序章《プロローグ》
「何だあれ......」
誰が呟いたか、本来ならば雑踏の中に消えていくであろう程に小さなその呟きはしかし今ばかりは雑踏の中であっても静謐な周囲にゆっくりと伝わっていく。
首都トウキョウで――いや世界中でその日、道行くすべての者が曇天の空を見上げていた。
人々が見上げるその先には――――。
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「失礼しました......はぁ」
ため息が誰もいない廊下でやけに大きく響いた。
西日が校舎内を照らす中、トボトボと廊下を歩く影が一つ。大神紫苑は眉間に寄った皺をほぐしながら下駄箱へと歩を進めていた。
中学2年生の夏といえば、そろそろ進学について薄ぼんやりと意識しだす頃。
そんな中、紫苑は進路希望調査が中々書けずに放課後に呼び出しをくらっていた。ようやく解放された頃には空は茜色に染まり、部活に精を出す学生の声もまばらになっていた。
部活動生の声を背中で受けながら校門を通過する。
「進路、か......」
下宿中のアパート『有明荘』へと戻る道すがら、ビルが乱立するトウキョウの無機物的な街並みの中で一際異彩を放つそれに自然と視線を吸い寄せられる。
数年前に突如現れたそれはすっかりトウキョウの日常の一部となってはいたが、それでもなお夕日に照らされ茜色に染まる、洋式建築の巨大な建造物は雰囲気の違いゆえか違和感を抱くには十分な迫力を有していた。
紫苑は何の気なしにそれを見つめながら数年前に思いを馳せる。
20XX年 5月 某日
その日、平和な現代社会に何の前触れもなく突如として暗雲が立ち込める事態が発生した。
円柱状の巨大な建造物が曇天の空を突き破りながら姿を現したのだ。
巨大な建造物――塔はそのままなんの抵抗もなく地中に深々と突き刺さった。
この異常な怪現象は世界中でほぼ同時刻に観測されており、塔の落下時の衝撃や落下地点に都市部が多かったこと、また塔の数自体が多かったことなどの様々な要因が絡み合った結果、死傷者の数は数億人にまでのぼったとの噂もある。実際のところ、紛争が続いていた一部地域では正確な死傷者の数が分からないため真偽は定かではないが、二ホン国内でも相当数の被害者が出た。
しかし、この人類史上類を見ない天災が起こった日は変わりゆく世界の始まりに過ぎなかったのだ。
被害は甚大で多くの尊い犠牲が出た塔の出現から2年、復興にはまだまだ時間がかかりそうではあったが二ホンで初めて自衛隊による本格的な塔内部の探索が始まった。
完全武装の自衛隊員30名が乗り込んだ先には――――
――――広大な草原が広がっていた。
政府の情報統制も空しくこの情報はすぐさまネットを通じて知れ渡ることになる。
以来、塔の出現から10年が経ち被災地の復興は軌道に乗り出し塔関連の様々な諸問題や法改正などはあったものの、世界中で塔――ダンジョン内の探索を生業とする職業『探索者』が世間に広く認知されるようになった。
お初にお目にかかります矛盾ピエロです。
楽しんでってください。