1月
寒さがより一層厳しくなった年明け。
クリスマスから連日雪が降り、積もった雪は見慣れた景色を銀世界に変えていた。
人でごった返した神社で初詣を終え、俺は約束の場所へと向かった。
途中の自動販売機であたたかい飲み物を缶で2つ。冷える前に、その場所に着く。
「あけましておめでとう」
以前、雨に降られた時に逃げ込んだ公園。
先にやってきていたひなたは、ベンチに座っていた。
「あけましておめでとう、ございます」
買ってきた飲み物の1つをひなたに渡し、俺も隣に腰掛けた。
「元気だった? って言っても、1週間しか経ってないけど」
ひなたに最後に会ったのはクリスマス。
あの後日、何度かプレゼントを渡そうと連絡したがすべて断られていた。
初詣も断られ、なんとか約束できたのが今だ。
「元気だよ。ごめんね、全然予定合わなくて」
そう謝るひなたは、俺を一切見ようとせず。
元気と無理に笑ってみせるその横顔は、全然元気に見えなかった。
「……ひなたにさ、これ渡したくて。だから会いたかったんだ」
背中にあるショルダーバッグを前にまわし、綺麗にラッピングされた袋を取り出す。
きょとん、とするひなたに、差し出した。
「クリスマスプレゼント。遅くなっちゃったけど」
「えっ、私は旭くんに何も用意してないよ」
「俺は別にいいから」
プレゼントをひなたに持たせる。
受け取ったひなたは戸惑いながらもお礼を言い、さっそくプレゼントを開けた。
ひなたにプレゼントしたものは、『フワモコ』が売り文句のミトンの手袋。
うさぎの刺繍が入った、女の子に人気のショップのものだ。
幸い、裕也が選んだものと色は違う。俺が選んだのはミルクティー色だ。
「これ……」
「あいつと被っちゃったんだよ」
バツ悪くつぶやくと、ひなたはふふっと声を出して笑った。
「仲良しだよね」
クリスマスぶりに見た、ひなたの笑顔。
可笑しそうに、それなのにどこか寂しげな。
肩を震わせ、笑いはだんだんと涙に変わる。
目元が赤く染まり、とめどなく雫が流れだした。
「えっ!? ど、どうした?」
「ごめ、なんでもないの……」
なんでもないと言う、ひなたの涙は止まらない。嗚咽を漏らし、ミトン手袋を握りしめて。
我慢していたものが、堰を切って溢れたかのようだった。
「……何かあった?」
ひなたは首を横に振る。
「俺、嫌なことしちゃった?」
また、首を横に振る。
「俺には言いたくない?」
これには、反応せず。
「……言いたくないなら、無理には聞かないけど」
でも。と、続けて。
うつむいて泣き続けるひなたを、そっと引き寄せる。腕の中にすっぽりと収まる、小さな彼女。
「ひとりで泣かないで。俺がそばにいるから」
ぎゅ、と抱きしめれば、お互いの熱が伝わる。小さな彼女の、高い体温。それは、泣いているせいかもしれないが。
ほんの数秒、大人しくしていたひたなは。「離して」と抵抗し、俺の腕から逃れた。
そして意を決したように、静かに口を開いた。
「噂がね、流れてるの。旭くんと私が、付き合ってるんじゃないかって」
「……うん」
「旭くんに迷惑かけるな、って」
「迷惑って……」
「クリスマスの日にね、そう言われた」
誰が、とは言わずともわかる。途中から入ってきた他クラスの女子達だ。
恐らく集団で、背の小さなひなたを威圧したのだろう。
「私、怖くて何も言い返せなかった……」
か細く言い、震えるひなた。
言い返せなくて当然だ。数人ぐるみで、ひなたとは真逆のタイプの女子達だ。
「(原因は、俺だったのか……)」
女子同士の諍いは、正直わからないことが多い。ただ、その中心にいるのは俺に違いなかった。
安心させる言葉も、触れることも。
俺が近づけば近づくほど、ひなたを傷つけるなら。
ひなたがイジメられるのではと、そう思うと側にいるのが怖くなった。
ひなたに振り払われたまま、上がっていた腕が力なく下がった。
泣き腫らした目で見上げるひなたに、ごめんと謝って。
「元気がないのは、俺のせいだったんだな」
ただ好きで、自分の想いばかりで。ひなたのことをちゃんと見ていなかった。
泣かせてしまうまで、気づかないなんて。
「旭くんのせいじゃっ……」
「ごめんな、ひなた」
泣かせたいわけじゃなかった。
自分の気持ちを貫くだけじゃ、ただひなたを傷つけるだけ。そう、思い知った。
ベンチから立ち上がる。
呼び止めるひなたに、なんと言おうか迷って。「バイバイ」と告げたのは、自分の気持ちに。
振り返ることなく、前だけを見て、歩き出した。
雪の積もった道は、真っ白で果てがない。
俺の気持ちは、この雪に埋めてしまえばいい。
泣かせてしまうくらいなら。
ひなたが望まないなら、俺はただ、この気持ちを切り捨てるだけだ。