第3話 命の感触と大切な温もり
注文した武器を受け取ったり、下調べをしたりで登録から2日後には準備が完了した。
そして今日いよいよ紫苑の探索者生活が幕を開ける。
「もう少しじっくり準備をしてもいいんじゃないの?」
楓さんがもう何度繰り返したかもわからない質問を投げかけてくる。
昨夜、探索者として本格的に活動することを告げてからはずっとこんな調子だ。
「大丈夫ですよ、最初のうちはそんなに深くは潜りませんから。それに家計的にもそろそろ動き始めないといけません」
「...そう」
オーガの討伐報酬の話は楓さんとみはるにはしていない。
笠松さんたちは情報漏洩の恐れがあるため、入院については言葉を濁して説明していたからそのままにしていおいた。
仮に話をした場合オーガとの戦闘について詳しく話さなければならない。
余計に心配させることが無いようにオーガ戦について話そうとは思わなかった。
「おにいちゃん!早く行こ?」
登校時にみはるの安全を確認できるので、みはるの通学に合わせて自らもダンジョンへと向かうことにした。一緒の通学という久しぶりの出来事に朝からみはるもご機嫌だ。
「それじゃあ、行ってきます」
兄妹は仲良く家を出た。
学校の近くまでみはるを送り届け、墨田ダンジョンの入り口へと到着していた。
人もそれほど多くなく、2日前に来た時と同程度の混み具合だ。
更衣室で着替えを済ませ、念入りに準備運動をする。
入場手続きを済ませ、いざダンジョン内部へ。
扉をくぐるとそこには――――広大な草原が広がっていた。
墨田ダンジョンは試験に使われた新宿ダンジョン同様に四季が存在する地域にあるオーソドックスなダンジョンである。
1~4層までは小型の獣類種のみが出現し、5層からは小型の鳥類種と小鬼等の小型の幻想種が出現する。6層以降は各層ごとに様々な環境が存在している。
「一先ずは入り口付近で何体か狩って動きの確認からだな。その後は階段を探しながら道中のモンスターを狩りつつ下層を目指してみるか」
確認するように声に出すと外套のフードを深くかぶって走り出した。
初めに発見したのは飛び兎。試験の時の反省を生かして忍び足で接近しゆっくりと斧を振りかぶる。
Gukyu!
首を切り裂くと、喉が潰れたような音を出しながら絶命した。
(やっぱりこの方が効率がいいか。体調も良好だし、早めに5層に行って様子を見てもいいかもしれない)
そんな感じでモンスターを狩りながら階段に向け歩を進めていく。
特筆する事もなく順調に進んでいき、想定していた時間よりもかなり早めに5層に到着することが出来た。
小型の獣類種しか出現しない1~4層は大の大人なら余程のことがない限り余裕をもって倒せる。
何せ小型の獣類種は基本的に憶病な個体が多いから。
しかし、5層からは話が変わってくる。人型モンスターの出現や空からの増援・奇襲。
ここからが始まりだといわんばかりに1回の戦闘時間は増長。戦闘時の情報量も格段に増え、モンスターとの遭遇頻度も高くなる。
それまで受動的な戦闘を行っていたモンスターは能動的に襲い掛かってくる。
実際、5層からの死傷率は格段に跳ね上がっている。
初の人型に躊躇していたら不意を突かれて死んだなんて話も講習の時に聞かされた。
ゆえに今一度気を引き締めて5層へと足を踏み入れる。
すぐさま周囲を確認し、近場にモンスターがいないことを確認すると外套を着込んで景色と同化。
迷彩蜥蜴は外敵から身を隠す手段として皮膚を常に保護色に保つ特徴を持つ。
その特徴を持った外套は使用者の姿を周囲の景色と同化させるため、視覚的な探知を困難にする。
1~4層の間も外套をフル活用した奇襲で屠ってきたが奇襲に気づくモンスターすらいなかった。
自身の好調は嬉しいことではある反面、油断につながることも多い。
深く息を吐く。
「ここからが本番」
自分に言い聞かせるように呟いた。
5層の樹々の密度が高い森林地帯を歩いていると、足跡を見つけた。
15㎝程の大きさ、素足で数が多いことからもゴブリンのものとみて間違いないだろう。
(試験の時も殺った...大丈夫、大丈夫。奇襲から畳みかけて速攻で殺す)
試験の時は緊急事態だったため考える余裕なんてなかった。
あの時と同じく外套もあるし、数もあの時ほどじゃない。
それでもゴブリンの群れを追跡している最中に改めて考えてしまう。
人型である事が拍車をかけて殺しに対する精神的抵抗が強くなる。
鉛のように重い足取りで追跡していると、とうとう追いついてしまった。
隠れて様子をうかがうとどうやら食料を探している最中らしい。数は5、食料を探すために一体一体の距離が徐々に広がってゆく。
1ⅿ、2m、3m、4m、5m......
(今!)
ゴブリン同士がすぐに互いをフォローできない程に離れると、音を気にせず身近な1体に襲い掛かる。
すれ違いざま、逆手に持った鉈でうなじを深く切り裂き、勢いそのまま次の獲物へ。
Giaa!
突然上がった仲間の断末魔に反応し首を上げる頃には2体目の首に回転で遠心力を乗せた斧が食い込んでいた。
...Gya?
視界が反転していることを不思議に思っているうちに2体目は静かに絶えた。
GaAAaaa!
Gugii!
GyueeEe...e...
残る3匹も混乱が収まらないうちに次々と処理する。
頭蓋を割り、
柄で殴って骨を砕き、
大声を出される前に喉を潰す。
「ハァ、ハァ、ハァ...」
時間にして5分ほどの出来事。されど獣型の相手をする時よりも鮮明に感触が手に残る。
拭えぬ肉の感触、恐怖と困惑の断末魔。
はやる鼓動を抑えるように胸を抑えて樹の根元によりかかった。
思い出されるのはいつかの惨劇。両親を亡くした痛ましい事故の記憶。
「......大丈夫。俺は大丈夫。俺は死なない。死ねない」
何度も何度も言い聞かせるように呟く。血生臭い戦場においてそれは酔いからの覚醒を促す呪いか、それともより深い酔いへ自らを誘う呪いか。
小さな仄暗い炎を身の内に灯しながらも、紫苑は狩りを引き上げるために上層への階段へと向かった。
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「...あの、今回が初探索なんですよね?」
「? はい、そうですけど」
登録を担当してもらった受付嬢さんに買取をお願いしたところ、呆れたような視線を向けられる。
ゴブリンとの戦闘で精神的疲労を大きく感じてしまったため探索を切り上げて戻ってくると更衣室備え付けのシャワールームで汗を流し、換金のために受付へと立ち寄った。
「取り敢えず同行した探索者の方を呼んでいただいてもよろしいですか?」
「? いませんけど...」
「...つかぬことをお聞きしますが、本日は先輩探索者と一緒に潜られたのですよね?」
「いえ、単独です」
Oh...と天を仰ぐ受付嬢さん。時間を確認してみると、みはるの下校時刻までまだ少し余裕があったが電車が混むといけない。早く切り上げようと思い換金を促す。
「あの、査定はまだですか?」
「え?あぁ査定ならこちらに。10等級の魔石が23個で総額11,038円となります。確認してください」
領収書をもらい不備がないかを確認する...問題なさそうだ。
「ありがとうございま「ちょっと待ってください」
みはるの迎えに向かおうとすると、腕を掴まれ引き戻される。
真剣な顔でこちらを見ているので何事かと思うと、
「あのですね、初の探索時には先輩探索者の探索に随行するのが暗黙のルールなんです。そしてその後も何度か一緒に探索を繰り返して、新人は実力をつけてパーティーの一員に。先輩探索者もパーティーの強化ができる。探索者全体で大まかにそのような流れが出来ています。こうすることで新人の死亡率を減らし、全体的な到達階層の進捗率を上げていこうというのが協会の意図としてあります」
「はぁ...それで?」
思わず気のない返事になってしまった。2次試験の講習の時にも同じような話を聞かされた。確かに普通の探索者にとってはその方がいいだろう。単独よりもよっぽど安定性があるし、仲間というのは心強いものだ
(まぁ、多少の無茶をしてでも稼ぎをよくしたいからソロでやっているわけだけど)
パーティーというのは心強い反面何かと金がかかることが多く思うように稼ぎを増やすことは難しい。
魔石の報酬は等分されるし、チーム全体の資金として運用するためにプールしなければいけない分も含めると1回あたりの取り分なんて雀の涙ほどしか残らない。
「はぁ...とにかく次回の探索ではどこかのパーティーに参加することを強く推奨いたします。それと、なんですかこの魔石の量は?」
面倒見がいいのだろう、受付嬢さんは念を押した後、魔石についても物申してきた。
「ソロなんですから個数が少なくなるのは当然では?」
「逆です!初探索のしかもソロで!なんでこんなに多いんですか!?無茶な潜行をしたんじゃないですか?ゴブリンの魔石までありましたし...」
「2次試験の実践演習では6層への到達が目標だったので5層に潜れるのは当たり前じゃないですか?」
「試験を実施している自衛隊基地によって試験内容はバラバラなんです。あまりいいことではありませんが実施試験を1層で済ませてしまう所もあります。なので探索者の方の中には1層から4層を軸に活動しているパーティーも多いんですよ」
受付嬢さんの話を聞いて、紫苑には疑問に思うことがあった。
「今日の様子を見る限り、1~4層にはそこまで人はいませんでしたけど」
「一回の探索ごとに準備や怪我の療養のために休息日を挟む探索者さんは多いですよ。協会としても適度な休息を推奨しています」
「たかが4層までで休息をとる必要があるんですか?」
「探索内容については協会が口出しできることではありませんので...それに最近は他にもいろいろと問題があるようでして」
世間話をしていると思いのほか話が盛り上がってしまった。
時計を見ると電車の時間が迫っている。
長くなりそうなので申し訳ないが話を強引に終わらせることにした。
「忠告ありがとうございます。ですが、自分は自分のやり方でやらせてもらいます。それでは急ぐので」
「あっちょっと――――」
組合を出ると空が茜色に染まり始めていた。遠くで下校時刻を知らせる鐘の音が聞こえる。
急がねば。
みはるのもとへと向かう途中、今日の探索について考える。
真っ先に思い出されるのはゴブリンとの戦闘。
いまだに肉を断つ生々しい感触が残っている。
その感覚につられ殺しの瞬間ばかりがフラッシュバックする。
結局、みはると会うまで実のある反省は出来なかった。
#####
「...にぃ...ちゃ...」
「......」
「おにいちゃん、お兄ちゃん!」
「ん?どうした、みはる?」
「もぅ!それはこっちのセリフだよ。さっきからボーッとして大丈夫?」
「ん、ごめんな。夕飯何にしようか考えてた」
どうやら少し呆けていたらしい。しっかりしないと...
これ以上心配させるようなことになったらまた探索者を続けることに難色を示すかもしれない。
なにより、またみはるが泣くような事態だけは避けなければ。
「みはる、ハンバーグがいい!」
元気に答えるみはるの笑顔が眩しい。
「この前食べたばかりじゃないか。今日はシチューだな。」
妹のあまりのハンバーグ好きに苦笑いしながら、つないだ手を握りなおす。
「?みはる、シチューも好きだよ?」
握りなおした手に何を勘違いしたのか、見当違いのフォローを入れてくれた。
「ふふっ、知ってるよ」
新しい習慣となる二人の帰宅は兄にとっても妹にとっても幸せなものとなる。
つないだ手から感じる温もりを大切に思っているうちに、生々しい命の感触はどこかへと消えてしまった。
少々更新が遅れてしまいました、申し訳ございません。(´д`)
さてさて、いよいよ試験も終わり本格的なダンジョン探索になってまいりました。
紫苑君は「4層程度」と言っておりますが、勿論1層と4層ではモンスターの強さに若干の差異が生じます。
まぁ若干ですがね。
紫苑君の強さの秘密については追々本編で語られるでしょう。
それでは本日も迷宮小噺をお一つ。
魔石の買取の際に等級という単位が使われております。
この等級は探索者の6等級とは違い、全11等級にて表されます。
さらに、各等級内でも買取価格には変化があります。
買い取りの際の暗黙のルールというか、本編で深く掘り下げることはありませんがね。
10+とか10-とかそんな感じです。
等級の表し方については......本編で語った方がいいですかね。
後書きを呼んでいない方もいらっしゃるかもしれませんし。
それでは今回の迷宮小噺はこの辺りで。
次話はなるべく早く更新するつもりですが、まぁ気長にお待ちいただけたらと思います。
........ブクマとか、どうですか?|д゜)チラッ