6-2 チェイス
やるしかない。
車を大破させることを目的と考えたら、ここから減速することも許されない。この超高速の中で『パンプキン』にダメージを負わせる。それで運転をミスさせて、車を破壊する。今の勝利条件はそれだ。
だから三本目のクロスボウの矢が飛んでくるのも、上体を前に傾けるだけで、入澤は回避した。
クロスボウが実際に使われているところなど当然見たことがなかったが、今この場に限っては明確に一点ずつ、良いところと悪いところが見つけられた。
良いところは、一発ずつ装填する上に、両手を使わないと弾道が安定しないらしいために、射撃の間隔が開き気味だ、というところ。
悪いところは、たった一発で頭を刺し貫かれて死ぬだけの威力があるらしい、というところ。
銃がなければ、と入澤は思う。ここで終わっていたかもしれない。
ハンドルから一瞬手を離して、拳銃に手をつける。セーフティを解除。スライドを引く。
構える。
まずは一発。
信じられないことに、命中した。
「なっ――!」
「うぐっ……!」
けれどそれが良い出目だったわけではない。
確かに、入澤の射撃はほとんど奇跡のような正確さで『パンプキン』の頭部を捉えた。けれどそこから生まれたのは僅かなハンドルの乱れだけ。『パンプキン』の車は左方向へとブレて、入澤たちの乗る車にぶつかってくる。
よろけた。
さらに最悪なことには、口径が小さいがためか、その一撃だけでは『パンプキン』の意識を刈り取るに足りていなかった。
ハンドルに集中する。まずは建て直しからだ。何とか車が周囲に衝突しないようにコントロールしつつ、入澤はさらに考える。
どうすればいい?
銃というものを重く考えすぎていたのかもしれない。なにせ、ナイフであれだけ刺してもまだ向かってくるような相手だ。銃弾のたった一発や二発では足りないのかもしれない。
だったら、残りの六発をすべて連続で撃ち込んでやるしかない。
できるのか?
やるしかない。
「揺らすぞ!」
詩緒に向かって叫び、入澤はハンドルを右に大きく切った。
ぎぃいいいいいと車体同士が擦れる音がする。限りない接近。向こうがそれを嫌がって離れようとしてもさらについていく。
この状況だ。入澤の全身に力が入る。この状況が、ベストな状況だ。
車は二つ。けれどこれだけ接している部分が大きければこちらのハンドルの動きを向こうにも伝えられる。それは反対にも同じことが言えるわけだが、たった一瞬、向こうが意表を突かれたこの瞬間だけは、こちらに明確なアドバンテージがある。
向こうのクロスボウは、まだ構え終わっていない。
こちらの運転席と向こうの助手席は、窓と窓が重なり合うほどに近付いている。
この距離なら、外さない。
銃声が響く。
命中、命中、命中――そこで向こうが、こちらのやっていることに気が付いた。タイヤが道路を掴んで擦る。急ハンドル。二台は一気に左に傾く。四発目は外れた。残り二発。撃ち込んでしまいたい。ハンドルを右に切り返したい。けれどこのまま衝突の時間が長引けば肝心の速度が減少して仕留められなくなる。左にハンドルを切った。距離を取る。その瞬間に一発を撃ち込む。外した。残り弾数は一発。もう無駄にできない。この一発を当てても仕留め切れないかもしれない。
けれど、当てないことには、僅かな可能性すらもないのだ。
『パンプキン』はハンドルから手を離している。両手でクロスボウを構えている。入澤はそれを見ている。風の中で瞬きの一つもしない。涙が溢れてきても決して瞼を閉じない。その瞬間を見つめている。
引き金に指がかかり、
力が込められる、瞬間を。
「今――!」
再びの急ハンドル。
車と車をぶつけた。
『パンプキン』の手元がぶれる。まさに入澤の脳天を貫くはずだった矢は外れ、運転席の窓から助手席の窓へと貫いていく。攻撃の終了は隙の合図。最後の一発を、入澤は『パンプキン』へ照準を合わせ――
撃った。
目から脳の裏へと、突き抜けていった。
やったのか? いや、まだだ――入澤の視線は向こうの車のハンドルへと向けられている。まだ息がある。力がある。弾はもうない。だったら?
「バール!」
叫べば、状況を窺っていたらしい詩緒が、手に持ったそれを、即座に渡してくる。当たるか当たらないかはすでに問題ではない。当てる。ただそれだけのこと。
バールを、投擲した。
途轍もない集中力だ、と入澤は数分後になって、自分自身を恐れることになる。
そのバールは、あまりにも完璧な軌道を描いて、『パンプキン』の喉を貫き、座席の頭部クッションに磔にした。
血が噴き出している。『パンプキン』の手が痙攣してハンドルから離れている。
「こいつで――!」
終わりだ。右に急ハンドル。ぶつけられた『パンプキン』の車がどんどん進路から外れていく。超スピードのまま壁へとぶつかる。
それは、宙を舞った。
アクセルを限界まで踏み込んで、巻き込まれないよう、最大速で切り抜ける。
バックミラーの中に、逆さになって地面と衝突する車の姿が見えた。
遅れて、小さく爆発の起こる音。
……その光景が、どんどんと遠ざかっていくのを見ながら、見つめながら、注視しながら……やがて、入澤は少しずつ、車の速度を緩めていく。
そして、詩緒に小さく、声をかけた。
「終わったよ。――座り直して、シートベルト締めときな」




