第19話 凍結、溶ける布団の下の親愛
序盤ちょっと残酷描写強めかもです。
1層:次層への階段付近
「なぁ、今日は5層、行ってみないか?」
「んーそうだなぁ、そろそろ再チャレンジってのもいいかもしれない。」
「ねぇ、今日は森雀メインで行こうよ。」
「えーゴブリン出たらどうするのよ。」
「なぁ、誰かポーションとかないのか、一応の備えにさ。」
「バカ、そんな高級品あるわけねぇだろ。」
何人もの探索者が紫苑の横を通り過ぎ、2層へと足早に下りていく。しかし、彼らの誰も紫苑に気づかない。
階段を内包する横穴のすぐ脇、紫苑は迷彩蜥蜴の外套を目深に被り、横を通り過ぎる探索者たちへと視線だけを向けながらかれこれ30分程、直立不動のまま動かずにいた。徐々に探索者の飽和が解消されているというのは本当だったようで1層で討伐に精を出しているようなパーティーはほぼ皆無にまでなっていた。
迷彩蜥蜴の外套
ダンジョン15層前後から温暖な樹林のフィールドで出現する迷彩蜥蜴はその名の通りに周囲の景色と同化し、意識外からの攻撃を仕掛けることで獲物を狩る奇襲に特化した性能を持つモンスターだ。
大きさは成熟したコモドオオトカゲとほぼ同じ最大全長約3m。四肢に爪は無く、5㎝強の牙のみを武器にする獣類種のモンスターだ。
最大の特徴は、やはり名前の由来にもなっている特殊な皮膚。静止した状態でいることで徐々に周囲の景色と色が同化していき、静止した時間の長さに比例して迷彩状態を維持することが出来る。
迷彩蜥蜴の皮膚を使用して作られた外套はその特徴を引継ぎ、着用者に迷彩状態を一次的に付与することが出来る。
「そろそろいいか。」
凍結魔法の特性をより詳しく知るために、今回の探索では1層で検証を行う。
検証、といっても細かい条件付けなんて出来ないから、内容自体はシンプルなものだ。
まず、3体ほど同種のモンスターを狩る。今回は凍結魔法の消耗をできるだけ抑えるために、浅層でも最小サイズの牙鼠を3体討伐する。
この時注意しないといけないのは討伐時間をなるべく同じにしなければならないということ。
次に、討伐した3体を“討伐してそのままの個体”、“討伐後、頭部だけを凍結で完全に覆う個体”、“討伐後、全体を凍結で完全に覆う個体”に分ける。
魔石の回収はせずに、経過を観察する。そのため、通常なら10分で分解が始まるはずだ。あとは、それぞれの分解にかかる時間を測ればいい。
というわけで、1層の奥の方まで足を伸ばし検証を開始する。
牙鼠はすぐに見つかった。少し離れてはいるが、それなりに固まった場所に5匹ほど群生しているのが見える。既に外套により景色と同化している紫苑は音を立てないように細心の注意を払って近づいていく。
近づいて観察すると、個体の体格差があることが分かる。2匹は30㎝程で成熟した個体であることが分かるが、3匹は15㎝程と半分ほどの大きさだ。
(自然発生タイプか珍しいな.....それだけ1層に留まる探索者が少なくなってるってことなんだろうが)
モンスター同士の交配による増殖方法を自然発生タイプといい、ダンジョン内のシステムによる階層毎のモンスターの補充を経過発生タイプと言う。
とはいっても、各階層でも食物連鎖やモンスター同士の縄張り争いなどはあるため、自然発生タイプがダンジョン内に出現する確率というのはかなり稀なのだ。
経過発生タイプは出現時から成熟した個体であるが、自然発生タイプは当然赤子の状態から生まれてくるわけで、過酷なダンジョン内の環境で幼少期のモンスターが生き残るのは困難を極める。
天敵がいない1層だからこそ、ここまで育つことが出来たのだろう。
3匹の子供の牙鼠が親の周囲で仲睦まじくじゃれている様子には若干の罪悪感を感じるが、それでも紫苑が検証を中止することは無かった。
(せめて一息で....)
両手に鉈と斧を逆手に持ち、気づかれる前に素早く一歩を踏み出す
5匹のうち、比較的中央にいる個体を踏み潰さない程度に一歩目に踏み出した足で抑え込む
と同時、親個体2匹の首を両手の得物で斬り飛ばし
突然のことに動揺し動けない他2匹の首に素早く順手に持ち替えた得物で深く
その意識を絶つように致命傷を与える
一拍も間を空けず、足で抑えていた個体にも同様に深い致命傷を刻んだ
この牙鼠の家族に一つ、救いがあったとすれば
それは何も悟ることなく、痛みを感じる時間さえない程に一瞬で命を刈り取られたことだろう
下手人のオオカミはせめてあの世でも家族が離れ離れになることなど決して無いようにと、この時ばかりはそう願わずにはいられなかった。自ら奪っておきながら、無意識であれそう願ってしまっていた。
自らが叶えられなかった願いを願わずにはいられなかったのだ。
数秒と経たず、5匹を討伐した紫苑は親個体の2匹を静かに近くの低木の根元に安置すると既に息絶えた3匹の子個体に条件を付け検証を開始した。
1匹目はそのまま安置し、2匹目の頭部に全力で凍結魔法を使う。
“凍結”
頭部のみ、表面に霜が降りるくらい完全に凍結したのを確認すると3匹目には先程以上に力をこめて全身を凍結させる。
“凍結”
全身くまなく霜で覆われているのを確認したあと、3匹を親個体の近くに並べるようにして安置する。周囲に他の探索者が来ないように見張りつつ、紫苑は時間の経過を待った。
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「おーい、大神君!」
ダンジョン脱出後、いつもどおり更衣室で着替えそのまま受付に行かずに支部を出ようとすると、受付を担当していた石渡さんから声をかけられた。
まだ夕方にもならないような時間帯だったため、受付に並んでいる人の姿は無く暇そうに頬杖をついて、ちょいちょいと手招きしているのでこの後に差し迫った用事も無かったため受付の方に行ってみる。
「何かありましたか?」
「いや、買い取りに来ないからどうしたのかなと思って。今日エリ先輩から依頼受けたでしょ?それにいつも魔石大量に買い取って貰いに来るじゃん。」
「受けましたけど今日はこなしてませんよ、依頼。」
「あり?そうなの?てっきりパパっと終わらせちゃうもんだとばかり思ってたんだけど。じゃあ、魔石は?協会を介さない魔石の売買は違法じゃないけど、あんまりいいことじゃないよ?」
「今日は魔石の回収はしてませんよ。今日は...」
「ん?」
「いえ、石渡さんに教えると、また面倒ごとに巻き込まれそうな気がするので。」
「えぇ~その件は謝ったじゃん!私も不注意だったなってちゃんと反省してるんだよ?ていうか、魔石の回収もしてないなんてホントに何してたの?」
「今日は検証です、今後の為の。」
「検証?」
「じきに分かりますよ。それと、あと2,3日は買取もお願いしないと思うので豊島さんにも伝えてください。」
「えぇ~教えてくれないの?....まぁエリ先輩には伝えとくけどさ。」
「ありがとうございます。それじゃあ、この辺で失礼します。...ちゃんと仕事してくださいね。」
「失礼な。ちゃんとしてるよぉ。」
そう投げかけるも、その言葉に振り向くことなく紫苑はスミダ支部を後にした。
「ていうか、検証ってホントに何してたんだろう。研究者さんでもないのになんの検証?」
ボソリとした呟きに対する答えは出ないまま受付の仕事のピークがやってきて、忙殺されているうちに疑問は頭の片隅に消えていった。
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支部を後にした紫苑は、今日の検証の結果について改めて考えるため近くの喫茶店に腰を落ち着けることにした。
結論から言うと、検証は成功したと言っていいだろう。
1匹目、通常の牙鼠の死骸は討伐後10分ほどで分解が始まり、数十分で分解が完了した。
2匹目は、同じく10分ほどで分解が始まったが凍結させた頭部を残して分解作用は終了した。その後、1時間ほど観察を続けたが残された頭部に対して再度分解作用が働くことは無かった。
3匹目は、全く分解作用が現れなかった。完全凍結された全身を残したまま、1時間以上が経過した。
今回の結果から、やはり凍結魔法にはダンジョンの分解作用を誤魔化すことが出来る特性があることが証明された。
ただ、体積が大きくなるほど完全凍結の難易度は上がる。今回は少しの身体のダルさ程度で済んだが、小鬼等は半身を凍結させるのもやっとだったのだ。
ダンジョン内で完全凍結を乱用するのは自殺行為だ。
「まぁ、今回の依頼に関しては1体ずつ納品すればいいわけだからコツコツやっていけばいいか。」
そう結論付けると、紫苑は明日の検証内容について吟味を始めた。
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2日後、大方の検証を終えた紫苑は凍結魔法の特徴を次のように把握した。
・液体を凍結させる。凍結させる液体に優劣はない。
・凍結に必要な時間は1m³/s。イメージはつけにくいが、大体大食い(掘っ立て小屋程度の大きさ)ぐらいなら4,5秒もあれば凍り漬けにできる。
・空気中の水分の凍結は密度や硬度まで考慮すると、現段階では実用サイズの氷塊は親指サイズの生成が限度(氷弾)。
・また、湿度によっては生成できる氷塊の上限が上がる。(密度、硬度、体積など)
・既存の液体の凍結の際の最大凝縮率は50%、つまり、もとの液体はその体積の半分までなら凍結の際に密度を調整できる。
・依然として凍結後の氷塊の操作は不可能。また、凍結させた液体を元の液体の状態に戻すことも現時点では不可能。
・凍結させた液体の分解は可能。分解速度の調節は不可。
・生物の完全凍結(表面に霜が降りる程度)は消耗が激しいが、体液の凍結のみならば消耗は体感で完全凍結の3分の1ぐらい。
こんな感じだろうか。また、これは凍結魔法の特徴かは分からないが、魔法の使用による消耗の後遺症はダンジョン脱出後に表れるらしい。
実際、この2日間ダンジョン内で凍結魔法を連続で使用していたが、使用直後はなんともなかったのに、ダンジョン脱出後に急激な疲労感や頭痛、眩暈や吐き気などを感じていた。
いずれの症状も十数分程度で収まるが、それらの症状がいっぺんに来るためダンジョン脱出後は酷い状態になる。経験はないが、二日酔いとはこんな感じだろうかとなんとなく思った。
それらとは別に依頼の際に貸し出されるリュックサック型の模造アイテムボックスにもダンジョン内の分解作用を遮断する効果があると気づいた。
豊島さんの説明によると、死体が傷むことはあっても中の物体が勝手に分解されることは無かったとのことだ。
それならば、凍結魔法で体内を凍結させれば死骸が傷むことは阻止できる。完全凍結よりも消耗が少なくて済むし、そうすれば一度の探索で複数体のサンプル回収が出来るだろう。
本来の依頼内容とはかなり違うから報酬の方はどうなるか分からないが、悪くはならないはずだ。というか悪くならないことを祈る。
そういうわけで数日の検証期間を経て、今日からは依頼に取り組んでいこうと思う。
いつも通りに朝のルーチンをこなそうとするが、最近は寒さも厳しくなり、みはるも中々ベッドから出てこれなくなっている。
「みはる、朝だよ。起きれる?」
「ン~さむぃ」
念のために額に手を当てて、熱を確認してみる。うん、いつも通り寒がってるだけか。
「んぅいぅ~ぬ~ちべたい」
「ふふっ」
どうやら手が冷たかったようで形容しがたいうめき声を上げながらみはるは布団の中に閉じこもってしまった。
しょうがない、もう少ししてから起こすかと紫苑はいったん家事に戻ろうとする。
(まぁ、ちょっと余裕をもって起こしに来たからいいか。)
ぎゅっ
踵を返そうとする紫苑の動きをあかぎれなど知らない柔らかく華奢な手が邪魔する。
手はそのまま布団の中へと握った袖を導いていく。
振りほどく力など微塵も持てずズルズルと引き込まれるまま布団の中へと上半身を埋めていく。
「みはる?」
真っ暗な布団の中は温かな熱がこもり外との急激な寒暖差にびっくりする。
呼びかけに返答はないが、モゾモゾとみはるがこちらに寄ってきてそのまま顔を身体全体で抱きしめるようにしてヒシっと抱き着いてきた。
「ぉにいちゃんはぁ~みはるがあっためぅの~」
どうやらまだ少し寝ぼけているらしい、だが紫苑は少しだけ妹の好きなようにさせることにした。
それはみはるの意思を尊重したのか、自分の意思でそうしていたのか......熱のこもる布団の下で鈍る思考の中では正確な答えは出てこなかった。
どうも、矛盾ピエロでございます。( ̄▽ ̄)
作者にしては更新早いのでは!?自分でも驚いております。(自慢げ)
.....迷宮小噺いきますか。
本編で凍結魔法について語られている部分がありますよね、じつは紫苑君一部誤解している所があります。それは.....どこか考えてみるのも面白いかもですね。
それと、紫苑君の魔法の使い勝手の悪さ、というか汎用性の無さからも分かるように魔法はそこまで便利じゃないことが多いですね。
もちろん、すごく使い勝手のいい魔法を扱う人もいるんですが.....まぁ、本編でその時が来たらもっと詳しく解説します。
寒がり寝坊助の美春ちゃんがバチボコにかわいいと思った方はブクマとか評価とかどうでしょう?
|д゜)チラッ