7 守菜ちゃん爆ギレ
「何やっとんねんあんたは⁉」
俺がレラちゃんの卵焼きを口に入れたと同時に、背後からしこたまでっけぇ声が響き、そのショックで俺は口の中の卵焼きを、噛みもせずに飲み込んでしもうた。
「ゴッホ!ゴッホォッ!」
せきこむ俺。
そして声がした方に振り向くとそこに、東北のナマハゲよりも恐ろしい顔をした守菜ちゃんが立っていた。
「す、守菜ちゃん・・・・・・」
そんな守菜ちゃんの姿を見て、俺は今までの幸せな気持ちが、一瞬にして何処かへ飛んで行ってしもうた。
もしこれが夢なら早く覚めておくれと、心の底から願った。
しかし残念ながらこれは紛れもない現実で、そんな中守菜ちゃんは、俺に向かって怒りの声を上げた。
「何やねんあんたは⁉何で告白の返事もしてないのに一緒にお弁当なんか食べてんねん⁉」
「あ、いや、これはね?彼女が俺の分もお弁当を作ってくれたって言うから、残すのももったいないかなぁと思って・・・・・・」
「そやからって何でこの子に卵焼きを食べさせてもらったりしてるんよ⁉しかもアンタはデレデレしまくってるし!」
「デ、デレデレなんかしてないって!」
「してるやないか!鼻の下が膝下くらいまで伸びてるし!」
「そんなには伸びないよ⁉」
と言う具合に俺と守菜ちゃんが言い合っていると、
「あ、あの、心野君、こちらの方は?」
とレラちゃんが口を挟んだ。
「え、えーと、彼女は小中守菜さんといって、俺の──────」
と、俺が言いかけた時、それをさえぎるように守菜ちゃんが言った。
「ただのクラスメイト(・・・・・・)です!」
せめて幼なじみと言うて欲しかった・・・・・・。
するとそんな守菜ちゃんに対し、レラちゃんはニコやかな笑みを浮かべて言った。
「私は黒井レラといいます。心野君とは今日からお友達になりました」
「なっ⁉」
レラちゃんの言葉に、守菜ちゃんの顔が引きつった。
何がそんなにショックなのかは知らんけど、守菜ちゃんは一層声を大にしてレラちゃんに言った。
「な、何で今日会ったばかりでいきなり友達とか言えるんよ⁉そんなんおかしいやんか!」
それに対してレラちゃんは、笑みを絶やさずこう返す。
「別におかしくはないんじゃないですか?お互いを友達だと認識し合えば、二人はその瞬間から友達になったと言えるはずです」
「うぬぬ・・・・・・」
言葉を返せない様子で唇を噛み締める守菜ちゃん。
しかし怒りは更に燃え上がったようで、鋭くレラちゃんを睨みつけた。
それに対してレラちゃんは笑顔のままやけど、守菜ちゃんのガン飛ばしに怯む事なく視線をぶつけた。
二人の女の子の視線が激しくぶつかって火花を散らし、その火の粉が俺の顔にかかってホンマに熱かった。
何なんやろうこの展開?
いつの間にか、三角関係の修羅場みたいな事になってるやん?
これ、あの、どうすれば丸く収まるの?
やっぱり俺が、仲裁に入った方がええの?
そう思った俺は二人の仲裁に入るべく、
「あの──────」
と言いかけたが、その瞬間守菜ちゃんにギロリと睨まれ、そのままシュンを縮こまった。
だって怖いんですもの!
レラちゃんはよく怖がらずに守菜ちゃんと睨みあえるなぁ。
見た目よりずっと根性が座ってるのかもしれんな。
とか思っていると、そのレラちゃんが守菜ちゃんに向かって口を開いた。
「まあ、そう怖い顔をなさらないで」
それは決して攻撃的ではなく、至って穏やかな口調やった。
守菜ちゃんのガン飛ばしに屈したというより、全ていなした(・・・・)という感じや。
そしてこう続けた。
「もしよければ、私が家で淹れてきた緑茶があるんですけど、一杯いかがですか?気持ちが落ち着きますよ?」
そう言われた守菜ちゃんは、怒気を削がれた様子で視線を逸らし、
「じゃあ、一杯だけ・・・・・・」
と呟く様に言った。
ここはレラちゃんが一本取ったというところか。
見事な大人の対応やった。
それにしてもレラちゃんは、上級生の人やろうか?
少なくとも一年の女子で、こんな金髪の美少女は居らへんはずやけど。
などと考えていると、桃色の水筒のお茶をコップについだレラちゃんが、それを守菜ちゃんに手渡した。
すると守菜ちゃんはそのコップに口をつけ、ズズッと一口すすった。
「気持ちは落ち着きましたか?」
「う、うん・・・・・・」
レラちゃんの問いかけに、守菜ちゃんは深く息をついて頷いた。
するとレラちゃんはにわかに目を細め、続けてこう訊ねた。
「とても落ち着いて、段々眠くなってきたんじゃないですか?」
いや、いくら何でもそれはないでしょう?
と思ったが、守菜ちゃんは、
「う、うん、そうやね・・・・・・」
と答えた。
見ると守菜ちゃんはホンマに眠そうな顔をしていて、まぶたは半分閉じて、体をフラフラさせていた。
そしてしまいには完全にまぶたを閉じてしまい、その場に崩れ落ちるように倒れこんでしまった。
「あ、あれ?守菜ちゃん?どうしたの?」
驚いた俺は、ベンチから立って彼女を起こそうとした。
そしてそこで、
「あれ?」
ともう一度声を上げた。
一体どうしたのかというと、一体何がどうしたのか、俺自身も分かれへん。
俺の体が動かへん(・・・・・・・・)・・・・・・。
これはどういう事やろうか?
体全体がしびれている、というより、体中の神経が麻痺しているような感覚やった。
するとそんな中レラちゃんが、低くドスを利かせた声でこう言った。
「噛まずに飲み込んだから(・・・・・・・・・・・)、薬が効くのが遅かったのね(・・・・・・・・・・・・)」
何やって?
もはや声すら出されへんかった。
しかし目だけはわずかに動かせたので、レラちゃんの方にそれを向けた。
するとそこに、さっきまではとはまるで別人の様な、悪意に満ちた笑みを浮かべたレラちゃんが居た。
「もう気づいたでしょうけど、さっき私があなたに食べさせた卵焼きに、シビレ薬を仕込んでおいたの。そして彼女が飲んだお茶には、強力な睡眠薬。ま、今更気づいたところで遅すぎるけどね」
「な・・・・・・お・・・・・・ま・・・・・・」
「私は何者かって?そうね、冥土の土産に教えてあげる。私はワルダー様によって作り出された人造怪人の一人。名前は、『黒ドレスのレラ』よ!」
「・・・・・・!」
「ま、今日はこの学校に忍び込む為に、こんな格好をしてるけどね。あなたに私の自慢のドレスを見せられないのが本当に残念だわ。だってあなたは、ここで死ぬんだから♡」
レラちゃん、否、黒ドレスのレラはそう言うと、右手を大きく開いて見せた。
するとその瞬間、彼女の右手の五本指の爪が、シャキィン!という鋭い音を立て、五十センチ程の長さに伸びた。
「これが私の武器なの。日本刀より頑丈だから、鉄の塊だって貫けるのよ?」
レラはそう言うと、五本の爪先を俺の方に向けた。
その切っ先は不気味に黒光りし、俺の心臓を真っ直ぐに狙っている。
死ぬ──────。
直感した。
俺は死ぬのやろう。
体が動かへん。
守菜ちゃんも助けられない。
声すら出ない。
どうしょうもない。
怖い。
一切何も雑念のない、純粋な感情。
他に何も考えられへん。
怖い、死にたくない!
「バイバイ♡」
レラはそう言うと何のためらいも無く、右手の爪を俺の心臓に突き刺した!
「がっ!ああああっ!」
俺の声が出た!
そして体が少しだけ横を向いた!
そのおかげでレラの爪は俺の心臓ではなく、わずかに横にそれた脇腹に突き刺さった。
ザシュウッ!
嫌な音がした。
血が激しく飛び散り、レラの真っ白な頬が赤く染まった。
その彼女はさも愉快そうに笑った。
痛くはなかった。
でも、血が仰山出ている事は分かった。
「凄い執念ね。でも心臓を避けてもこれだけ血が出れば、出血多量でじきに死ぬわよ♡」
レラはそう言うと、右手の爪を短く仕舞った。
そして傍らに倒れていた守菜ちゃんをヒョイッと抱きかかえ、軽快な足取りで屋上のフェンスを飛び越えて、校舎から飛び降りた。
ベンチに倒れこむ俺。
守菜ちゃんがさらわれた。
それを俺は、ただ見ているしかなかった。
その間にも流れ出す血。
遠のく意識。
死ぬんか、
このまま、
俺は──────