表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狼は迷宮に酔う~現代ダンジョンで一攫千金を狙います~  作者: 矛盾ピエロ
2章:塔に挑むは一匹の狼、その行く末は未だ誰も知らず
16/40

第5話 5層にて


 スミダ支部に着くと、探索者が行列を作っておりダンジョン侵入まで数十分程かかりそうだったので一度喫茶店に入ってみることにした。

探索の準備をする前に昨日入手した5層までのマップと今回の目的の確認を改めてしておく。


 まずはマップの確認。

1~4層は基本的に草原が広がっていて低木の木がたまに生えている程度。

各階層ごとの変化といえば、その木の密度が階層を下るごとに若干高くなるぐらいか。

まぁほんとに若干なのでそんなに気にしなくてもいいだろう。


 次層への階段は中央の丘の麓にある洞窟の中。これは1~4層まで共通しているらしい。

小高い丘はいくつかあるが見晴らしはかなりいい階層が続く。

不意を打たれることはまずないと思っていいだろう。


 そして最初の難所となる5層だが4層までとは雰囲気ががらりと変わる。

階層全体で樹々の密度が非常に高く木の葉に遮られて日の光も届きにくいため道に迷いやすい。


 薄暗いために奇襲に気づきにくく、樹々が邪魔をして移動にも手間がかかる。

これだけでもかなりやりにくいがそれに加えて初の人型の登場。


 2次試験の講習の時の笠松さんの言葉が思い出される。

「5層を十分に探索できるかどうかが探索者として成功できるかどうかの1つ目の関門といっても過言ではない。実際初期のダンジョン探索を担当した自衛隊員の中にも小鬼(ゴブリン)討伐で脱落した者は数名いる。くれぐれも慎重に探索を行ってほしい。人型との戦闘を乗り切ったとしても直後に空からの奇襲を受けて大怪我を負ったケースはごまんとある」


 思い出した後で昨日の5層での行動を省みて嘆息し、さらに昨夜の反省を踏まえてようやく自分が冷静ではなかったと自覚した。


(...少し急ぎすぎたのかもしれないな。今日の予定を少し変更して5層まで下りた後は階段付近から離れすぎないように注意して空からの攻撃への対処と多対一の正面戦闘の練習にするか。時間なら幾らでもある焦らずいこう)


入念に準備運動をして着替えると探索者の列は少しだけ解消されていた。


(この感じだとあと十分ぐらいか)


 列の最後尾に並んで1~4層の最短距離を確認しつつ時間を潰す。

入り口で探索証をかざし入り口をくぐる。次の瞬間には視界を明るい青と若々しい緑が埋め尽くした。


 昨日よりも人口密度が高いようでそこら中から連携をとるための掛け声がうっすらと流れてくる。過剰なほどではないが、モンスターが自然発生する傍から狩られている様子を見るに下手にちょっかいを出すと、他チームとの揉め事に発展しそうだ。

実際に揉めている所もある。


「...取り敢えず行くか」


 1層から探索者が飽和している様子を見るにこの先でも同じようなことになっていないといいが...と嫌な予感をヒシヒシと感じながらも紫苑は他パーティーの戦闘に巻き込まれないように気を付けながら5層までの最短距離を走り出した。


道中を一息に走り抜け5層に着いたのは潜行してから1時間が経過したところだった。


 予想通り1~4層は多数のチームが飽和している状態で遠目でもモンスターの数自体が少なかったように思う。あちらこちらで人の声が聞こえたし賑わいのようなものも感じた。


 しかし5層への階段を抜けると雰囲気が一変する。

シンと静まり返った樹海は無音の圧力で侵入者を拒んでいるようにも感じる。


「辺りに他の探索者はいないか」

気を紛らわすように呟く。


(一度階段まで戻って休憩を挟もう。ここまで通しで進んできたからそろそろ一度休憩を入れておいたほうがいいだろ)


 十分に警戒したうえで階段で休息を取っている間に自分の身体能力について考えてみる。

最近は毎日トレーニングを欠かしていないとはいえそう簡単に結果がついてくる訳でもないだろう。

しかしここまで途中で休憩を入れることなく駆け抜けてこられたようにスタミナが不自然なほど向上しているのが分かった。


(1~4層まで休憩を挟むことなく下りてきたけど...やっぱり身体能力、というかスタミナが上がってるよな。浅い階層を最短距離で走ってきたとはいえ、かなりの距離になるはずだし。昨日は気づかなかったけど腕力なんかも上がってるかもしれない...やっぱりオーガの討伐が影響してるのか?)



 最新の研究でダンジョン内には魔粒子(ナグラダ)と名付けられた微生物が存在していることが分かっている。

 魔粒子は近くの生物の体内に寄生する性質を持っており、宿主が死ぬと汗腺などを通って体外に出て一番近くの生物へと新たに寄生する。魔粒子は少しでも長く宿主に寄生するために宿主の身体能力の向上を手助けし、感覚器官や神経にまで好影響を及ぼすという研究結果が出ている。


 これによって何が起こるかと言うとモンスターを討伐した際に寄生していた魔粒子(ナグラダ)が討伐者に寄生しなおす。すると体内の魔粒子が増え討伐者の身体能力や各種感覚器官、神経系の能力が上昇。


 ゲームのレベルアップのような現象が起こるのだ。近くに複数の生物がいた場合、つまり討伐者が複数人だった場合は魔粒子は近くにいるほど寄生しやすい。


 紫苑の身に急激な身体能力の向上というイレギュラーが起きたのは致死の罠(ムエルテ=アクシデン)でオーガを討伐したことが原因だった。


「まぁ、身体能力が上がること自体は嬉しい誤算か。日常生活を送る中で力加減を間違えるようなこともないようだし」


 休憩を挟んだ後、まずは空からの奇襲への対処の練習のためにモンスターを探して階段付近を歩き始めた。5層は樹海のようなフィールドだがまだまだ浅層ということもあってか出現するモンスターの種類はそう多くない。


空から攻撃を仕掛けてくるような鳥類種のモンスターともなると1種類しかいない。


Chuii!


森雀(リェス=バラベーイ)

雀を2回りほど大きくしたような外見のこのモンスターは空気を圧縮して弾のように射出する風魔法を使う。速度自体は見切れないほどでもないが直撃すれば大怪我は免れないだろう。


 森雀(リェス=バラベーイ)への対処法としては飛行高度がそれほど高くなく、飛行速度も遅いため遠距離の攻撃手段があれば比較的討伐しやすいこと。

後は突発的な刺激に非常に弱いため――――


「フッ!」


放たれた風魔法を最小限の動きでよけてあらかじめ用意していたものを森雀に向かって投げつける。


パァァンッ!


Chuea!!


強烈な破裂音に混乱した森雀は墜落しピクピクと痙攣している。


「想像以上に効いたな...」


 紫苑が投げつけたのは音爆弾。

武器を購入しにスミダ支部の2階に行った際、小物を取り扱っているコーナーで見つけたものだ。

何かしらの役には立つだろうと思い少しだけ購入していた。


(効果は抜群だが流石に毎回これに頼るわけにはいかないな。それなりの値段だったし、複数個持つだけでも嵩張るし次は他の方法を試してみるか)


 そう結論付けると、紫苑は痙攣したまま動かない森雀にとどめを刺し魔石を回収した。

森雀は鳥類種という戦う上で厄介な相手にもかかわらず5層のモンスターの中では探索者たちに好印象なモンスターである。その理由は――


「これが“色付き”の魔石か」


 回収した魔石は透き通った若緑色をしており、風属性の魔力を宿していることを現している。

森雀(リェス=バラベーイ)は風魔法を扱うため、その魔石は高確率で風属性の魔力を宿している。

属性を宿した魔石は通常の魔石よりも買取価格が高い。

ゆえに探索者は見つけたら率先して討伐している。


「よし、次だ」 


 その後、探索を再開するとすぐに樹の枝に泊まって休んでいる個体を発見した。

周囲を見渡す。一見すると樹木が乱立し移動を制限されているだけのフィールドだが、樹にも個体差があり足掛かりとなりそうな突起はいくつもある。


「...いけそうだな」

小さく呟くと右にある樹に向かって助走を開始する。


勢いそのままに跳躍、突起に右足をかけ身体を上に押し上げる。


次は左足、右、左、右、左。


周囲の樹の位置を適宜確認しつつ壁キックの要領で上へ。


樹を蹴る音で森雀が目を覚ます頃にはすでに同じ高度にまで達していた。


Chuii!!


慌てて風魔法の準備をするも、―――


「遅い」


縦に力いっぱい振り下ろした斧は森雀を枝ごと叩き斬った。


樹の突起に斧を引っ掛けるようにして冷静に落下の勢いを殺す。


「...場所にもよるけど直接攻撃することも出来なくはないか」


 斧の叩きつけと落下の衝撃で見るも無残な姿になった森雀の亡骸から魔石だけを回収すると、紫苑は次の獲物を探して階段付近の捜索を再開した。



「...」

 10分ほど周囲を探索していると5匹のゴブリンの群れを見つけた。

しかも、うち1匹は他の個体と比べて体格が1周り大きい。

...間違いない、ヌシ個体だ。


(武器は棍棒4とナイフ1。ナイフを持ってるのはヌシだな。ナイフは見た感じまだ新しそうだけど...探索者から奪ったのか?)


 ヌシ個体が持つナイフは日の光を薄く反射していることからまだ使われてそれほど日が経っていないのではないかと推測できる。ゴブリンが武器の手入れをするとも思えない。


(買い取ってくれるんだろうか?一応回収はしておくとして...それよりヌシに出会えたのは大きいな)


 ダンジョンで5の倍数層に登場するヌシ個体は非常に討伐需要が高いモンスターだ。

次の階層に進むためのカギとなるうえに、素材や魔石も通常個体より良質であることが多い。


 しかしヌシ個体は稀な存在でもある。基本的に階層に1体以上は必ず存在する。しかし1体、通常多くても2,3体しかいないヌシ個体を広いフィールド内で見つけるのは中々骨が折れる作業だ。


 しかも見つけたら即討伐されるのが基本の為、探索者同士での競争にもなる。

民間のダンジョン探索がうまく進んでいないことの要因の一つに数えられるほどだ。


「今日の目標は空からの攻撃への対処の練習と奇襲を伴わない集団戦闘の練習」


 隠れて様子を見ながら呟き、暫し考える。

ヌシ個体の討伐は狙った方がいい。次に遭遇するのがいつになるか分からないし、先に進まないにしろ鍵を取っておいて損はない。


 オーガを討伐したことによる身体能力の向上をしっかりと実感できた今、討伐自体は奇襲を絡めれば比較的簡単だと思う。問題は多対一の正面戦闘の練習とするかどうか。


 奇襲を交えれば戦闘はすぐに終わるだろう、だがそれでは練習にならない。

かといって慣れない正面戦闘を挑んでヌシを取り逃がすようなことも避けたい。


 果たしてどうするべきかと悩んだものの、今回はヌシ個体の討伐を優先し正面戦闘の練習で余計なリスクを負わないように決めた。浅層とはいえヌシ個体は通常より強い場合が多い。

普通の群れと遭遇した時に正面戦闘の練習をすることにしよう。


 方針を決めたら即座に行動を開始する。外套の効果で迷彩(ステルス)を発動すると、静かに近づきヌシ個体の頭上に枝を伸ばしている樹にスルスルと登っていく。


頭上に来るタイミングを見計らって―――落ちる。


猫背気味な体格の首を狙って、両手で斧を持って目一杯振り下ろす。


サクッ


小気味良い音と共に首を落とすと、すぐさま次へ。


突然群れのボスの首が落ちたかと思うと、次々に仲間が致命傷を負っていく。


混乱を極めたゴブリンたちは狂気に陥り、ろくな抵抗も出来ず


下手人の姿を見ることなく地に伏していった。



 時間にして数秒の出来事。

探索初日とは打って変わって冷静なまま死体から魔石だけをくり抜く。

その作業が終わるとヌシ個体の死体へと目を向ける。


 すると傍にはいつの間に現れたのか、一般的にイメージされる木製の宝箱があった。

辺りの惨状とあまりに合わないそのコミカルな存在感は非常に異質なものに思える。


「...なんというか、違和感がすごいな」


 凄惨な現場から少し離れて宝箱を開けてみる。

初めての希少なドロップ。

例え中身が分かっていたとしても心は童心に返ったようにワクワクする。


 中に入っていたのはヌシ個体討伐を示す鍵、手に持ってみると徐々に発光して粒子状に分解され、右手の甲に吸い込まれるようにして消えていった。


 右手の甲を見ると、そこには鍵のような紋様と一緒に5という数字が刻まれている。

これで6層への扉を開く条件を達成した。

マップを確認した時に扉の位置は把握しているので、すぐにでも6層に挑めるだろう。


「まぁ6層は後回しだ。暫くは5層を狩場にするつもりだし。それより問題は...」


 箱の中を覗くと、そこにはもう一つ何かが入っていた。瓶に包まれた翠色の液体。

炭酸飲料水にありそうな色合いのその液体はゲームなどでも皆がお世話になる必須アイテムとして登場する治療薬(ポーション)だった。



どうも矛盾ピエロです。

いや~毎度のことながら更新頻度が遅くて申し訳ないです。(;´д`)


さて、1層から4層がすでにお散歩コースと化していますが

まぁ致し方ないこと、なのでしょうか。


これに関しては少し紫苑君が特別ですね。

ほい!ということで今回はその辺りも踏まえて迷宮小噺をさせていただきます。


まず、何よりも注目して欲しいのはレベルアップの設定についてです。

作者的にも他の方の作品と違い、個性を出せている部分ではないかと少し自慢の部分でもあります。


重要なのは魔粒子ことナグラダ。粒子とはついておりますが、実際には寄生生物の一種ですね。

それ単体では生きていくことも難しい程に矮小な存在でありますが、だからこそ宿主に対して献身的に働きます。


身体能力の向上、感覚器官・神経系の鋭敏化によって宿主を生かそうとするのです。

この現象はレベルアップと言い換えてもいいでしょう。

作者大満足の設定であります。


身体能力の数値化というのは、ラノベ作品にはありがちな設定だと思います。

それ自体は素晴らしいアイデアだとは思うのですが、世界観によっては合わない作品もあると思います。


本作では合わないと判断した為に数値化はしません。(メンドクサイワケジャナイヨ。)

同様にレベルアップとは表現しましたが、『レベル』として数値化されることはおそらくないと思います。


オクルスにて鑑定された場合の話は本編でその話題が出たときにお話ししましょう。

それでは今回はこの辺りで。





ブクマとかしてくれると嬉しいなぁ。(/ω・\)チラッ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ