第1話 禍転福成
探索者試験で致死の罠に巻き込まれてから暫くして退院した紫苑は現在、もう少し安静にしているようにと楓とみはるに言われ療養中である。しかし、とある問題に頭を悩ませていた。
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時は少し遡り、紫苑が目覚めた直後の宗任と笠松が訪ねてきた日。
人喰い鬼の件についての感謝と謝罪の後、討伐に関する報酬の話になった。
「オーガの討伐報酬に関する話をしたいんすけど、その前に大神君が討伐したのはオーガだけっすか?」
宗任さんが確認を取るように尋ねてきたので、あの日の記憶を引っ張り出す。
「いえ、確かゴブリンの群れを倒しながら進んでいる最中に樹の影にオーガ、というか他の個体よりも明らかに大きな影が潜んでいるのを見つけて......色付きの側近が2匹いたはずです」
「なるほどなるほど...実はっすね、群れとの戦闘場所から少し離れた森の中にこれが落ちていたんすよ」
そう言うと宗任さんは持ってきたアタッシュケースを手に取り、蓋を開け紫苑に中身を見せてきた。
なんだろうかと中身をのぞき込んでみると、拳大ほどの大きさの白い木の実のようなものが丁寧に保管されていた。
「これは...?」
何の木の実なのかよく分からず思わず怪訝そうな顔になってしまう。
「祝福の果実っすよ。細かい説明は講義であったと思うんで省かせていただくっす」
バッと音がするような勢いで宗任さんの顔を見てしまう。
この果実はそれほどの価値を持つものだ。
世界各地に塔が出現してから数年、探索者の中には科学では説明がつかない超常の力を使う者が現れるようになった。
“魔法”
炎の槍や水の壁、土の棘に風の刃。これらのゲームなどでよく見かける超常の力を人類は遂に手にしてしまった。
もちろん、誰でも使えるわけではない。
魔法を使えるようになるためには現時点でいくつかの方法が発見されているが、その中で最もポピュラーかつ確実な方法が「祝福の果実」という遺物の摂取による魔法の獲得だ。
祝福の果実は“色付き”と呼ばれる、何かしらの属性の魔力を宿した個体を討伐した際にその個体と同じ属性の恩恵を得られるようになる果実で色付き討伐時に極めて稀に出現する。
世の中に探索者と呼ばれる職業が広く認知されてから上級探索者としてメディアなどで取り上げられる超一流の中でも魔法を使う者は一握りしかいない。
(確か、前にニュースで見たときはオークションで100億超えたって言ってたような......)
その時は確かA国が国家資産の一部に手を付けてオークションに競り勝っていたとニュースで見た記憶がある。あの時よりダンジョン探索が一般市民にも広く開放され幾分落ち着いたとはいえ、いまだに祝福の果実の獲得のために各国の国営探索者パーティーがダンジョンを飛び回っていると聞く。
「どうっすか?すごいでしょこれ」
「えぇ、すごいです」
なぜか誇らしげにする宗任に疑問を抱く余裕もなく目の前の果実に視線を吸い寄せられていた。
しかし疑問もある。祝福の果実の価値は計り知れない、だからこそ自衛隊がこの果実を報酬として一般市民に明け渡すとは到底思えないのだ。
疑問が顔に出ていたのか、笠松が紫苑に対して補足を入れてくれた。
「その果実は上に報告していない非公式なものだ。報告すれば是が非でも確保しようと躍起になるだろうからな。私は報告しようとしたんだが、宗任の奴がこれは君に渡すべきだといって譲らなくてな」
「当たり前じゃないっすか。討伐者に所有権があるのは当然のことっす。それに大神君がオーガを討伐してなかったら絶対死傷者が出てたはずっすから。という訳で、これは自分からの合格祝いってことで。ケースには鑑定書も一緒に入れておくっす。食べるも売るも大神君の自由なんで好きにしてください。それと......」
いまだ若干の放心状態である紫苑を横目に宗任は封筒を差し出してきた。
「そんで、こっちが自衛隊からの本来の報酬っす」
中身に見当がつかず膨らんだ封筒を手に取り、中を確認してみると中には札束がぎっしりと詰まっていた。生まれて初めて見る大金にギョッとしてしまう。
「ざっと500万っすかね。オーガ討伐に+αって感じっす。上としてはこれで手打ちにして欲しいんでしょうねぇ。自分らの話はこれぐらいっす。そいじゃあ大神君、くれぐれも命大事にで。“貴方に実りある探索がありますように”ご武運をお祈りしてるっす」
そう言うと、いまだ放心から戻ってこれていない紫苑を置いて二人は静かに病室を出ていった。
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祝福の果実と現金500万を手に入れてから既に数日。
自宅で療養中にいろいろと調べてみて、今後の計画も大まかにだが立てられた。
今は平日の昼間、みはるも学校に行っていて家には1人の現状祝福の果実を食べるには最適なタイミングだ。
「...よし」
気合いを入れて白い果実を口に運ぶ。
歯を立てると、何の抵抗もなく溶けるように口内へと消えていった。
まるで雪を食べているかのような感覚だ。
「ん?」
食べ終わって少し時間が経つと、肩甲骨のあたりに違和感を感じ始めた。
違和感は次第に強くなり、続いて襲ってきたのは急激な体温の低下。それと同時に肩甲骨に感じる違和感に熱が追加された。
まるで、体温を無理やりその部分に集めているような。
「ぐっ!」
身体の末端の感覚はすでになく、体温がどんどん下がりあまりの冷たさに体が動かない。
(祝福の果実を食べた際の副作用について調べておくべきだった。いや、前例なんて数えるぐらいしかないんだし調べるのは無理かな。まずい、な......身体が、動か...ない。はや...く、た...すけ...を...)
次第に瞼が重くなり意識は闇の中へと沈んでいった。
「...ん」
目が覚めると、すでに空は茜色に染まりどうやら意識を失ってからかなりの時間が経過したようだ。
「大丈夫だった、のか?」
洗面所へ向かい鏡で最初に違和感を感じた肩甲骨を確認してみると、そこには拳サイズの奇怪な紋様が白く刻まれていた。
「これは...」
ふと、唐突に頭が理解する。例えるなら今まで忘れていたことを唐突に思い出すようなそんな感じ。
気味の悪い感覚に陥るも無理やりに意識から外して唐突に脳が理解したこの魔法について考えを巡らせる。
紫苑が祝福の果実を食べたことで獲得した魔法は“凍結”そして副次的なものとして“分解”。液体を凍らせ結びつける力と凍らせたものに限り任意で分解する魔法だ。
魔法には未だ謎が多く、この力がどのくらい強いのかは分からないがこれからじっくり調べていこう。
イレギュラーな事態に遭遇したおかげで金には幾分余裕ができた。
その点だけに関していえば、致死の罠に巻き込まれて良かったともいえる。もう2度と御免だが...
「魔法については追々考えるとして、まずは夕飯の支度からか」
「ただいまぁ」
どうやら帰ってきたようだ。手早く夕飯の準備に取り掛かろう。
その後、帰宅したみはると夕飯を食べ諸々の雑事を終わらせてみはるを寝かしつけると紫苑はPCを開き報酬の500万の使い道について思案し始めた。
(まずは装備を整えないと...協会のホームページから見ていくか。試験で5層まで潜ったとはいえ、あの時とは状況も装備も違うからなぁ)
試験の際は自衛隊の備品を貸してもらえたが、探索者になった今、必要なものは自己負担だ。
満足な装備を整えられず、最初のうちはジャージなどで潜る初心者も多いんだとか。
(ソロで行くのは確定として、慣れるまでは1~3層でモンスターを狩るのがいいか?序盤の階層ならアクシデントが無い限りはほぼ小型がメインになってくるはずだし解体は考えずに魔石だけ回収しよう。そうなるとメインは小回りが利いて扱いやすい片手斧かな。サブに中型の刃物の......鉈だな。試験の時にも使ってるし、使い慣れてる方がいいだろ)
そう考えて探索者協会のホームページから武器や装備の取り扱いをしているページに飛んでみると、かなりの種類があった。
(多すぎて決め切らないな...ん?協会の墨田支部には武具店が併設されてるのか。実物を見た方が手っ取り早いし明日行ってみるか。防具もそこで見てみるとして...次はどのダンジョンに行くかだけど...一番近いのは新宿だけど人が多そうだしな......墨田区にするか。明日は墨田支部に行って正式な手続きを済ませた後装備を見てみる。よし次は...)
その後も情報収集を続け、結局紫苑が眠りについたのは深夜を少し過ぎたあたりだった。
2章!はじまりましたね、矛盾ピエロです。
2章はかなり長めに取るつもりですね。
というよりも、ここからどの章も長く、そりゃもうなが~く続く予定です。
皆さんが待ち望んでいるであろうヒロインもバシバシ登場すること請け合いですよ!
まぁそれはいったん置いておいて、小噺でもお一つどうですか?
今回は迷宮に関すること、というよりも作者が本作を執筆しているうえでのちょっとした拘りというかルールについてお話しさせていただきます。
地の文という、いわゆる会話以外の文章ですね。
お気づきかもしれませんが、“みはる”とする時と“美春”としている時があると思います。
“みはる”や“みさき”の時は紫苑君の視点での説明的文章だったりします。
これは、美春ちゃんや美咲ちゃんがまだ幼いこと表現するために、平仮名を使っております。成長して大きくなったら、紫苑君視点でも漢字表記になりますよ。
一方で、“美春”や“美咲”などの時は作者視点というか、まぁナレーター的な感じです。
見分けが出来なくても困るものではありませんし、小さい子が登場するとき以外では見分けがつかないので「ふーん、やるやん。」とでも思っていただけたらそれでいいですよ。
少し長くなりましたが、今日の小噺はここまでということで。
ブクマとか、していただけたら、嬉しいなぁ、とか?思ってみたり?
(/ω・\)チラッ
あっ、そうそう1章のタイトルを変更しました。1章の元のタイトルは2章のタイトルとして使います。
これからも本作をお楽しみいただけたら幸いです。