第7話 2次試験⑤
翌日の夕方、班ごとに集まり3日間の装備を決めるために頭をひねっていた。
「当然っすけど、実践中は余程のことがない限り物資の補給は認められないっす。それと、緊急事態に陥った時用に赤い煙を出す発煙筒も渡しておくっすよ。あ、あと1人1人が自分の分のみ持つことが可能っす。なんで、種類ごとに分担して持ったりするのは無しっすよ。そして、実践中のモノの貸し借りはいいっすけど、借りた側は減点対象になるっす。」
それにより3人はさらに頭を抱えることになった。
紫苑は結局、応急処置用の道具、それと発煙筒をまとめて腰に装着できるようにベルトとポーチを組み合わせ、魔石や素材を入れる用と携帯食料やその他の野営道具を入れる用のナップザックを2つ借りて、荷造りを終えた。
若干少ないような気もするが、移動が多くなることは確かなので最年少で体力的に2人より劣る紫苑は少しでも荷物を減らして対策することにした。
次は装備品だ。武器は移動中に腰に装着しても邪魔になりにくい、小回りが利く等の理由から片手斧と予備武器として鉈を借りることに。あとは解体用の小型ナイフを1本。
靴は頑丈ながらも足首を動かしやすいようにスニーカータイプのモノに、防具には耐久性よりも軽さ、動きやすさを重視。
そして、自身をすっぽりと覆うような丈の長いフード付きの外套を着ることにした。
この外套は迷彩蜥蜴というモンスターの素材を使っており、外套をまとった状態で一定時間静止していると静止していた時間に比例して周囲の景色と同化するという特性を持っている。
一通り準備を終え、外を見ると窓の向こうには夕焼けが映えていた。
一息ついていると、宗任さんが思い出したように言った。
「あっ、忘れてたっす。モンスターの素材を使った装備品の着用は1つまでっすよ。」
チラ、と2人を見てみると頭を抱えた姿が2人分あった。
準備の再確認も終わり暇になった紫苑は、一足先に休ませてもらうことにした。ベッドに横になるも中々寝付けない。
(いよいよダンジョンに潜るのか....)
不思議と恐怖心は無かった。
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「それじゃあバスに乗ってくださいっす。到着までは10分ぐらいなんで、チャッチャと行きましょう。」
バスに揺られること10分、いよいよダンジョンに入る。
「い、いよいよですね。」
「....そうだね。」
他の2人からは不安の声が漏れている。
着いたのは新宿に堕ちたダンジョン――――通称、新宿ダンジョン。
地表部になっている部分だけでも周辺の建築物の数倍の大きさを持つ。
どのダンジョンにも言える特徴だが、地表に出ている部分は全体の20分の1程であるといわれている。
ダンジョン周辺は整地され、探索者協会新宿支部がダンジョンを取り囲むように建築されていた。
宗任さんについて中に入ると、正面にぽっかりと口を開けた真っ暗な入り口が鎮座していた。今にも飲み込まれそうな、思わず一歩踏み出すのを躊躇してしまうような異様な迫力。
ふぅ、1つ大きく息を吐き躊躇なく1歩踏み出した。
「行きましょう。」
紫苑に触発されたように2人も動き出した。扉をくぐるとその先には――――――――
広大な草原が広がっていた。
「....すごい。」
トウキョウでは滅多にお目にかかれない鮮やかな一面の緑に圧倒されて出た言葉は誰の口からか。
どこまでも晴れ渡る空が印象的だったが、少し遠くに見える小さな影がモンスターであると気づき、慌てて2人に呼びかける。
「60mほど先に小さな影が見えます。いつでも動けるようにしておいてください。それと、宗任さん今回の課題を教えてください。」
ハッとして動き出す2人を尻目に実践演習の合格条件を聞く。課題は当日に連絡すると言っていたはずだ。
「さすが大神君。冷静な判断っすね。皆さん、5階層ごとにフィールド内にいるヌシを倒さないと次の階層へ行くための扉を開ける鍵を手に入れることが出来ない、ってのは講習で習ったと思います。」
ダンジョン内で働いている厄介なシステムのうちの一つ、扉と鍵。
5の倍数層には生息しているモンスターの中に“ヌシ”と呼ばれる特殊な個体が混じっている。ヌシ個体を討伐すると、木製の宝箱が出現し中には鍵が入っている。
この鍵は特殊で、触れた者の右手の甲に鍵を手に入れた階層の数字が紋様と共に刻まれる。それにより、次層への扉を開けることが出来るようになる。
この紋様は鍵を手に入れたダンジョンに入った時のみ手に現れる。
厄介なのはこの鍵、1つに1度しか使用できないという点だ。1度鍵を手に入れたものが触れても誤作動は無いが、パーティーが3人だった場合ヌシ個体を3体倒さなければ3人で先に進むことはできない。
宗任さんがこちらに向けた右手の甲には30という数字と鍵の紋様が刻まれていた。
「課題を発表します。今回の課題はヌシ個体をパーティーのメンバー分討伐して6階層に進むことっす。まぁ、あくまで目標程度に考えてくれたらいいっすよ。ヌシ個体が5層にどれだけいるかはこっちも把握してないっすから。6層に辿り着かなくても、その過程の行動で合格になることも多々あるっす。」
それっきり宗任さんは口を閉じてしまった。ここから先は自分たちでやれということだろう。
「一先ず、移動しながら今後の方針を決めないか?幸いなことに1層は草原のようだから2層への階段があるのは、おそらくあの不自然に盛り上がった丘のところだろう。」
勝山さんの提案に首肯して歩き出す。
ダンジョン内を次の階層へと進むための手段は基本的に階段と扉の2つ。
扉は5の倍数層や特殊な場合のみ出現するため、基本的には階段となる。
階段は深く潜れば潜るほど、巧妙に隠されて見つけられなくなるケースが多い。現在、世界中で1000以上のダンジョンが確認されているが、そのどれもが巧妙に隠された階段を見つけることが出来ず30層にも到達してないダンジョンはざらにある。
丘へと歩みを進めながらも話し合いを続ける。
「2層に進む前に1度は戦闘を経験しておきたいです。先ほどから遠くに見えるのはおそらく飛び兎でしょう。温厚な個体がほとんどですから初戦闘にはちょうどいいと思います。」
自分が実践でどれぐらい動けるのかを早めに確認しておきたかった紫苑はそう提案した。
「確かに、僕もそうした方がいいと思います。」
田本さんも賛成してくれて、階段までの道すがら近くにいる飛び兎を討伐してみることにした。
「じゃあ自分から行きます。」
近くにタイミングよく1匹いたので1番手を譲ってもらう。
フードを目深にかぶり、外套が景色に溶け込んだのを確認すると静かに駆け出した。
飛び兎と戦うときに注意することは少ない。
そもそも種族的に攻撃的な個体が少なく、危険を察知すると逃げることも多い。その際は発達した脚で高く飛び上がり、耳を翼のように大きく広げて滑空しながら逃げるため討伐には時間がかかることも多々ある。
ただ、音には敏感だが目が悪く、知能が低いため敵を視認するまで動かないこともある。
今回の紫苑のように周りの景色に溶け込んでいると――――
極力足音を消して走り、片手斧の間合いまで近づくと走る勢いそのままに一閃。
肉を切り裂く鈍い感触に顔をしかめると、
ブシュッ、と鮮血が噴き出て顔にかかった。
構うもんかとばかりに次の動作へと移行する。
脚を切り裂き獲物の動きを封じると、
今度は叩きつけるように首目がけて斧を振るった。
動かなくなった死体を見つめると、目が合ったような気がして思わず視線をそらす。が、魔石の回収や解体をしなければと思いなおし、作業に取り掛かった。
魔石は心臓の代わりになっていることが多いので、まずは仰向けになるように転がし解体ナイフで慎重に胸部付近の皮を少しだけ剥ぎ、心臓のあたりに十字に切れ込みを入れた。
親指の先ほどの小さな魔石を手に入れると、学んだとおりに全身の皮を剥ぎ、素材として活用できるところを余すことなく手に入れる。
初めての経験ゆえに多少手間取ったが、そのうち慣れるだろう。
ふぅ、と息を吐いて腰を上げると3人が追い付いてきた。
「お疲れさま、どうだった?」
ねぎらいの言葉を聞きつつ、さっきの戦闘の反省点について考える。
「まだちょっと緊張してるのかもしれません。あんなに、力を籠めなくても倒すことはできたでしょうし、ゆっくり近づいて一撃目で首を狙った方が効率が良かったでしょうし.....。解体の方もまだ慣れてないので、あと何回かは討伐をして今のうちにコツを掴んでおきたいですね。」
自分なりに反省点を述べたつもりだったが、はて何か変なことを言っただろうか?勝山さんと田本さんはポカンと口を開けたまま固まってしまった。
どうしようかと思案していると、宗任さんが助け舟を出してくれた。
「お二人は精神面での心配をしてるんすよ。生き物を殺すことなんて、滅多に無いっすからね。この時点でトラウマになっちゃう人も結構いるんすよ。」
「あぁ、自分も田本君もそこが心配だったんだ。身体は結構動くようになってきているが、精神的なものは対応が難しいからね。」
チラと田本さんを見ると、うんうんと頷いていた。
「...自分もその点に関しては少し懸念していましたが、考えているうちに開き直りました。何より、自分はここで降りるわけにはいかないので。」
「......大神君は強いな。」
勝山さんが眩しいものでも見るかのように目を細めた。
まだ時間はあるが、今日のうちに済ませておきたいことはまだまだある。紫苑は先に進もうと促した。
「それより、次に行きましょう。先ほどこの辺りで比較的新しい飛び兎の痕跡を見つけました。近くに数匹いるはずです。」
「分かった。次は自分と田本君でやろう。大神君は周辺警戒を頼む。」
「分かりました。」
短く言葉を交わし、探索を再開した。暫くすると、飛び兎が2匹見つかった。
「ちょうどいいな、では行ってくる。」
「お気をつけて。」
2人は獲物を見つけるとすぐさま行動を開始した。
先に仕掛けたのは田本さんだった。
助走をつけると、逃げようと脚に力を籠める飛び兎目がけて、
全身を大きく使ってナイフを投擲する。
ビュオンッ、と風を切る音がしてナイフが胴に深々と突き刺さった。
突然同族がやられ、気が動転している時には、
既に勝山さんは間合いに入った後だった。
「Kyuuuu...oo...o....」
初めての討伐を終えた二人は息を荒げていた。
「ハァ.....ハァ...これは思っていた以上に堪えるな。」
「すいません。ちょっだけ休ませてもらっていいですか。」
2人とも何かを堪える様に座り込んだ。
暫くすると2人とも大分息が落ち着いてきた。
「フゥー、よし。こっちはもう大丈夫だ。田本君は?」
「すいません、僕はもう少し休みたいです。急ぎたいのは山々ですけど....ごめんなさい。」
俯く田本に何と言おうかと勝山が迷っていると、紫苑がいつもより柔らかい口調で言った。
「気にする必要はないと思います。むしろ不調の時は早めに教えてくれた方が助かりますし、無理をすることでかえって効率が悪くなることもあります。パーティー単位で動くときは正直に言った方が周りの為にもなります。」
普段から表情を変えず何を考えているのか読み取りにくい紫苑がまさかフォローをしてくれるとは思わず、田本は少し呆けていた。
「とはいえ、何もしないのは些か効率が悪いので今日の方針を具体的に詰めていきましょう。まずは――――。」
その後、休息をしているうちに今日の方針が決まった。
思ったよりも解体に時間がかかっているようなので、探索を2層までに留めて拠点を確保した後は、残りの時間でなるべくモンスターとの戦闘を繰り返し、解体のコツを今のうちに掴んでしまった方がいいということになった。
1層を進んでいくと、目的地の丘に辿り着いた。周囲を探ってみると、不自然に空いた横穴の中に2層への階段が見える。皆で顔を見合わせると、勝山さんが先陣を切って階段を慎重に下りていく。
横穴の中にあったためか、やたらと薄暗かった。
「足元に気を付けて慎重に行こう。」
ようやく、よーやく!ダンジョンに入れましたね。
いやぁダンジョンに入るまで意外と長かったなぁという印象です。
今回も長々と書かせていただきました。下書きはしてるんですけどね、なんか切りのいいところで区切ろうと思うとどうにも長くなっちゃって。
作者は他の作品を読むときには長い方がボリュームがあって好きなんですけどね。
閑話休題
戦闘描写って難しいですよね。(゜Д゜)
長すぎず、それでいて迫力のある戦闘シーンは作品の魅力の一つになるものです。
作者も頑張ってそういう戦闘描写を書きたいものですなぁ。
続き気になるなぁ、と思っていただいた方!ブックマークをすることをオススメいたします。
本作は更新が週1を基本としているので、検索だとどうしても探しづらいんですよね。
次回も戦闘描写多めですよ!お楽しみに!......してくれると嬉しいです。