第8話 2次試験⑥
数分もかからずに階段を降り切る。上を見上げると、そこには―――――青々とした空が広がっていた。
「1層でも思いましたけど、やっぱり不思議ですよねぇ。塔の中なのに空が広がってるなんて。」
「学者さんたちの間ではダンジョンに入る際の扉や階層間をつなぐ階段は次元干渉?っつーのをしてるらしいって説が有力らしいっすよ。だから正確には、ここはダンジョンの中じゃなくてダンジョンを通してつながってる別世界だとかなんとか。そんな話を聞いた気がするっす。」
感嘆の声で呟いた田本さんに宗任さんはダンジョンのうんちくをドヤ顔で語っていた。
「今日はここで一晩過ごすことになるわけだから先に野宿する場所を探さないか?」
「そうですね。といってもほとんど草原ですから、あそこの低木がある場所を拠点としませんか?」
紫苑が指したのは草原にポツポツと生える低木の一つで周囲には他の低木が少なく、見晴らしもいい場所だった。4人はそこに移動すると、各々戦闘のための準備を始めた。
「さて、取り敢えず拠点は確保したし、見渡してみる感じそこそこの数の小型モンスターがいるみたいだ。3人とも今後は単独での活動も考えているみたいだし、単独での戦闘に慣れておいた方がいいと思うんだけど、二人はどう思う?」
勝山の提案に異論は出なかった。
「二人とも、時計は持ってきてるよな?」
迷宮時計、通称:時計はダンジョン産の素材を使って作られた腕時計型の端末のことでダンジョン侵入時からの経過時間と地上の時間を表示したり、タイマー機能や小型ライト、方位磁針も搭載され、その他にも短距離なら無線としても使える探索者の必須アイテムの一つだ。
探索者として登録したときにも購入を推奨されるほど便利なアイテムだ。今回は自衛隊でお下がりを借りてきている。
「それじゃあ、1時間おきに宗任さんともう1人が拠点で休憩しつつ周辺への警戒。他二人は戦闘と解体の練習ってことで、まずは俺と大神君が行ってくる。田本君は休憩しててくれ。何か異変があったら無線で教えてくれ。」
「分かりました。二人ともお気をつけて。」
田本さんはそう言うと休憩のために腰を下ろした。
「大神君はどっちに行く?」
勝山の質問に紫苑は周囲を見回した。
北には低木が密集して小規模な森のようになっている場所がある。
東と西は草原で見晴らしがよく、南は北ほどでないとはいえ低木がまばらに生えている。
得物は小回りが利くとはいえ、北に行くのはリスクが高い気もするし、目視する限りでは西が一番モンスターの数が多いような気がする。そのため効率の良さそうな西に行くことにした。
「西にします。勝山さんは?」
「俺は南に行ってみるよ。休憩はどうする?」
「自分はまだ疲れも出てませんし、先に休憩してもらっても大丈夫ですよ。」
田本さんほどじゃないが勝山さんも生き物を殺すことに対する忌避感は強いように感じた。
精神的な疲労は本人は気づかない場合が多いため、さりげなく休憩を勧める。
「お言葉に甘えてそうさせて貰おうかな。大神君も無理せずにね。」
「了解です。」
短く言葉を交わし、別々に駆け出した。
西の方に駆けていくとやはりモンスターが多いように感じる。
最初に目を付けたのは牙鼠。全長30㎝ほどの個体が多く、牙のように鋭い前歯と素早い身のこなしで初心者は討伐に時間がかかる場合も少なくない。
飛び兎同様に攻撃性は低いが、その適応力の高さからほとんどの階層に出現する。
周りの景色と同化しながら静かに近づき、片手斧を縦に一閃。
きれいに首を断つと断面から血が噴き出し地面を濡らした。
いきなり同族がやられたことで他のファングラットは脱兎のごとく逃げていったが、気にせず解体を始める。飛び兎よりも幾分か小柄なのでまだ解体に慣れていない紫苑は四苦八苦しながらどうにか解体を終える。
毛皮はボロボロになってしまったが換金できるかもしれないと淡い期待を抱いて、ナップザックに入れておくことにした。
「さて次はと....ん?あれは..」
周囲を見渡すと、低木の根元に隠されるようにして大きめの穴が開いているのが見えた。
穴の大きさからして飛び兎の巣だろうか。巣には複数のモンスターがいるケースが多いので出来ることなら奇襲をかけたいところだが、今回は巣からおびき出すための手段を持ち合わせていないため討伐を見送ることにした。
それからは草原を静かに、されど素早く縦横無尽に駆けながら的確に首を狙って戦闘を可能な限り短縮し、解体の練習に時間を割くように心がけた。
解体にも慣れ始めると討伐・解体のサイクルのスピードはさらに上がり、気づけば2時間が過ぎたことを知らせるタイマーが鳴っていた。
辺りを見渡すと、2時間前にはかなりの数がいたはずなのに小型モンスターたちはその数を大分減らしている。
「ふぅ、結構いいペースでいけたかな。素材も結構集まったし初めてにしては上出来だ。」
好感触で拠点へと戻っていくと、勝山さんが休憩していた。
「お疲れ様。ここから見てたけど凄かったね。モンスターが次々倒れていくから何事かと思ったよ。」
本当に驚いたようで、その頬は若干引きつっていた。
「お疲れ様っす。訓練の成果が出てるようで安心したっすよ。」
勝山さんとは対称的に宗任さんはにこやかに言った。
その後もローテーションで討伐を行い、2人ともモンスターを殺すことへの忌避感はかなり薄れていたように思う。
その日の夕食時には翌日の方針を定めるために話し合った。
「明日は出来ることなら5層に着いておきたいね。それで3日目はヌシ討伐に時間を割きたい。」
「そうですね。最低でも3体は討伐しないといけませんから3日目はなるべくそちらに時間を割きたいです。」
「あの、ヌシ討伐は3人でやるんですよね?僕、まだ自信なくて単独で倒すのはちょっと......」
田本さんは自信が無いようで不安そうに2人を見ながら尋ねた。
それに対し、勝山さんが肯定した。
「流石にね。まだ早いと思うからヌシ個体は元から3人で討伐する予定だよ。」
その後も軽く打ち合わせをしたのち、交代で夜番をしつつ夜を明かした。
2日目はモンスターの討伐を最小限にし、5層への到達を優先した。それなりに時間がかかるだろうと踏んでいたが、思ったほどではなく5層の入り口をくぐったのは夕方に差し掛かろうかという時間だった。
「まだ暗くなるまで少し時間があるし、急いで拠点の準備をしよう。5層からはゴブリンが出るからなるべく見通しがいいところがいいな。」
勝山さんの言う通り、5層から小型の獣種モンスターに加えて人型のモンスターが出るようになる。
小鬼は成人男性の半分ほどの体長のモンスターで膂力はそこまでないが、ずる賢く群れで行動することが多いため単独での討伐には注意が必要だ。また、繁殖力が強いためすごい勢いで増殖し暴走事件の原因になりやすい。
人型であることも相まって5層は新人探索者の登竜門と呼ばれている。
一行は徐々に増える樹々の中からひときわ大きいものを拠点として選び、野宿の準備を始めた。
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事が起こったのは夜も更ける頃、そろそろ交代の時間かと宗任さんを起こそうとした時のこと。
『きゃあああぁぁぁぁ』
つんざくような女性の悲鳴にうつらうつらしていた頭は完全に覚醒した。
「っ!皆さん起きてください!女性の悲鳴が聞こえました!方向は北、森の奥からです!」
紫苑は寝ていた3人をたたき起こすと、宗任さんに指示を仰いだ。
「どうしますか。」
「全員で行くっす。下手に分かれてからモンスターの襲撃を受けると、こっちも危険っすから。」
行きましょう、という宗任さんの言葉に従って悲鳴のした方向へと出来る限り急いで向かった。
向かった先では女性のグループがゴブリンと戦闘になっていた。
自衛隊らしき服装の女性もいることから、自分たちと同じ受験者のグループだろう。
「自衛官宗任、救援に来たっす!けが人は?!」
「助かる!こちら東!軽傷者2人!」
東という女性自衛官は短く答えると周囲にいた女性たちに指示を出して防衛の構えを見せ始めた。厳しい訓練を潜り抜けてきただけあって受験者の女性たちの動きも悪くない。
しかし、ゴブリンの数が多かった。
「チッ、数が多いっすね。皆さんはこのまま外側から数を減らしてください、これだけの群れとなるとヌシ個体がいる可能性は十分にあるっす。自分は最短で彼女たちの応援に向かうっす。」
「分かりました。」
それぞれが短く返答し、戦闘を開始した。
5層は新人にとっての登竜門となる階層である。それは人型の出現や階層の広大さなどもあるが、ひとえにモンスター自体が強くなっているからでもある、はっきりと実感できるほどに。
紫苑はみんなと別れるとすぐに外套の効果で周りの景色と同化し、斧と鉈を歪な二刀流として手当たり次第にゴブリンを斬り捨てていった。一撃では致命傷には遠く、討伐よりも傷をつけることを意識して暴れる。
ある程度暴れたら、周囲のゴブリンの動揺が収まらないうちに別の場所へと突っ込み、それを繰り返す。
そうしていると、ひときわ大きな個体が樹々に隠れるようにして戦況を見守っていることに気づいた。そばに控えているのは、色付きと呼ばれる属性を持ったゴブリンが2匹。
(群れのボスか?どちらにせよヌシ個体は討伐しておいた方がいいか。)
この時点で可笑しいと気づくべきだった。ヌシ個体は確かに通常の個体よりも大柄になることが多い、がその個体は大きすぎた。傍に控えている色付きと比較しても。
小さな違和感を感じるも特に深く考えずにそちらの方へ駆け出した。
女性グループがいるあたりに目を向けると奮闘しているようで、近くに勝山さんと田本さんの姿も見える。
「あっちは大丈夫そうだな。」
景色と同化しつつも樹々の陰に隠れながらヌシとその側近に近づいていく。ある程度の距離を詰めると、わざと大きめの音を立ててそろりと木に上った。
Gugya?
側近の2匹が様子を見に来た。
タイミングを計って木から飛び降りる勢いそのままに1匹の首を斧で切り落とし、
いきなりのことに動揺を隠せずにいる2匹目の目を鉈を一閃して潰す。
Gugyaaaaaa!
叫ばれてしまったことでヌシ個体の視線がこちらを向くことを肌で感じ、背筋に悪寒が走る。
が、なんとか無視して目を潰した個体の喉に鉈を突き刺してトドメを刺す。
「ふぅ.....これであとは―――」
ヌシ個体がいた樹の方を見ると、その姿はなくなっていた。
「どこに行った?」
忙しなく視線を動かすと
ゾクッ
本能のままにその場を飛びのく。
ズガァァァン!!
一瞬前まで紫苑がいた場所には棍棒が叩きつけられ、大きく陥没していた。
GuuuOOOOooooo!!!
ビリビリと空気が震えるように感じるほどの威圧を伴う咆哮は彼我の実力差を示すように感じて。
紫苑は改めて月明かりに照らされるヌシ個体をじっと見て自分の過ちに気づく。
違う、ヌシじゃない。
頬を伝う冷や汗を拭い、絞り出すように呟いた。
「........人喰い鬼」
オーガはその呟きに応えるように口角を上げた。
ダンジョンで発見されたモンスターはいくつかの種に分類されている。
紫苑たちが1層から5層の間で討伐してきた小型モンスターは地球の動物に似た姿を持っている獣類種。
その他にも鳥に近い特徴を有する鳥類種、地球では存在が確認できない幻想種、水中で活動する水棲種など様々なモンスターが発見されている。
人喰い鬼は幻想種に分類されるモンスターで小鬼の上位種の一つとされており、頑健な身体と圧倒的な膂力からなるシンプルな強さを持つ。
その圧倒的な膂力ゆえに上位の探索者になるための鬼門の一つとして知られるほどに強い。
何故、そんなオーガが5層という浅層にいるのか。
本来その階層にいるべきではない深層のモンスターが浅い階層で猛威を振るう。
これは稀にダンジョンでみられる現象の一つ、致死の罠。
遭遇してしまった探索者の死亡率は跳ね上がり、数値にして9割を超える。
組合が上位探索者に依頼を出すまでこの悪辣な罠は終わらない。
「...こちら大神です。群れの首魁らしきモンスターと交戦中。身体的特徴からオーガと推定。致死の罠の可能性があります。」
『はぁっ!?』
無線を通じて連絡を取ると、宗任さんの素っ頓狂な悲鳴が聞こえた。
『分かったっす。本部に連絡入れてすぐに応援に向かいます。命第一で何としてでも生き残ってくださいっす!』
すぐに落ち着きを取り戻し、的確な指示を出して通信が切れる。
ツーツー
電子音が静かにこだまする中、ニヤニヤしたまま動かないオーガから目線を外す余裕なく嘆息する。
「そのニヤケ面ムカつくな。」
精一杯の虚勢を張って動き出す。
両の手に得物を握りしめ、駆け出す。
迎え撃とうと棍棒を振りかぶるオーガに向け砂を蹴り上げる。
虚を突かれたオーガの棍棒の間合いギリギリで進路を変更。
ゴゥン!!
耳元で唸る棍棒を無視して茂みを突っ切る。
オーガの視界から外れると、外套の効果で景色と同化して気配を絶ち、音を立てないようにゆっくりと動く。
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GAAAAaaaaaaaa!!
自分の前から小賢しくも逃げ出した獲物にオーガは怒りの咆哮をあげた。
ガサガサッ
揺れた茂みに棍棒を叩きこむ。
がしかし、手応えはなく棍棒は空しく空を切る。
?
ガスッ!!
Gaaaaaaaaa!!
首に走る激痛に声をあげながら自らに傷をつけた狼藉者を投げ飛ばす。
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「ぐふっ!」
思ったよりも外皮が固くて斧が入らなかった。
樹に打ち付けられ一瞬呼吸が止まったが、大事無い。
息つく間もなく、飛来する棍棒を飛びのいて躱すと眼前にオーガの脚があり――
「しまっ――」
グイッと無理やり内蔵の位置が変わるような不快感と衝撃
次いで、浮遊感とともに視界の景色が飛ぶように流れていく。
森を抜け少し開けた草原をゴロゴロと転がり止まる頃には喉奥を何かがせり上がってきた。
ゴボッと血の塊を吐き出し、吐しゃ物で呼吸困難になる。視界がぼやける。
なんだ?
何をされた?
蹴られたのか?
まずい、早く立たないと――
足音がやけに大きく聞こえる。意識とは裏腹に体はうまく言うことを聞かない。
ふと、みはるの、最愛の妹の顔が頭の中に浮かんだ。
まだ、死ねない。だってまだ―――
「ぁ?」
眼前にはオーガがいて、棍棒がまさに今振り下ろされ――――――
どーもどーも矛盾ピエロです。
少々更新期間が空いてしまいました。普段暇人な作者にも珍しく忙しい時期があったようですねぇ。
閑話休題
迷宮小噺をお一つ。
本作、モンスターをある程度の種類に分けております。おさらいがてらざっくりと紹介させていただきます。
・獣類種:四足動物や猿などの二足動物に似た特徴を持ったモンスター。
・虫類種:昆虫や節足動物に似た特徴を持ったモンスター
・鳥類種:翼など鳥に似た特徴を持つモンスター
・水棲種:水中に生息する生物全般に似た特徴を持つモンスター
・幻想種:地球上に存在しない空想上の生物によく似た特徴を持つモンスター
・異形種:上記の種の特徴を複数持つモンスター
こんな感じですかね。
こんなモンスターおるで、とかこんなモンスターどう?とか募集してみたいなぁ、なんて考えとります。
そのうち、Twitterとか始めるかもしれません。
次回は早めに更新しますよ!
ブックマークとかしてくれると嬉しいなぁ。(/ω・\)チラッ