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6-3 confession



「す、すごいですよね。入澤さん……」

「俺も自分で自分に驚きだ」

 未だに、心拍数は下がらない。ばくばくとシートを押す背中の鼓動を感じながら、入澤は高速道にアクセルを踏み込んでいた。

「何か、やってたんですか? 自衛隊とか……」

「いや全然。格闘技をちょっとやったくらいだな」

 へえ、何を、なんて言葉も、今度はただ健気に響く。詩緒は詩緒で、自身の混乱を落ち着かせようとしていた。あの写真屋から抜け出したときとは、少し状況が違う。緊張は継続している。あのときは処刑の場から逃げ出せたという解放感があったはずだけれど、今は同じ状況――いつ『パンプキン』が襲撃してくるかもしれないという恐れは、持続したままだ。

 だから彼女の声は、より一層震えている。それはもちろん、怯えがどんどん強まっていることも、示していた。

「何なんですか……」

 ほとんど泣いているような色。

 雑談の途中、耐え切れなくなったように、詩緒の口から洩れ出した。

「わ、私、何もしてないのに……。なんであんな、バケモノに襲われるしかないんですか……」

 入澤は、それに対する明確な答えを何も持たない。

『パンプキン』のことは、何も知らないのだ。ハロウィンの日に活動する殺人鬼という以外には、何も。十数年捕まっていないのはおそらくこの死の世界を利用してきたからだろうなんて予想が、精々最近に加わってくれたくらい。

 だから、詩緒にはっきりと答えてやることはできない。君のこういうところが奴に狙われた原因なんだ、だからこれからはこういう風に過ごせばきっと安全だよ……そんな温かい言葉をかけてやることは、絶対にできはしない。

 ただ一つ、言えることがあるとするのなら。


「――――君には、因縁がある」


 自分だけが知っている、ただ一つの、事実。

「因、縁?」

 鼻をすんすんと啜りながら、詩緒は顔を上げた。

「それって、一体……」

「君の姉貴のことだ」

「お姉ちゃんが……?」

 ああ、と入澤は視線を前方から外さないまま、頷いて返す。

「君の姉貴は、『パンプキン』に殺されたんだ」

 息を呑む音がする。

 しばらく、声は何も返ってこない。静かな夜を、車が往く。ただそれだけの、風の音が響いていた。

「うそ、だって、そんなの、一言も……」

 お父さんは、と頼りなく呟く。

「隠されてたってことですか? みんな、私に気を遣って……」

「いや。たぶん、君のお父さんもお母さんも、谷花……由有が『パンプキン』の猟奇殺人の犠牲者になったことは知らない。……少なくとも、明確には」

 だって、と入澤は、その続きを口にする。

 言わなくていいことである限りは、誰にも言わないつもりだった。

 けれど、ここまで来てしまったのだ。谷花の妹は今、『パンプキン』に襲われて命の危機にある。それなのに真実を隠し続けることは、どう考えても相応しい行いではない。

 もっとも。

 初めから、何も相応しい行いなど、なかったのかもしれないが。

「君は、自分の姉の死に方について、どんな風に聞いてる?」

「どうって……」

 詩緒は、それが不正解であることを半ば確信したような、微かな声で答える。

「海で、転落死したって。その、岩場の、波がひどいところに落ちたから、……い、遺体の状態は悪くて……で、でも!」

 詩緒は拳を握り、これまでの自分の知識を積極的に肯定しようという力強さで、続けて言った。

「お、おかしいじゃないですか! 『パンプキン』に殺されたなら、他の、他の人たちみたいに頭を……」

「カボチャのランタンみたいにされてないと?」

「は、はい……」

「君、そのカボチャにされた犠牲者の写真を見たことはあるか?」

 詩緒は押し黙る。それから罪悪感にまみれた声で、囁くようにして言った。

 一回だけ。

「友達から、ネットにグロい画像があるよって教えられて……その、週刊誌か何かに載ってたやつを、ちょっとだけ……。吐きそうになっちゃって、だから一回だけですけど……」

「その画像の被害者の名前、憶えてるか?」

「いや……でも、お姉ちゃんじゃありませんでした!」

 頷いて、入澤は応える。

「そうだな。俺が、そうならないようにしたんだ」

「――――え?」

 誰にも言ったことのなかった、告白。

 十年前に、自分がしたこと。その、真実。

 告げるとしたら、この場面以外の、どこにも存在しないだろうと思ったから。

 だから、入澤は、言った。


「谷花由有は、十年前のハロウィンに『パンプキン』に殺された。

 ――――俺が海に死体を捨てたから、そうだと知られてないだけだ」


 砕けたガラス窓から吹き込む風が、水の匂いを孕んでいる。

 海の気配が、近付いていた。




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