6 ワルダーの過去
全く何もなかった一階とは違い、二階にはビッシリと怪しい機材が置かれていた。
様々な色のランプが点滅を繰り返す巨大なコンピューターに、よく分からないメーターが沢山付いた箱型の機械。
天井や床にはおびただしい数の電線やパイプがはいずり回り、まさに悪の科学者のアジトというような空間やった。
そしてその部屋の中央に、物々しい機械に囲まれたカプセルがあり、その傍らに、白髪で白衣を着たオッサンが立っていた。
恐らくあのオッサンが、今回の騒動の黒幕の、プロフェッサーワルダー!
そう確信した俺は、こっちに背を向けているオッサンに向かって怒鳴った。
「うぉおらぁあっ!お前かぁっ!プロフェッサーワルダーっちゅうのは!」
「んん?」
俺の声を聞き、こちらに振り向くワルダー。
その顔つきは陰険で悪どく、ザ・悪の科学者にピッタリな人相やった。
そのワルダーは俺の顔を見て、いささか驚いた表情で言った。
「何と?侵入者は貴様だったのか?馬鹿な、貴様はレラがしとめたはず」
「確かに殺されかけたけど、また復活したんや!ちなみにそのレラはさっき一階でやっつけて来た!」
「何だと⁉おのれひょっとこ仮面!貴様一体どれだけこの私の邪魔をすれば気が済むのだ⁉」
そう言ってワルダーは俺の隣に立つエリックに視線を移し、こう続けた。
「それもこれも全てお前のせいだエリック!お前が十年前に私を裏切らなければ、こんな事にはならなかったのだ!もっと早くに地球を滅ぼす事も出来たのだ!」
するとエリックも、声を荒げて言い返す。
「僕があなたを裏切ったのは、あなたが明らかに間違った事をしようとしていたからです!どうしてあなたはこの地球を滅ぼそうとするのですか⁉その理由を教えてください!」
「そうか教えて欲しいか!どうして私がこの地球を滅ぼそうとするのか!ならば教えてやろう!」
ワルダーは声高らかにそう言ったが、すかさず俺が口を挟んだ。
「そんなんどーでもえーから、さっさと守菜ちゃんを返せ!」
「なぁっ⁉き、貴様!私が今から悲劇に満ちた過去の話を話してやろうとしているのに、何だその態度は⁉最近の若者は年上の人間の話を全然聞こうとしない!マッタクけしからん!」
「そんなモンはいつの時代も一緒やろ!とにかくお前の昔話なんぞ聞きたくもないから、さっさと守菜ちゃんを返せ!」
「貴様!私の過去の話を聞きたくないのか⁉」
「聞きたくない!」
「ならば聞かせてやろう!」
「何でやねん⁉ワシ今ハッキリと聞きたくないって言うたやろ⁉」
「頼むから聞いてくれ!お願いします!」
「どんだけ聞いて欲しいねん⁉」
俺がそう言って呆れていると、エリックが神妙な顔つきで俺に言った。
「ひょっとこ仮面、ここはどうか、ワルダー博士の話を聞いてあげてください。僕も、自分を生み出してくれた人がどうして地球を滅ぼそうとするのか、ちゃんと理由を聞いておきたいんです」
「そ、そうかぁ?どうせ大した理由はないと思うけど・・・・・・」
そう言って俺は首をかしげたが、エリックが珍しく真剣に言うので、頷いてからワルダーにこう言った。
「まあ、エリックがそこまで言うなら聞いたるわ。お前が何でそんなに地球を滅ぼしたいのかを」
するとワルダー。
「そこまで聞きたいと言うのなら聞かせてやろう!ありがたく思うんだな!」
こいつホンマにうっとうしいわぁ。
そんな中ワルダーは語り出した。
「あれは今から二十年前。私が某大学の研究室で教授をしていた頃。私は、ある女性と交際していた」
「あんたみたいな人間でも、交際してくれる女性が居ったんやな」
「彼女の名前は『マナミ』。赤や紫のボディコン姿が良く似合う、清楚な女性だった」
「赤や紫のボディコンを着る女性を、清楚と表現してええのんか?」
「彼女はいつも忙しい人でな。私が彼女と会う時は、いつも彼女の仕事場でだった」
「彼女が勤める会社とか?」
「キャバクラだ」
「キャバクラかい⁉じゃあその人はキャバクラ嬢やろ!」
「私とマナミは愛し合っていたのだ」
「ホンマかオイ⁉たちまち嘘くさくなってきたぞ⁉」
「私は毎日マナミに会う為、そのキャバクラに通った」
「客としてやろ!」
「違う!恋人としてだ!」
「ホンマか⁉全然信用出来んのやけど⁉」
「私はマナミに会う為なら、一日辺り二万円以上の出費もいとわなかった」
「やっぱり客やないかい!しかも結構なカモや!」
「馬鹿な事を言うな!私がマナミに会いに行くと、マナミはいつも喜んでくれたぞ!」
「それは仕事やからや!」
「私と楽しくお喋りしてくれたし、事あるごとに『室戸さんてステキね♡』『室戸さんてカッコイイ♡』とも言ってくれた!」
「それも仕事や!」
「私の様なダンディーな男には高級なお酒が似合うと、その店で一番高い酒まで注文してくれたんだ!」
「どんだけカモにされれば気が済むねん⁉」
「これを愛と呼ばずして何と呼ぶ⁉」
「仕事じゃあっ!完全に仕事やろ!」
「ところがそんなある日、悲劇は起こった」
「そこに行くまでが既に悲劇やと思うんやけど」
「マナミとの愛がいよいよ深まってきたと実感した私は、思い切って彼女にプロポーズする事を決めた」
「それは確かに悲劇やな」
「これ自体は悲劇ではない!悲劇はもっと先だ!マナミにプロポーズする事を決心した私は、宝石店で彼女の薬指に合う六十万円の指輪を買った」
「そんなに高いモンを買うたんか⁉それは悲劇や!」
「話を最後まで聞け!悲劇はこの後だ!」
「何やねんな?」
「私は六十万円の指輪を買い、彼女にプロポーズする為、いつものように店に向かった。ところが店に行くと、非番でもないのに彼女は店に居なかった。嫌な予感がした私は、他の女の子に『マナミちゃんはどうしたの?』と訊ねた。すると何とマナミは、男をつくって店を辞めたと言うではないか」
「まあ、よくある話やわな」
「それを聞いた私は愕然とした。『マナミは私と愛し合っていたはずなのに何故?』と、頭の中で何度も繰り返した」
「結論を言うと、マナミさんはあんたと愛し合ってなかったんやろ?」
「違う!マナミはその男に騙されたのだ!きっとその男は毎日足しげく店に通い、マナミの気を引こうと金やプレゼントを散々貢いだのだ!」
「そりゃあんたやろ!」
「結果的にマナミは私の前から姿を消した」
「まあでも、その方があんたにとっては良かったんとちゃうの?」
「だから私はその時、固く心に誓ったのだ」
「もうキャバクラ遊びは控えようって?」
「いや、地球を滅ぼそうと」
「うぉおおいっ⁉そこで決心したんかい⁉何でやねん⁉どう考えてもおかしいやろ⁉」
「マナミと結ばれないくらいなら、地球など滅びた方がマシだ」
「そんな事ないやろ⁉失恋して自殺したくなるならまだ分かるけど、何で地球を滅ぼそうとか思うねん⁉」
「こんな星で生きていてもしょうがないではないか」
「じゃあお前一人で死ねや!俺らを巻き込むなバカタレ!」
「勝手な事を言うな!」
「こっちのセリフやろ!」
「『和を以て尊しと成す』という諺があるだろう!あれは『和の心を持って皆仲良くしなさい。そして一人が死にたいと思った時は、皆で仲良く死になさい』という意味だ!」
「全然違うわボケ!だあああっ!やっぱり聞くんやなかった!おいエリック!お前もそう思うやろ⁉」
俺は頭をかきむしりながら、傍らのエリックに言った。
それに対するエリックのコメントはこうやった。
「ワルダー博士が地球を滅ぼしたくなった気持ち、よく分かりました」
「何で分かるねん⁉まさかこの期に及んでワルダーに寝返るとか言うんか⁉」
「いえ、そうではないです。いくら博士に悲しい過去があったとはいえ、地球を滅ぼす事はよくないと思います」
「そうやろ!そういう事ならチャッチャとあのオッサンを倒して、早く守菜ちゃんを助けるぞ!」
そう叫んだ俺はワルダーを指差し、改めてこう言った。
「やいワルダー!お前のアホ話はもう沢山や!さっさとお前を倒して、守菜ちゃんを返してもらうからな!」
するとワルダーはやにわに腹を抱え、
「クァーックァックァ!」
と高笑いを始めた。
「何や?何がそんなにおかしいねん⁉」
問いかける俺に、ワルダーは愉快でしょうがないという様子で答えた。
「クァーッ!この娘を助ける事は不可能だ。何故ならたった今、完成した(・・・・)からな!」
ワルダーはそう言って、カプセルを囲む機械についていたボタンをポチッと押した。
するとカプセルの上半分がウィ~ンと音を立てて開き、中から一人の人物が身を起こした。
ちなみにその人物とは、守菜ちゃんやった。