7 誕生!ひょっとこ仮面!
という訳で放課後、俺は再び校舎の屋上へとやって来た。
今日は補習もなくてすぐに来られたので、外はまだ充分に明るい。
校庭からは運動部員達の元気な声が響き、それが風に乗って屋上を吹き抜けて行く。
そんな中、正面に立つ室戸に向かい、俺はややげんなりとした口調で言った。
「で、室戸君、これから俺は何をしたらええんや?」
「はい、僕の開発した変身アイテムを使って、まずは変身してもらいます」
「変身すんの?ここで?」
「そうです。まずここで変身をして、その状態での動きに馴れてもらいます。ぶっつけ本番で実戦という訳にもいかないでしょう」
「まあそうやけど、でも、ホンマに俺で大丈夫なんか?」
「勿論です。今日から鏡助君は、正義のヒーローに生まれ変わるんです!」
「う~ん、でもなあ室戸君──────」
「あ、これから僕の事は、気軽にエリックと呼んでください。これから僕と鏡助君は、ともに戦うパートナーとなるんですから」
「パートナーねぇ・・・・・・」
「とりあえず変身してみましょう。変身アイテムも持ってきましたから」
「まあええけどやな、君が言う変身アイテムっちゅうのはどんなんや?やっぱりベルトとかブレスレットとか、そんなやつか?」
「いえ、僕が開発した変身アイテムは、もっとカッコイイですよ」
「ほう、どんなんや?」
「腹巻きです」
「ちょっと待てやオイ!」
「カッコイイでしょ?」
「ダサイダサイ!ダサッ!変身腹巻きって何やねんそれ⁉」
「戦っている最中にお腹が冷えるといけないので、あえてこういうデザインにしました」
「余計なお世話じゃ!何でこんなモンで変身せんとあかんねん⁉」
「そうは言いますけど、この腹巻きにはですね、何と内ポケットが付いているんですよ!」
「それがどうした⁉腹巻きにそんな機能性は要らんやろ!」
「それでは早速装着してください」
「マジで着けるの⁉かなり嫌なんやけど⁉」
「これを着けないと変身出来ませんよ?それにお腹も冷えますし」
「だからお腹が冷えるとかはどーでもえーねん!もうええわい!着けるわい!着ければええんやろ⁉貸せっ!」
もう何かヤケクソになった俺は、エリックが差し出した変身腹巻きをふんだくり、カッターシャツの上にそれを着けた。
前ボタンを外した学ランから覗く腹巻き。泣きたくなるほどダサイ。
そんな俺にエリックは、引き笑いをしながら言った。
「よく似合ってますよ」
「やかましいわい!ていうかこの調子やと、変身したら更にダサくなるんとちゃうか⁉」
「そんな事はないですよ。変身アイテムは腹巻きですが、変身後の姿は、テレビに出ているヒーローに負けないくらいカッコイイですから」
「ホンマやろうな⁉頼むでマジで!」
「任せてください!僕はこのヒーローコスチュームのデザインには、かなり自身があるんです!」
「変身アイテムに腹巻きを選んだ時点で不合格やと思うけどな」
「まあそう言わずに。じゃあ今から変身する為のかけ声を教えますので、僕が叫んだ後に、続けて叫んでくださいね」
「それを叫べば変身出来るんか?というか、それを叫ばんと変身出来んのか?」
「勿論ですよ。変身のかけ声は、ヒーローの見せ場のひとつなんですから。それではいきますよ」
「おう・・・・・・」
「『じいちゃん!この竹とんぼ、端が欠けてるよ!』」
「待て待て待て!何やねんそのかけ声⁉そんな事言うて変身せなあかんの⁉」
「いえ、今のはただの発声練習です」
「そんなん要らんやろ⁉しかも発声練習の言葉の選択もおかしいし!」
「じゃあ、本番いきます」
「頼むでホンマに」
「僕の後に続いてくださいね。『ひょっとこ!トランスフォーム!』」
「『ひょっとこ!』・・・・・・なあ、ちょっと待って。ちょっと待とう」
「え?どうしました?」
「ひょっとこって、何?」
「あれ?ひょっとこご存じないですか?」
「いや、ひょっとこ自体は知ってるんやけど、何で変身する時にその名を叫ぶの?もしかして変身した後、ひょっとこになるとか?」
「いえ、それは関係ないですよ。たまたま『ひょっとこ』っていう単語が混じっているだけですから」
「たまたまなんか?ていうか、このかけ声も大概ダサイぞ?他に何かないんか?」
「このかけ声でないと絶対に変身出来ない設定にしましたので」
「何でそんな設定にすんねん⁉」
「つべこべ言わず変身してくださいよ。ほら、『ひょっとこ!トランスフォーム!』」
「こいつ何かムカツクわぁ。もうええわい!どうにでもなれ!『ひょっとこ!トランスフォーム!』」
ヤケのヤンパチで俺はそう叫んだ。
するとその瞬間、腰に着けた腹巻きから、まばゆいまでの光が放たれた!
「うわわっ⁉何やこれは⁉」
驚く俺に構わず、その光は俺の全身を覆った。
そしてみるみるうちに、俺が身に着けていた制服が変形し、エリックが開発した変身スーツの姿へと変わっていく!
この腹巻きは、ホンマに変身アイテムやったんか!
てな具合に感心していると、俺の体を包んでいた光はスッと消えた。
どうやら変身が完了したようや。
「いかがですか?変身した感覚は」
「お?おお」
エリックの言葉に、俺は両腕をぐるぐる回してみたり、その場でピョンピョン飛び跳ねてみたりした。
すると変身する前よりも、何か体が軽くなっている事に気づいた。
「何か、体が軽くなったな。それに、全身から力がみなぎってくる感じがする」
俺がそう言うと、エリックは満足そうに頷きながら続けた。
「そうでしょうそうでしょう。何せ今の鏡助君は、変身前より何十倍も身体能力がアップしていますからね。これで人造怪人とも互角以上に戦えるはずです」
「そうか、まあ、それはそれでええんやけど・・・・・・」
と言って、俺は変身後の自分の姿に目をやった。
変身後の俺の姿は、足元は裸足に水色のサンダルを履き、下半身は薄茶色のもんぺ(・・・)。
そして腰に変身腹巻きと、上半身には白で無地のTシャツを身に着けている。
更に顔には、顔全体を覆うマスクのような物が装着されていたので、俺はエリックに手鏡を借りて、自分がどんなマスクを着けているのかを確認した。
すると、その鏡に、
ひょっとこのお面を着けた俺が映った。
・・・・・・。
俺はとりあえず、エリックにブチ切れた。
「何やねんこのダサ過ぎるコスチュームは⁉しかも何でひょっとこのお面やねん⁉」
「どうやら気に入ってもらえたようですね」
「気に入るかアホ!それにお前、変身後の姿はひょっとこではないって言うたやろ⁉」
「僕、ひょっとこじゃないなんて絶対に言ってないです」
「嘘つけぇっ!何でそんなキッパリと嘘つくねん⁉」
「まあその事はもういいじゃないですか、ひょっとこ仮面」
「うぉーい⁉何やねんそのダサイ呼び名は⁉まさかそれが変身した時の俺の名前か⁉」
「イカしてるでしょ?」
「イカれとるわ!せめて名前だけでももっとマシなのにしてくれや!」
「じゃあ、腹巻きマン」
「更にダサくなっとる!」
「もんぺ太郎」
「もはや何者か分からん!」
「ひょっとこ大好き、鏡助君」
「何かキャッチコピーみたいになってるし!しかも俺全然ひょっとこ好きとちゃうし!もうええ!ひょっとこ仮面でええわボケ!」
「それじゃあ早速行きましょうか」
「ああ⁉行くって何処へ⁉」
「決まってるじゃないですか、人造怪人をやっつけに行くんですよ」
「ええ⁉こんな格好で行くんか⁉俺絶対嫌やぞ!」
「じゃあ昼休みの二百五十円返してくださいよ!」
「いつまでムシ返すねん⁉分かった行くわい!人造怪人なんかブッ倒したるわい!」
かくしてひょっとこ仮面は、最初の戦いに臨むことになった。
ていうか、これの何処がヒーローやねん・・・・・・。