲家にさえなってしまえば、それだけで一生分の生計が立てられる、その名の通り『夢の作曲印税生活』をスタンダードにしたツールだからである。


 ドリコンが世界的に流行した背景には、自律型歌唱アンドロイドアプリ『VoCute(ボキュート)』の普及によるところも大きい。ボキュートは従来のボーカロイド技術を更に発展させ、入力した歌詞を瞬時に各国の言語に自動翻訳、メロディに合わせて同時変換するという機能が備わり、自身で制作した楽曲の世界同時通訳配信をワンタッチで可能とし、作曲家の地位を高めるのに一役買って出たキラーアプリとなった。


 こうして全世界同時楽曲配信が音楽業界での主流となり、ボキュートを用いての国境を超えた作曲は世界的な社会現象に。音楽業界の熱は一気に盛り返し、いまや小中学生がなりたい憧れの職業ランキング第1位は『作曲家』になる程である。


「はあ……ダメね。今日も見つからないわ……」


 パタリとノートPCを閉じ、音々は和声楽の教科書を鞄からおもむろに取り出した。


 西園寺さいおんじ 音々(ねね)華凛かりん女子音楽大学二年生、音楽学部・器楽科・ピアノ専攻。国内外ピアノコンクール優勝、入賞経験多数。著名ピアニストである実母、西園寺(さいおんじ) 美琴(みこと)の血を引くサラブレットとして、また『美し過ぎるピアニスト』としてもメディアで多数取り上げられる注目の二世美少女ピアニスト――と、いうのは母の顔を立てる為、世を忍ぶ仮の姿である。


 ――そう、その実態は、2031年度年間ドリコンランキング堂々の”582位"を獲得した、今乗りに乗っている『自称』稀代のメロディメーカー"NENE(ネネ)"なのであった!


「……絶対に見つけてやるわ」


 母やメディアには知られていないが、音々の夢はピアニストではなく、実は『作曲家』だった。しかも、厳密に言えば『アニメソングを作りたかった』。


 決して、クラシック音楽やピアノが嫌いなわけではない。自分にはそちらの才が秀でていることも、期待されていることもわかっている。ポピュラーミュージックに手なんか出さなくても、アニメソングの作曲なんかやらなくても。何度も自分に言い聞かせた。


 しかし、音々はどうしてもアニメソングの作曲がしたかった。ドビュッシーがそうであるように。モーツァルトがそうであるように。音々も自分の創造する音楽を世に放ちたかった。しかも、それはアニメソングでなくてはならなかったのだ。


 *


 ――話は、音々が小学3年生の時に遡る。


 厳しい英才教育を受けて育った音々は、ピアノとその他必要となる語学や音楽の勉強以外の世界を、まるで知らなかった。


 そんなある日のことだ。母が海外の有名ピアノコンクールへと出場が決まり、父もその日大事な出張が重なって、両親がどちらも一日中いない日が偶然できてしまった。こればかりは仕方がない、とその日限定で、近所の沙織ちゃん宅に音々は預けられた。そして、事件はその日の食卓で起きたのである。


「音々ちゃん、プイキュア見よ〜!」


 沙織ちゃんの家では、晩御飯を皆で囲みながらテレビを見る習慣があった。


 ──『ぷいきゅあ』って、何……?


 と、音々は思った。ご飯を食べながらテレビを見る時点で大きなカルチャーショックを受けた音々だったが、更にその時放映されていた地上波アニメ『4人はプイキュア』のオープニングによって、それはもうとんでもない衝撃を受けることとなる。


『あなたのお悩み♪ ぽひゅんと解決♪ プププププイキュア飛ばしてけ〜♪』


「……!!」


 音々は思わず、カレーを口に運ぼうとしていたスプーンをポロリと床へ落とした。青天の霹靂だった。


 ──な、なんなのこれ?


 音楽に合わせて、絵がシャカリキに動いている。音々は『アニメーション』を見ること自体初めてで大変な衝撃を受けた。そして、人生で初めて見るアニメーションの虜になった。食い入るように30分間テレビに張り付いた。その後、録画してあったプイキュアのバックナンバーも見せてもらったが、感動が止まらなかった。


「すごい……すごいのよ沙織ちゃん」


 音々は中でも、オープニングで流れる『主題歌』のシーンに惹かれていた。これは、今まで自分の学んできた音楽とはまるで違う。こんな自由な音楽が、いや、自由な表現がこの世に存在しても良いのだろうか。サビの歌詞なんて『プププププイキュア飛ばしてけ〜』だ。プププププイキュア、とは一体。そして、音に合わせて『プイキュア』と呼ばれる色とりどりの魔法少女たちが、軽やかに、滑らかに、躍動的に、感情的に、様々な表情を見せながら動いていく。


 複雑な想いが、一気に音々の脳内を駆け巡り、


 ──自分もこの『アニメソング』のことをもっと知らなくては……! 


 音々は本能で幼少ながらも、そう思ったらしい。そうして翌日、自宅へ帰るや否や、その旨を母へと打ち明けた。


母様かあさま。私、アニメのお歌のこと、もっと知りたい」


「そんな低俗なもの、絶対に許しません」


 ──ぴしゃり。


 音々は、アニソンに未練はあったものの、母に逆らうことはできず、アニソンの存在に謎を残したまま、芽生え始めていた自分の想いに一度は蓋をしたのであった。


 ──そこから更に時は経ち。音々がまだ高校1年生になったばかりの頃である。女学園に通っていた音々は恋愛はおろか、アニメとは縁遠い生活を送っていた。その頃には音々のルックスも成熟し、『美しすぎるピアニスト』としてメディアが既に囃し立て始めており、専属秘書が付くほどピアニストとしての多忙を極めていた。


 そんな折、人気テレビ番組『灼熱大陸』から音々へと出演オファーが入る。テレビなど、ニュース番組以外にほとんど見たことのない音々だったが、後学のため同番組のバックナンバーを視聴することを母より限定的に許されたのが、音々の人生を左右する切っ掛けとなる。


 その時たまたま音々が見たのは、クラシック音楽から映画音楽、舞台劇伴、ゲーム音楽、CM、Jポップ、アニメソングまで幅広く全方位を手がける作曲家『菅凪 よう子』の出演回であった。音々はそこで人生二度目の衝撃を受けることとなる。


 ──菅凪 よう子は語る。


「皆さんは、『89秒の美学』という言葉を聞いたことがあるでしょうか。テレビで放映されるアニメソングのオープニング、エンディング主題歌は、冒頭と最後に0.5秒の無音が入るのを含めて丁度90秒、つまり楽曲自体は89秒ぴったりに作られる事がほとんどなんです。89秒、という限られた時間の中に自分の音楽の全てを出し切る。こんな美しく儚い音楽は、アニメソング以外に存在しない」


「だから、私はこう思うんです」


 菅凪は一呼吸置いて、言葉を噛み締めるようにこう言った。



「──アニソン、それは89秒の美学である、と」



「……!!」


 音々は思わず、手に持っていたテレビリモコンをポロリと床へ落とした。二度目の青天の霹靂だった。



「──これよ」


 わなわなと震える手を沈めながら、


「……私が探し求めていたものは、ここにあったのよ……!」


 音々はこの日、自分はアニソンを作るためにこれまで音楽を学んできたのだ、と心の底から本気で思った。



 ──かくして音々は、表向きはピアニストの道を順当に進みながらも、母には内緒で密かにアニメソング作曲家を目指すことを決意した。


 *


「音々様も好きですねー」


 長い黒髪をアップにまとめ、シャープな眼鏡とスーツ姿のよく似合う美しい女性は、耳に入れていたワイヤレスイヤホンを外しながら、音々にそう言う。


「だって、やりたいんだもの!」


 自分が作った曲は必ず、専属秘書の恭子に1番に聴かせて率直な感想をもらう。それが音々のルーティンだ。


 音々は自分の秘密を彼女にだけは打ち明けていた。多忙な毎日の合間を縫って、母の目を盗んではDTMを覚え、影で流行のアニメをチェックし、そして『NENE』としてドリコンへの楽曲投稿を重ねる。そんなウルトラC難度に器用なこと、彼女の協力なくしては絶対に出来なかった。


 恭子は音楽にはそれほど詳しくなかったが、家でアニメをよく見るらしく、アニソンにもそれなりに詳しかった。また、PCスキルには大変長けており、音々のDTMやドリコンの知識は全て彼女仕込みであり、普段音々が母に内緒で使っているノートPCも、実は彼女にこっそり買ってきてもらったものである。


 こんなこと母にバレたら即刻クビだろうに、それでも隠れて音々の夢を熱心に応援してくれるあたり、恭子は音々にとって頼れる姉のような特別な存在である。


「曲自体はキャッチーなんですけど、なんかアニソンとしては正直物足りないんですよね〜」


「そーなのよう! わかる恭子さん?」


 

 実のところ、完璧に覚えきった音楽理論や、元より才のあるピアニストとしての演奏力、それらを用いて後天的に獲得した編曲アレンジの幅、そして、音々の発想から生まれる巧みなメロディライン、どれを取っても音々の作る楽曲は高水準の代物であった。《《作曲としては》》。


 しかし、音々は自身の決定的な弱点に気づいていた。自分の考え得る理想のアニソンと、自分の作る楽曲とが到底かけ離れている事実に気づいていた。なぜなら、音々の思う理想のアニソンには、絶対的に欠かせない『ある要素』があり、それが音々には圧倒的に欠如している能力であることもよく理解していたからである。


「──私に足りない能力は()()なのよ」


 幼少期より、英才教育以外のものをとことん排除され育ってきた音々には、『恋愛』、『友情』、『お笑い』、『娯楽』、『青春』etcetc……といった『経験』が明らかに欠如していた。読書や、母に隠れて見ていたアニメから得たボキャブラリーはあれど、様々な経験に勝るものは無く、これは母による異常とも言える、音々のピアニストとしての才能への過度な期待から来る、偏りに偏りまくった育成方針の弊害でもあった。


 音々は、逆立ちしようが何しようが、どう捻り出して歌詞を書いてみても、必ず綺麗で面白みのない文章として成立させてしまうという、ある種の才能を有していた。


 だから、あの衝撃を受けた『4人はプイキュア』のような、音々にとってセンス溢れる魅力的で独特な、何者にも縛られない『自由奔放な歌詞』というものが、音々にはどうしても書けなかった。『天敵』といっても過言でないほどに、それは音々の持つ才能の真裏に位置する能力だったのだ。

 

 音々は努力した。そして、挫折をした。人生初めての挫折。悔しかった。苦しかった。何度も向き合った。でも駄目だった。でも諦めたくはなかった。


 ──89秒の美学。


 私はどうしても究極の89秒を作りたいのに。私の音楽をアニソンで表現したいのに。


 そんな時、秘書の恭子から衝撃の一言が飛び出す。


「──アニソンて、作詞と作曲は別の人が受け持つことがほとんどですよ?」


「え、そうなの?」


 音々はすくっと立ち上がり、



「──だったら、私の曲に見合う作詞家を探せばいいんだわ!」



 すぐさま瞳に輝きを取り戻した。


「そして、いつかは『プイキュア』とタイアップ……!」


「ふふ、できるといいですね」


 西園寺 音々は、大きな野心を抱きながら、今日も作詞家を探すネットサーフィンの旅を夜な夜な続けるのであった。


 * 

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