4-2 トレース
案内表示が軒並み奇怪な文字に変わっているのには辟易したが、それでも着くことには着いた。
渋谷駅。一旦車を停車させて、入澤は考える。これから取るべき行動は何かを。
大体の場所は、あのときマンションのベランダから飛んでいった火の行方から想像がついた。けれどここからは、その案内がない。自分で探すしかないのだ。
まずは車をどうするかだ。このまま乗り続けるか、それとも一旦ここに置いていって、徒歩での探索に切り替えるべきか。
殺人鬼――ついさっきの首吊り男の言っていたことが頭を過る。この世界に存在しているというシリアルキラーたち。そして予想できる限りでは、この後入澤は、少なくとも一人の殺人鬼と対峙することになる。
『パンプキン』。
谷花由有の命を奪った猟奇殺人鬼。
殺人があるのは必ず十月三十一日。被害者の頭部を切り離し、カボチャのランタンのように加工して晒すという異常性から『ハロウィンの殺人鬼』とも呼ばれている。
ただでさえ顔を合わせたくない相手だ。それがこの空間ではほとんど不死身と聞けば、酷い悪夢だとすら思う。
まずは、見つからないように動くことを優先しよう。谷花の妹の命を最優先に。
だから入澤は、車を降りた。
この死の支配する世界で、動いている機械というのはそれだけで目立つからだ。
次に考えるべきなのは捜索ルート。取っ掛かりがない。だったらまずは、ヒントを探すところから始めるしかない。
幸い、月明かりはまだ眩い。懐中電灯なしでも、大して苦も無く動けそうだ。まずは駅の近くからスタート。いつでもナイフは抜けるようにしておいて。
息を吐く。さっきの『首吊り』との死闘が記憶に新しい。またあんなこともあるかもしれない。そのことだけは覚悟して、入澤は周辺の探索へと取り掛かる。
駅の中は、自宅最寄りで見た光景と大して変わりはなかった。ぶちまけられた死肉たち。漂う腐臭。袖を顔に当てても数十秒と耐えられない。ホームに上がらない範囲を走り回っての探索も行ったが、それらしい人影は見当たらなかった。
どうもここではないらしい、と結論付けた。
もしかすると駅構内のもっとわかりにくい場所に『パンプキン』が潜伏しているという可能性もあったが、そんなことを考慮してここで時間を潰し続けても仕方がない。一旦外に出て、周囲の建物に何か兆しがないか大まかでも確かめていくしかないだろう。そう思って、入澤は一旦、その場に立ち止まった。
そのとき、気が付いた。
「ここ……」
一度来た場所だ、と。
この死の世界に落ちてからではない。その前。副編集長からの命令で写真を撮りに来たとき。自分はここ――この窓の前に立っていた。
そしてそのとき、谷花に似た顔を見つけたのではなかったか。
「……行ってみるか」
目途が立てば、足取りは力強い。
入澤はブーツで床を蹴って、走り出した。
▼▼
あまり無防備に交差点に姿を現すことはしたくない。
だから入澤は地下道を潜って、あるかどうかもわからない人目を避けながらその場所に辿り着いた。何の変哲もない、駅周りの通路。確か立っていたのはこのあたりだったな、と考えて。
周辺を見回す。
そして自分だったら、と不快な考えを巡らす。
自分だったら……自分が、十数年も捕まっていない注意深い殺人鬼だとしたら、どんな相手を狙うだろうか。
『パンプキン』のパーソナリティなどは一つも知らない。知りたくもない。けれどこのときばかりは、想像を巡らす。あえて人の多い場所で犯行を冒すことに喜びを感じるような人間か? その可能性は、谷花由有の死んだ場所が教えてくれる。人のいない海辺。おそらく奴は、人目に付かない場所を好む。あるいは『パンプキン』に一貫した性格など存在せず、その場その場で殺したい人間を殺したいように手にかけているだけなのかもしれない……そんな発想が推論の邪魔をしてくるが、それでも奴は、少なくとも十月三十一日に犯行を繰り返す程度のこだわりはもっているはずだ。
だとするなら。
おそらく、人の少ない方へと向かっていくのではないか。
想像する。谷花の妹は、人混みの中で疲弊していた。思わぬ混雑に、四方から聞こえてくる怒号。中心へと向かうことなく、むしろ騒ぎから遠ざかっていこうとした。たとえば、いま入澤が辿っているのと同じようなルートを辿って。
そしてそこに『パンプキン』は付け込む。谷花の妹が喧騒から逃れて一息ついた瞬間に、口を塞ぐ。叫ぼうとしてもくぐもった声しか出ない。その程度の声は、中心部から響き渡る大騒ぎにかき消されてしまう。あるいは、その程度のことはどこでも起こっていることだから、誰にも気にされなかったのかもしれない。
それから?
加工をする必要がある。頭部を切断して、中の肉を刳り抜いて、蝋で固めて、口の中にキャンドルを立てる。
それだけのことを、まさか屋外ではしないだろう。十分に準備を整えた屋内で行うはずだ。
そして同時に、こうも思う。この世界だ。連れ込む方法は定かではないが、この死の世界にいる限りは、警察の追跡を気にする必要も、目撃者による通報を懸念する必要もない。だとしたら、すぐさま遠くへと逃げる必要はなく――、
近くにいるのではないか。
そう思っていたら、急に胸に、焦げ付くような痛みが走った。
「づっ、」
思わず、ポケットからそれを取り出す。
谷花の写真。相変わらず、その顔の中心部に青い火が揺れている。
見るたびに物悲しい気持ちが湧き上がる。泣きそうになる。彼女が遺したかったのは、こんな姿ではなかったはずなのに。
けれど今は、そんな悲しみに浸っている場合ではなくて。
めらめらと勢いを増したそれが伝えようとしていることを、汲み取らなくてはならない。
「ここだ、って言ってるのか……」
見上げたすぐ傍には、雑居ビルが建っている。




