2 ザメ男と守菜(すな)ちゃん
「はぁ・・・・・・」
夏の暑さがぼちぼち顔を出し始めた六月のある朝。
俺は海より深い溜息をつきながら、自分が通う、日出郎高校へと向かっていた。
今日の空は雲ひとつない快晴やけど、俺の心は今日もどんよりと曇っている。
ウチの近所にある日出郎高校に入学してから早二ヶ月。
晴れて高校生になった俺やけど、生まれ付いてのダメっぷりは、今に至っても健在。
いやむしろ、歳を重ねるごとにひどくなっていくような気がする。
学校でも俺は、ドジでマヌケなダメ男としてすっかり定着してしまい、挙句の果てに付けられたあだ名が、『ザメ男』やった。
ドジでマヌケやと、どうしてあだ名が『ザメ男』になるのかと言うと、この名前になるまでに、いくつかの過程があったのや。
まず最初に俺は、何をやってもまるでダメなので、『まるでダメ男』というあだ名をつけられた。
そしてそれが一ヶ月程経ったところで『ミスターダメ男』に変わり、それから更に一ヶ月程経って『ザ・ダメ男』になり、それが略されて、『ザメ男』になったという訳や。
今ではすっかりこの呼び方が定着し、これが俺の本名やと思い込んでるクラスメイトも居るくらいや。
皆に自分の名前を覚えてもらえるのは嬉しいけど、間違って覚えられるのは逆に悲しい。
まあそんなこんなで、俺はユウウツな学校生活を送っているのやった。
どうか、今日くらいは何もヘマをしませんように。
そんな後ろ向きな願い事をしながら、今日も学校に向かって歩いていた。
と、その時やった。
「こら!また背中が曲がってる!」
というよく通る声がしたかと思うと、俺は背中を平手で思いっきり叩かれた。
「あ痛⁉」
俺は思わずそう声を上げて背中をのけ反らせ、叩かれた方に振り返った。
するとそこに、ウチの学校のセーラー服を着た女子生徒が居た。
日本髪を思わせる黒髪のロングヘアーに、芯の強さを感じさせる力強い瞳。
そして可愛いというより綺麗なその顔立ち。
その綺麗な顔が、今は不機嫌そうに歪んでいた。
そんな彼女に、俺は下手な愛想笑いを浮かべながら声をかけた。
「す、守菜ちゃん、おはよう・・・・・・」
そう、彼女こそが、俺が前に説明した、小中守菜ちゃん。
俺の幼なじみにして初恋の相手。
でも今は片思いの相手というより、恐怖の対象という印象の方が強いんやけど。
そんな彼女、守菜ちゃんは、一層不機嫌そうな口調で続けた。
「おはようとちゃうわ!外を歩く時は背筋を伸ばして堂々としろって、いつも言うてるやろ!」
「は、はいぃ・・・・・・」
怒りのこもった守菜ちゃんの言葉に、俺は一層背中を丸めて頷く他なかった。
そんな俺にトドメを刺すように、守菜ちゃんはこう言った。
「そんな事やから、あんたはいつまで経っても弱虫やねんで!」
「ぐ・・・・・・」
守菜ちゃんの容赦ない言葉が、俺の心を激しくえぐる。
彼女は性格に裏表がない分、思った事をそのまま口に出すタイプ(特に俺に対しては)で、その容赦のなさは、高校に入ってより一層きつくなった気がする。
まあでも、守菜ちゃんが言う事は逐一ごもっともなので、俺はいつも何も言い返されへんのやけど・・・・。
という訳で、今回も何も言い返せずに俯いて黙っていると、守菜ちゃんは諦めた様にひとつ息をつき、
「まずはその弱虫な心を何とかせんと、あんたは何も変われへんで?」
と、独り言の様に呟いて、学校の方に向かってスタスタと歩いていってしまった。
そんな守菜ちゃんの後を追う事も出来ず、俺はただ立ち止まって眺める事しか出来へんかった。
彼女の歩く後姿は芯があって力強く、そして何より綺麗やった。
出来る事なら、俺もその後を追いかけて、彼女の横に並んで歩きたい。
でも、今の俺にそんな資格はない。
守菜ちゃんは歳を重ねるごとに綺麗になって、しっかりと自分の道を進んでいる。
それに対して俺は、歳を経るごとにかっこ悪くなり、どんどんダメな人間になっていっている。
「まずは心を変えないと、か・・・・・・」
小さく呟いてみた。
それが疑いのない正論やという事は、自分でも嫌と言うほど分かっている。
そやけど、実際にそれを行動に移すのは、途方もなく難しいのや。
ホンマは簡単なはずなんやけど、ホンマに難しいのや。