第17話 ひと騒動
まだ少しみはるの迎えに行くには早い時間だったが、近くの喫茶店で時間を潰せばいいだろうとモールの出口へと足を進めていた時のことだ。
怒号のような拒絶の声が薄っすらと耳に入ってきた。
「お嬢様に触るな!」
「いいじゃねぇか、ちょっとくらい。ん?つーか、お前ただの執事のガキかと思ったら女だったのか。へぇ、ならお前が代わりに相手してくれんのかよ。」
声に同調するような下卑た笑い声が幾つか重なるのが聞こえた。
「この下種共が!さっさと失せろ!さもないと....」
ドゴッ!
「ごふっ」
「さもないとなんだって?こちとら毎週モンスター相手に殺し合いしてんだぞ、今更暴力振るうのに抵抗なんざねぇんだよ。」
「真帆っ!」
声が聞こえてきたのは一般人立ち入り禁止の看板が立てられた通路の向こう側、人通りは皆無といっていいだろう。
「.....」
正直、他人事だ。厄介ごとに首を突っ込むのは個人的には愚策だと思ってるし、後始末に時間がかかってみはるの迎えが送れるようなことは万が一にもあってはいけない。
でも、みはるの兄としてふさわしくない行動をとることは紫苑にとって当然避けるべきことでもあった。だから....
「手早く済ませよう。」
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通りかかった人のよさそうな男性に声をかける。
「すいません。」
「はい?」
「今、向こうの通路の奥に不審者が入っていくのが見えました。警備員の方を呼んできてもらっていいですか?」
「わ、分かった、すぐに呼んでくる。」
男性が呼びに行ったのを見届けると、即座に通路の奥へと走り出す。
業務用通路を進んで数秒、男たちの背中が見えてきた。
(数、5人。武器、無し。)
男たちに気づいた様子はなく、武器もない。警備員が来る前には終わりそうだった。
(1人目。)
走ってきた勢いそのままに跳躍、身体をひねり遠心力と慣性を乗せた蹴りで最後尾の男を壁に叩きつける。
ドンっ!!
「ガッ......」
沈黙を確認、人間が思いっきり壁に叩きつけられた衝撃で他の4人の意識がこちらに向いたが、もう遅い。
蹴りを放った直後、手近な男の顔を掴んで着地と同時に叩きつけた。後頭部を強打した男の首から力が抜けるのを確認。
(2人目。)
「てめっ、な―――」
混乱から立ち直れていない3人目に下から掬いあげるように踵蹴りを金的にいれる。
「っ!....ぉ....」
3人目が泡を吹いて倒れるのを確認する前に4人目の懐に強引に身体をねじ込み、渾身の力で鳩尾を抉る。
「おごぇ」
(3,4)
次々と倒れ伏す仲間に何が起こっているのか分からない様子の男が
「なんだ?なんなんだよ!ちくし――――」
何かを言い切る前に真下から顎を蹴り上げる。
ブシュッ
しゃべっている途中で強制的に口を閉ざされたせいか、舌を深く噛んでしまったようだ。
5人目の男は痛みに耐えきれず、気絶した。
(ラスト、思ってたより早く終わったな。)
他に共犯者がいないかと周囲に気を配りつつ、男たちを通路の壁際にまとめておく。
最後の男が噛んだ舌の様子を少し確かめてみると、出血はしているが重症ではなさそうなので過剰防衛も心配しなくていいだろう、多分。
「....怪我はありませんか。」
「......」
襲われていた2人から返事は無いが、別に気を失っているわけではない。
こちらから目を逸らさないようにしつつ、執事服のようなものを着た少女?がもう1人の少女を庇うようにこちらのことを睨みつけている。
「あと数分もしないうちに、警備員の方が来ると思います。事情を説明して保護してもらってください。」
ここに長居する理由もないので、警備員が来て事情聴取なんかで時間を取られる前にさっさとこの場を後にすることにした。
踵を返して歩き出すと後ろから声をかけられたが気にせずモールの出口へと向かった。
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それに気づいたのはホントに偶然だった。
一般人立ち入り禁止の看板の前にたむろする5人の探索者。明らかに怪しい。
その先には従業員以外は用事がないはずなのに。
「真帆、あれどう思う?」
「...かなり怪しいかと。」
付き人の真帆も私に賛同してくれた。真帆は代々私の家に仕えてくれている一族の娘で昔から一緒に育ってきたいわば幼馴染、いつも身の回りの世話を手伝ってもらっている。
れっきとした女の子なのに何故か執事服を着ている。もっとオシャレすればいいのに。
思考が少し脱線してしまったけど、とにかく私たちは怪しげな五人組の探索者の後をつけていくことにした。
お父様の顔に泥を塗るような真似はさせないわ!
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「ごふっ」
「さもないとなんだって?こちとら毎週モンスター相手に殺し合いしてんだぞ、今更暴力振るうのに抵抗なんざねぇんだよ。」
「真帆っ!」
一本道の業務用通路に身を隠す場所などあるわけもなく、すぐに気づかれて取り囲まれてしまった。
先に警備の者に連絡を入れておくべきだったわね.....そう後悔しているうちに、相手の挑発に乗った真帆がお腹を強く蹴られ蹲ってしまう。
膝から崩れ落ちた彼女に駆け寄ると、呼吸が詰まる程の衝撃だったのか苦しそうに浅く呼吸をしている。
はやく逃げて
と目線だけで訴えてくるのが分かる。
(出来るわけないじゃない!それに、もう....)
5人組の方にちらりと目線をやると、何かを話し合っていたようだけどその包囲網は私たちを入れたままゆっくりと狭くなりつつあった。
(私が馬鹿な真似をしなければこんなことにはならなかったのに...真帆だって蹴られることは無かったのに....)
ゴメンね。そう呟いて、恐怖心を少しでも和らげようと真帆に抱き着く。
下卑た笑みを浮かべた探索者の手があわや私に触れそうになったところで――――
ドンっ!!
男たちの後ろの方で何かが壁に叩きつけられるような音が響いて一斉にそちらの方へ意識が移る。
その間に逃げられれば良かったのだけれど不意のことで頭が回らなくなっていた私は男たちと同じような行動しかできなかった。
視線の先、そこには私と同い年くらいの少年の姿があった。
「えっ...?」
すぐ近くで真帆の困惑した声が聞こえる。きっと私と同じような顔をしてるんだろうな、とは思いつつも私は突然の乱入者から目を離せなかった。
少年は大の大人相手に、しかも探索者を相手にしていながら何もさせない一方的な蹂躙を見せる。
何をしているのか目が追い付かず気づいたときには全部終わってた。
「...怪我はありませんか。」
5人組を廊下に並べた彼は距離を詰めることなく、顔だけをこちらに向けてそう問いかけた。
私が返事を返そうと口を開いたら、私をかばうように真帆が前に出て少年を睨みつけた。流石に恩人に対する態度じゃないと思って止めようとしたのだけれど、それより先に動いたのは彼の方だった。
「あと数分もしないうちに、警備員の方が来ると思います。事情を説明して保護してもらってください。」
とだけ言い残すと、踵を返して行ってしまった。
「ちょっと待って!」
そう言って引き留めようとしてもこちらを振り向くことはせず、彼は静かに去っていった。
数分もしないうちに、数人の警備員に保護された私と真帆は無事に自宅へと戻ることになった。その際に聞いたことだが、警備員は道中誰ともすれ違わなかったそうだ。
こうして私の慢心から始まった今回の騒動は無事に収まった。お父様にもお母様にも随分と心配をかけてしまった。
真帆はあの騒動以来、より一層武道の稽古に精力的に励むようになった。結果だけを見れば何事もなく終わって良かったけれど、立役者の彼の情報はまだ掴めていない。
あの時はお礼を言えないままになってしまったが、いつか必ず見つけ出してお礼を言おう。
そう心に決めて私は今日も安らかに眠りについた。
2週間も前話から時間が空いてしまっていることに驚きを隠せない、矛盾ピエロです。
えぇぇ....( °Д °;)時間経つの早くないですか?
時の移ろいの無情さを痛感しつつ、迷宮小噺に移ってまいりましょう。
今回紫苑君が訪れた迷宮街ナカノの大型モールについて補足致します。
読者の皆様は探索者試験の2次試験の際に『5大財閥』なるものの話を少しだけしたのも覚えていますでしょうか?
・式部
・茂狗
・臺浄
・雅楽
・壬祁
紫苑君が入った大型モールは5大財閥のうち、ダンジョンに関する事柄を一手に引き受ける壬祁がスポンサーを務めるモールだったのです。
一応、財閥の名前には少しだけ由来もあるのですが、それはまた今度改めてお話ししましょう。
それでは今回はこの辺りで。
次話を楽しみにしていただけると、幸いです。