表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/32

4-4 アンブッシュ



 静かすぎるのだ。

 だから、遠くの音まで簡単に耳で拾えてしまう。入澤はわかっている。こっちができることは、当然向こうだってできる。だから妹に作戦を言葉で伝えたりはできない。今現在、自分という三人目がここに潜伏していることが知られてしまう。そんな大きなアドバンテージを、みすみす逃すわけにはいかない。

 だから、妹の背中に触れた。びくり、と身体を動かすのに構わず、指で文字を書く。視覚が使えない分、他の感覚は鋭敏になっているはずだと信じて、こう伝える。

 しずかに。

 音を立てずに入澤は移動する。扉の横。『パンプキン』が入ってきた瞬間に死角になるはずの側。そこにぴったりと張り付いて、息を殺す。ゆっくりとライトのスイッチを切る。

 真の暗闇。

 沈黙。

 ゆっくりと、足音は近付いてくる。

 ナイフを抜く。心の中で数える。相手の歩数。カメラ屋の扉が開く。撮影スペースへ近付いてくる。残りは十歩。七歩。五歩。

 三、

 二、

 一、


 刺した。


 背中側から首に思い切り、ナイフを突き刺した。向こうがライトを持っているから、こちらから一方的に見えている。背丈のほどは大して変わらない。相手はまだ何が起きているのかわかっていない。もう一度刺す。三度、四度、五度、六度。

 倒れた。

 力をなくして、『パンプキン』が。

 カラン、と大きく音を立てて、鉈が床の上に落ちる。入澤はそれを手に取る。大きく掲げる。

 振り下ろす。

 首を、切断した。

 それを遠くに蹴り飛ばす。『首吊り』と同じようにまだこの『パンプキン』も蘇ってくるのだろうが、こうすることで多少の時間稼ぎにはなるはずだ。すかさず身体をまさぐる。面倒になって一度持ち上げて、床に叩きつける。ちゃり、と音がする。ポケットのあたりだ。腰にキーホルダーがついている。千切り取って外した。

「よし、待ってろ」

 妹の後ろに回る。いくつかの鍵があるのを片っ端から試す。身体を外せた。次は頭。目、それから口。首尾よくすべてを全てを解錠できる。息を吐きたくなるが、まだその段階ではない。

「逃げるぞ」

「逃げる、って」

「死なないんだよ、こいつは! さっさと……」

 そこまで言って、思い出した。

 ついさっき、自分で言っていたことの可能性。

 鞄の中から水を取りだして、首をなくした死体に振りかけた。

 ……ダメだ、動かない。

 頭が切り取られているのが影響しているのか、首吊り男のように急に理性を取り戻すことはないらしい。頭の側に霊としての存在がかかっているのか。だとしたら、それの在処を探し出して『パンプキン』にとどめを刺すべきなのか? あるとしたらおそらく、この一つ上の階。鍵は持っている。だから、上手く探索できればそれも可能ではあるけれど――

「ご、ごめんなさい!」

 妹が叫んだ。

「わた、私、足、動かな……」

 ライトを向けた。

 まずい、と入澤は焦る。彼女の太腿のあたりに出血があった。『パンプキン』は念には念を入れるタイプらしい。拘束した上で、仮にそれが外れてもなお彼女が逃げられないように、足に怪我を負わせていたのだ。

 二人なら、という甘えがどこかにあった。

 二人なら、上階の探索も効率的に行える。それならこの死体たちの首を見つけることも、それほど難しくはないと感じていた。

 が、こうなっては話は別だ。

 弱点を抱えたままの一対一では、不利が過ぎる。

 当初の計画通り、逃走しかない。

「悪いけど、身体触るぞ」

 密着して、持ち上げた。

 重量に顔を顰める。自分と比べれば大したことはない重さだが、それでも抱えて走るにはかなりの負荷がかかることは間違いない。できれば大鉈も武器として持っていきたかったが、今この場では控えた方が良さそうだ、と考え直す。

「ライトだけ頼む」

 妹に無理やり、懐中電灯を渡す。受け答えはろくにできていないが、無理もないことだと思う。目隠しを取っても叫ばなかったということは、事前に自分の横にいる同じ立場の人間たちに行われた所業を目にしていたのだろう。次は自分かもしれないと思ってあの暗闇の中、身動きもできずに待っていたのは、相当の心的ストレスを伴ったはずだ。

 ぽん、と背中を叩いた。

「大丈夫だ。任せとけ」

 それでも彼女も気丈なもので、ライトを渡した理由だけはしっかりと理解してくれたらしい。階段を駆け下りる間も上手く足元を照らして移動をカバーしてくれる。五、四、三、二、……追い付かれることなく、一階の地上にまで戻ってくることができた。

 殺人鬼との格闘戦とはまた違う疲労が襲ってくる。単純な運動負荷の問題。人一人を背負って六階分の急勾配を一気に下るのに必要なだけの体力と筋力。さすがに入澤も息を切らしている。最初に階段を踏んだときに感じた嫌な予感は本物だった、と呆れている。

 それでもまだ、立ち止まらない。

 殺人鬼の再生能力の凄まじさは、すでに『首吊り』を相手にした時点で十分に感じているのだから。とにかく油断はできない。今のうちにできるだけの距離を取らなくてはならない。

 こっちも準備しておいて、助かった。

「乗せるぞ!」

 ポケットから鍵を取り出す。もちろん、あの地下駐車場から連れてきたRV車の鍵だ。助手席のドアを開いて妹を押し込む。反対側に回って運転席に乗り込む。それからエンジンをかけて――

「――冗談だろ、おい」

 信じられないものを見た。

「ひ――」

「もう来んのかよ……!」

『パンプキン』が前方からこっちに走ってきている。流石にここまで来るのに手間取ったとはいえ、首を切り落としてもこの速さで駆けつけてくるとは思わなかった。

 それに、その執念の凄まじさも。

 見逃せよ、と呟きながら、入澤はサイドブレーキを下ろす。ギアをDに……いや、Rに入れる。

 後方を見ながら、全速力でアクセルを踏んだ。

「きゃっ――!」

「シートベルト着けとけ!」

 交差点まで一気に踏み込む。どうせ車が来る心配はない。さすがに『パンプキン』も車の速度に敵いはしない。ついでにライトも点けてハイビームにして顔を照らしてやる。

 それで初めて、入澤は見た。

 谷花由有を殺した、殺人鬼の顔を。

 真っ白で鼻のない、ただの顔型に無造作に切り込みだけを入れたような、無機質な顔。

 ギアをいよいよDに入れる。大きくハンドルを切って右折する。アクセルを吹かす。その後も無茶苦茶な運転で左右に曲がりながら、遠ざかっていく。行き先は決めていない。決めたら、その行動の先が読まれてしまうかもしれないから。

 もう自分でもどこにいるかさっぱりわからなくなった頃になって、「後ろを見てくれ」と入澤は助手席に声をかける。

「追いかけてきてるか?」

「……いいえ」

 たぶん、と続いた言葉は少しの不安を煽ったけれど、バックミラーに映る道路に何らの追跡者の姿も見えないことを自分でも確かめて、ようやく入澤は、溜め込んでいた緊張を大きく、本当に大きく……吐き出した。

 それから、優しく指先で、自分の胸元を叩く。

 やったぞ、谷花。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ