1 ダメ主人公の、黒歴史
男は昔から単純な生き物で、昔あった些細な事なんてすぐに忘れてしまう。
それに対して女は昔から実に賢い生き物で、昔あった些細な事も、事細かに覚えている。
そしてその能力を活かし、しばしば男を苦しい立場に追い込んだりする。
俺、心野鏡助(十五歳)も、そういう経験をした事がある。
というか、今現在も経験し続けている。
俺は大阪の日出郎町という田舎町に住む、極々平凡な高校生。
というか、平凡な高校生よりも勉強は苦手で、スポーツも大して出来ず、ルックスも決して良くはない。
体つきはスリムを通り越して貧弱で、顔つきも貧相。
そしてその顔に浮かぶ表情は、不安と自己嫌悪に満ち溢れた、典型的なもやしっ子。
ホンマに、自分でも嫌になるほどのヘナチョコぶり。
それがこの俺、心野鏡助なのや。
そんな事を言うてたら、改めて自分の事が嫌になってきた。
もうこの辺で物語を終わらしてもよろしいですか?
え?もうすこし続けろ?分かりました。
えーと、最初の話の続きやけど、女は昔のちょっとした事でもよく覚えていて、それをいつまでもブチブチと言い続ける事がよくある。
そしてそれは、正に今の俺も身をもって体験していて、それのせいで、俺はこれ程までのダメ男になったんやないかとさえ思う。
そう、あれは今から約十年前。俺が小学校に上がるちょっと前の頃。
俺の家の右斜め向かいの家に、守菜という、俺と同い年の女の子が住んでいた(今も住んでるけど)。
家が近所で歳も同じという事で、俺と彼女は毎日のようによく遊んでいた。
守菜ちゃんは昔から明るくて元気で(恐ろしいまでに)気の強い、実にしっかり者の女の子やった。
それに比べて生まれつき気の弱かった俺は、そんな彼女に憧れるとともに、淡い恋心を抱いていた。
いわゆる初恋というやつや。
いつまでもこの守菜ちゃんと仲良く遊べたらええなぁ、なんてその頃は思っていた。
ところがそんな俺のささいな願いは、ある事件によって無惨に打ち砕かれる事になる。
それは、ある日俺と守菜ちゃんが近所の公園に遊びに言った時。
俺達はそこで、体がやたらデカイ野良犬にでくわした。
そしてその野良犬は、俺達に向かって吠えまくってきたのや。
当時はまだ幼かった俺にとって、それはとてつもない恐怖やった(今でも怖いけど)。
普段は気丈な守菜ちゃんも、この時ばかりは恐怖に体を震わせていた。
ホンマやったらここで、男の俺が守菜ちゃんを守らなあかんかったんや。
好きな女の子を守るっちゅうのは、男として至極当然の振る舞いやからな。
でも、あの時の俺はよりにもよって、
守菜ちゃんを置いて、逃げた。
そう、逃げたんや。
その時の俺は正直言うて、逃げる事しか考えてなかった。
守菜ちゃんを守ろうとか、俺が囮になろうなんて考えは、全く浮かばんかった。
とにかくその場から逃げたいという一心で、俺はひたすら逃げた。
好きやった守菜ちゃんを、そこに残して・・・・・・。
ちなみに俺が逃げた後、その守菜ちゃんはどうなったのかと言うと、俺が逃げた直後に、たまたまその場に通りかかった同世代の男の子が、見事にその野良犬を追っ払い、守菜ちゃんを助けたらしい。
その男の子は俺とは比べモンにならん程のイケメンで、野良犬をおっぱらった後、恐怖に震える守菜ちゃんを慰めるため、お菓子を恵んでくれたそうや。
そして名前も告げずに去って行ったとか。
その話を俺は、翌日守菜ちゃん本人に聞かされた。
そして最後に、トドメをさすようにこう言われた。
『それに引き換え、あんたはホンマに弱虫やなぁ』
『弱虫やなぁ』。
彼女のあの一言が、俺の心に深~く刻み付けられた。
そしてそれ以来、守菜ちゃんは俺に露骨に冷たくなり、事あるごとに、『あんたはホンマに弱虫やなぁ』と言われるようになって、それが現在に至っても続いているという訳や。
おかげで俺は、ただでさえ気弱な性格に加えて、『弱虫』のレッテルまで貼られ、どうしょうもなくダメな人間になりさがってしもうたのやった。
俺はこのまま死ぬまで、ダメ人間として生きて行くしかないんやろうか。
守菜ちゃんに、俺のホンマの気持ちも伝えられへんままに、死んでしまうんやろうか。
はぁ・・・・・・。