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狼は迷宮に酔う~現代ダンジョンで一攫千金を狙います~  作者: 矛盾ピエロ
2章:塔に挑むは一匹の狼、その行く末は未だ誰も知らず
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第12話 獲物 vs 獲物


「それじゃあ、行くか。」


翌日、みはるを学校近くまで送り届け墨田支部に足早に向かうと手早く探索装備に着替える。といっても、丈夫かつ動きやすい服の上から迷彩蜥蜴(ステルスリザード)の外套を羽織るだけだが。

片手斧と鉈、解体用ナイフを装備し、手首に時計をつけて魔石回収用のナップザックと素材回収用のナップザックの2種を持ち、小物類が入ったポーチを腰につけてダンジョン侵入待ちの列に並ぶ。


侵入までの間に7層と8層のマップ情報を端末から確認する。

環境はこれまで通り樹々が乱立する森。出現するモンスターも獣類種がほとんどだ。

大食い(グルートン)森雀(リェス=バラベーイ)牙鼠(ファングラット)、厄介なところだと孤狼(アインズヴォルフ)猩々熊(ショウジョウグマ)が生息している。

虎鉄さんと交わした鍛冶契約によって2日後には7層、8層に潜ることが決まっている以上、今日明日で2階層分の探索をある程度終わらせなければならない。

なかなかにハードな日程だ。


「1週間延期にしてもらうことも考えてた方がいいかもな。」


そう独り言ちると、1~4層の草原を走り抜け、5、6層の森も道中のモンスターとの戦闘は出来るだけ避けて7層へと続く階段までやってきた。

周辺の樹より二回り以上大きな樹の洞の中にあった階段を足元に気を付けながら下りていくと、7層に出た。


樹々の密度が上がったことで見晴らしはさらに悪くなり、時折吹く風がザワザワと木の葉を揺らす音で周囲の音も聞き取りづらい。

階段で数分の休憩を挟んだ後、いよいよ7層の探索を開始する。

とはいえ、始めのうちは撤退も視野に入れて階段付近での探索からだ。


付近を探索していると、複数の樹が折られたり、無理やり曲げられたりしたような跡が残っているのを発見した。

痕跡は7層の奥へと続いており、奥からは何やら地響きのような音がかすかに聞こえてくる。


(モンスターの仕業だとは思うけど、こんなに大きな痕跡を残すモンスターはマップ情報にはいなかったよな.....)


痕跡をたどるか迷っていると、周囲の樹々がダンジョン内の修復システムによって徐々に修復されてきているのに気づいた。


(迷宮時計もあるし、特殊な個体の発見や緊急事態だった場合でも情報提供で報酬が出るかもしれない。もしもの時は全力で逃げればいいし、ここはひとまず痕跡をたどってみるか。)


そう結論付けると、紫苑は痕跡が修復される前に原因を調べるべく急ぎ足で7層の深部へと侵入していった。



「もうかなり奥の方まで来たと思うけど、まだ続いてるのか.....」


紫苑が痕跡を負い始めてから、約2時間ほどが経過しているが痕跡の正体には一向に追い付かない。

樹海のような7層の環境の中で樹々がへし折られて見通しが良くなった場所を移動しているせいか、モンスターに見つかることも多く戦闘回数もそろそろ両手の指じゃ足りなくなるほどに達していた。

7層で初遭遇したモンスターもいる。


森狐(フォレストフォックス)

草木にまぎれるようなヨモギ色の体毛を持つモンスターで機動力が高く、奇襲や他モンスターとの戦闘中に突如乱入してくるなどのズル賢い戦い方をするため探索者からはそこそこ嫌われている。

外皮の色通りなら植物に関する魔法が使えるはずだが、確認はできなかった。

体躯は大型犬より一回り大きい程度でモンスターにしてはそれほど大きくはなく、体格も比較的華奢なためスピードに慣れてしまえば正面戦闘はそれほど苦戦するモンスターではなかった。


前日に孤狼(アインズヴォルフ)と戦っていたこともあってか、動きもそこまで早く感じなかったし奇襲にもいち早く気づくことが出来たおかげで余裕を持って対処できたのも大きかった。


後は、1度だけ森雀(リェス=バラベーイ)の大規模な群れに遭遇した時は流石に撤退を視野に入れたが、どうにか樹に身を隠して外套のステルスを発動させた後は、ステルスと凍結魔法の氷弾をフル活用して撃退することが出来た。2,3取り逃してしまったが、それでもかなりの数の魔石を回収できたし怪我も特になかったので上々の結果だと思う。



そろそろ8層への階段探索に切り替えようか悩み始めた頃、


BoAAaaaaaa!!!


モンスターの絶叫が辺り一帯に響き渡った。そのあまりの大きさに紫苑は思わず、耳をふさぎ立ち尽くしてしまう。


「くっ、いったい何だ?」


絶叫の後に大きな地響きが伝わって来た。

とにかく状況を把握しないとどう対処すればいいか分からないと、痕跡を追って地響きの発生地点までようやくたどり着く。元凶に近づいていく中で、分かったことだが《《それ》》は周囲の樹々より一回り大きなナニかだった。



「あれは....グルートン?」

紫苑が目にしたのは、6層で見た大食い(グルートン)に非常に酷似した姿のモンスターだった、。

ただ一点通常個体よりも格段に大きいという点を除いて。

グルートンは何かを振り払おうとするようにその場で暴れている。


「グルートン....だよな。6層とは比較にならないデカさ、特殊個体で間違いないと思うけど何をやってるんだ?」


よくよく見ると、横っ腹には鋭利なもので切り裂かれたような傷がいくつも入っている。

グルートンが暴れる度に砂埃が舞い上がって足元は良く見えないが、交戦中なのだろうか。


「相手は....」


そのとき、グルートンの傷ついた横腹に灰色の毛皮に身を包んだクマのようなナニか、否、クマが飛びついて傷口をさらにえぐるように爪を立てたのが見えた。




「どうやらツキが回ってきたみたいだ。」

余りにもできすぎた展開に人知れず口角が上がる。

7層に着いてから数時間、階段の探索もままならずこのままでは虎鉄さんとの約束を1週間延期にしてもらう他ないと後で電話をしないといけないと思っていたところだ。

しかし、帳尻を合わせるように向こうから来てくれるとは。


「虎鉄さんには別件で電話する必要が出てきたが。」

目的(獲物)にこうも早く出会えるとは思わず、紫苑の眼は爛々と輝いていた。



$$$$$



ズシンズシンと徐々に大きく響きだした地響きで獣は目を覚ました。

眠りの邪魔をされ、気が立っていた獣は迷惑極まりない音の元凶を殺すことでストレスの発散と飢えの解消の2つを同時にこなそうと動き出す。


枝に引っ掛けた前脚を起点に振り子のような勢いで樹から樹へと飛び移るように移動する。

我が物顔で樹海を縦横無尽にかけるその姿に異を唱えられるほど強いモノはいない、あの白い四足の獣でさえ力で自分に勝ることは無い。


獣は―――猩々熊(ショウジョウグマ)は自らがこの樹海(7層)で最も強いモノだと信じて疑わず、今も自分の眠りを邪魔する不届き者を食い殺してやろうと残虐に嗤い――――――――視界に収めた不届き者のあまりの巨躯に一瞬呆然としてしまった。


マズイ、逃ゲネバ―――


その巨躯に、初めてみる自分よりもデカい存在に怖気づき、踵を返して逃げようとして――――――ふと、嗅ぎ慣れた匂いをかいで思いとどまる。

それはいつも食事をする際に必ず嗅いでいた匂い、皮膚の表面に生えた苔のような体毛から発される深い森のような匂いは獣の大好物の匂いであった。

よくよく見れば、でかい図体の割に動きは鈍く、姿形も大好物の獲物が数倍に大きくなっただけのもの。


そう認識した瞬間、猩々熊には最早目の前の巨躯のモンスターのことが贅沢な食事にしか見えなくなっていた。


腹の虫が鳴り、本格的に自分が飢えてきたことを知った獣は野生の本能のままに目の前の食事に喰らいついた。



BoAAaaaa!!!


肉食獣特有の鋭利な牙は獲物の皮膚を喰い破り、鮮血を飛び散らせたが、巨体ゆえかその命までは遠く、暴れ出した獲物に対して猩々熊は一度距離を取って獲物が弱るそぶりが無いことを見て取ると、再度先程自分が食いついた場所に爪を振るって傷口をより深く広げた。

暴れ狂う獲物の攻撃を持ち前の機動力で躱しつつ何度も何度も一連の動作を繰り返していると、数度攻撃を食らい傷つきはしたものの獣の勝利は確かなものになった。


Bo..aa..a


ひときわ大きな地響きを辺りに轟かせながら倒れ伏す獲物を見て猩々熊はようやく食事にありつけると気を抜き、まさに食事にありつこうと大きく口を開いて―――――


「お疲れ様。」


首の付け根に強烈な痛みを感じ、その生涯に幕を閉じた。




$$$$$



「ショウジョウグマがそんなに深手を負ってないときはどうしようかと思ったが、なんとかなったな。」

数十分程、グルートンとショウジョウグマの戦闘を見守っていたが、終始ショウジョウグマが圧倒していた。樹々を身軽に移動する機動力も鋭利な爪や牙もどれも戦闘になればかなり厄介な武器になるだろう。


それはともかく、早いところ解体してこの場を離れなければ。轟音が続いたし、他の探索者が様子を見に来て横取りされるようなことが無いとも限らないし。


まずはショウジョウグマから


「とはいっても、虎鉄さんの求めてる素材が分からないしな。取り敢えず、四肢の爪と牙は根こそぎ持っていくか、後は適当に毛皮も持てるだけ剥いで大きめの骨も2,3持っていこうか。」


魔石はいつも回収してるから勝手が分かるが、その他の素材に関しては探索者試験の講習の時に座学と2次試験で少し実践した程度、はっきり言ってそんなに得意ではないけど何も取らないよりはマシだと思うことにした。


グルートンに関しては魔石を取るのにかなり苦労した。巨体ゆえに魔石に辿り着くまでに時間がかかってしまった。規格外のサイズだったため、全身が血に濡れてしまい、解体前に外していた外套やポーチ、武器やリュックサック以外の装備は使い物にならなくなってしまったかもしれないが、まぁしょうがない。

今度対策を考えようと思う。


通常個体とは違う超大型の変異種らしきモンスターだけあって魔石は通常のグルートンの魔石より二回り大きかった。魔石を回収すると、紫苑は夕飯用に肉をブロック状に切り分けていくつか持っていくことにした。


本来ならば、ソロで潜っている探索者はあまりやらないことではあるのだが紫苑は今日明日の探索では討伐よりも階段までの道のりの確認だったり7層や8層の環境だったりをマップ情報と見比べながら精査するつもりだったので、それならば一般市場では高級品に分類されるぐらい出回らないグルートンの肉を美春に食べさせてやることが出来るかもしれないと思い、元々帰り道にでも1匹狩るつもりだったのだ。


「まだ少し早いけど、肉が傷む前に帰るか。虎鉄さんにも早めに連絡を取っておきたいし。」


7層の探索は決して順調とは言えないが、諸々の事情を考慮して今日の探索は引き上げることにした。

素材用のナップザックの重みに今日の成果を十分に感じることができ、紫苑の足取りは自然と軽くなった。



#####


ダンジョン脱出の際に血まみれの自分を見た探索者の何人かが悲鳴を上げるのを聞いたが、無視してすぐに更衣室へと向かった。やっぱり防具(といってもほとんどジャージのようなものだが、)は血がしみ込んでしまっていたので捨てることにした。

少し早めの時間帯に切り上げたおかげか、受付は待ち時間なくスムーズに買取に移行することが出来た。

それと、血まみれでダンジョン内から出てきたことでまたしても豊島さんに心配されてしまった。


「今日は少し早いですね。」


「えぇ、それなりの成果を上げられたので。それに今日は食材もあるので傷む前に、と思って。あ、素材は全て持ち帰ります。」


「かしこまりました、食材というのは大食い(グルートン)ですか?」


「えぇ。」


「いいですね、私は食べたことないので今度感想でも聞かせてください。」


「食べたことないんですか?」


「はい、無いですよ。協会の職員とはいえ、モンスター食材を食べたことがある人なんて中々いませんよ。市場に出回っている分はかなりお高いですから手も出しづらいですしね。まぁ、探索が進めばいつかは安く市場に出回るかもしれませんが。」


豊島さんと雑談をしつつグルートンの変異種について話を振ってみた。


「グルートンの変異種、ですか?」


「はい、7層で発見した個体が2階建ての一軒家くらいの大きさだったので。通常は小屋ほどの大きさが精々だと聞いています。」


「確かにそれは大きいですね。......はい、測り知る者(オクルス)の方でも魔石の鑑定結果に出てきました。持ち込んでいただいたグルートンの魔石は確かに通常個体のものではなかったようですね。こちらの魔石は研究用として買い取らせていただきますので、通常よりも高額で買い取らせていただきます。その他には森雀(リェス=バラベーイ)の魔石が23個と森狐(フォレストフォックス)の魔石が4個、牙鼠(ファングラット)の魔石が10個に猩々熊(ショウジョウグマ)の魔石が1個ですね.....あの、探索内容に口を出すのはあまりよくないことですけどあまり無理をなさらないでくださいね?危険を伴う仕事ですし、何かあってからでは遅いので。」


変異種との遭遇に加えて、遭遇率の低い猩々熊の魔石まであったせいか、豊島さんに無茶な探索をしたんじゃないかと疑われてしまった。

まぁ、気落ちはよく分かる。自分でも今日はかなり運がいいと思っていたところだ。探索がいつも順調に行くわけではないし、油断は死に直結しかねない。肝に銘じておこう。


「心配してくださってありがとうございます。流石に今日みたいに運がいい日ばかりではないのは分かっていますから、それより素材も一応鑑定だけしてもらってもいいですか?」


「運がいい?....かしこまりました、それでは鑑定いたしますのでこちらの篭に素材を入れてください。」


何を不思議に思ったのか、豊島さんは首を傾げつつも素材の鑑定をしてくれた。

解体した素材はショウジョウグマの爪が大小20、牙が大小30、毛皮が大体1m²、1mぐらいの骨が3本、そしてグルートンのブロック肉が10㎏分だった。


「領収書がこちらです。」


渡された領収書に目を通して不備が無いことを確認すると、肉が傷まないように急いで帰宅した。




お久しぶりです、矛盾ピエロです。

大変お待たせしました。読者の皆様をヤキモキさせながら今後ものほほんと執筆活動を続けてまいります。

ノルマは週1回、タイミングはバラバラですがまたお付き合いくださると嬉しい限りです。(❁´◡`❁)


ということで、今回の迷宮小噺に移らせていただきましょう!


といっても今回は、間が空いてしまったのでダンジョンなんかのシステムのおさらいです。

・扉と鍵:5の倍数層に扉、開けるためにはヌシ個体という特殊個体の討伐が必要。

・修復システム:ダンジョン内の環境は破壊されても一定時間内で元の環境に修復される。

        おおよそ1時間前後。

・分解作用:討伐したモンスターは10分ほどでダンジョンの分解作用によって分解が始まってしまう。

      魔石を取り除くことで分解までの移行期間が延びる。

      また、分解作用は細かな老廃物や一部の有機物(排泄物など)などに対しても働く。

・遺物:ダンジョン内で入手できる道具の総称。同種の中でも優劣がある。

・魔石:モンスターの生命の核となるもの。魔法を扱うモンスターの核は色を帯びる(色付き)。

魔粒子(ナグラダ):ダンジョン内生物の強さの原因。宿主が死ぬと新たな宿主を探す性質を持つ。

      その性質からレベルアップのような現象が起きる。


ざっと思いつく限りこんなもんでしょうか?思い出したことがあったら追記していきたいと思います。

それでは今回はこの辺りで。


次話も楽しみにしていただけたら幸いです。( ̄▽ ̄)



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