ゼロ人形
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ねえ。つぶらやくんは、自分の部屋に何が置かれているか、正確に把握しているかしら?
引っ越したばかりとかだったら、荷解きしたものが限られていて、ある程度は把握できると思う。
けれど数週間、数ヶ月過ごすと、もはや人によっては足の踏み場もないゴミ屋敷。そのうち、ビニール袋に入りっぱなしの保存食とか文庫本が溜まっていって、棚に入れずにほっぽっといたものにも、ほこりがぽっぽっぽっと……。
――まるで見てきたかのような物言い?
そりゃあ、うちの兄貴の部屋を参考にしているから。つぶらやくんの部屋も、もしかしたらそうなんじゃないかな〜、と思ったわけ。
うちの女性陣、私も含めて掃除よくする派だから、男性陣の部屋の汚さぶりはまあまあ知ってるつもりよ。下手に部屋を掃除すると、ぷんすか怒り出すこともね。
私も一時期はゴミ屋敷派だったんだけど、あることがきっかけで、自分の部屋を掃除するようになってね。そのときの話、聞いてみないかしら?
「ねえねえ、『ゼロ人形』の話、知ってる?」
そうクラスの友達が話を持ってきたのは、小学生のときだったわ。
当時は学校の七不思議に関心を抱き始める時期。帰り道が怖くなる、夜にひとりでトイレに行けなくなるって逃げる子もいるけど、ガチで避けるのは少数派だったわね。
およそ8割の子が「なになに〜」と、彼女の方へ寄っていく。
ゼロ人形。それは言葉のとおり、中身が何も詰まっていない人形のこと。
これは知らぬ間に、自分の部屋の中へ紛れ込んでくる。最初は大きい輪ゴムのようにしか思えないけど、時間を置くにつれて硬さと重さが増してくる。
一度見つけてしまったら大変。きってもちぎっても、燃やして捨ててしまっても、人形はその部屋で見つかり続ける。しだいしだいにゴムも大きくなっていって、ついには部屋の持ち主と同じ大きさになってしまうの。
そうなるとね。部屋の持ち主に変わっていろいろなことをしちゃうの。ちょっとした掃除から犯罪行為まで。身に覚えのないことでお礼を言われたり、因縁をつけられたりするときには、このゼロ人形の仕業なのだとか。
「ぜんぜん、こわくなーい!」
そういって離れていくのは、ベテランのホラーリスナーたち。聞いて損したとばかりに、大きく伸びをしながら、そっぽを向いちゃったわ。
私もその一人だったけど、「掃除をしてくれる」というフレーズは気に入った。
散らかり気味の自分の部屋を、掃除してくれる誰かがいたらいいなと、いつも考えていたから。もちろん、動かしていいものと悪いものの区別もしっかりつけてね。
でも、そんな妄想も十数分でおしまい。ゼロ人形のことは、もうすっかり頭の片隅へ追いやってしまったわ。
その日。学校から帰った私を、部屋はペットボトルのノックで迎えてくれる。ドアが完全に開ききらないうちにぶつかってきて、ガラガラと音を立てるの。ラベルもはがさないまま、適当に転がしたものが、ここまで届いている。
さすがの私も邪魔に思って、ペットボトルたちをかたしはじめたわ。するとね、一本の1.5リッターボトルの下から、大きい輪ゴムが出てくるじゃないの。
爪の先ほどの幅がある、太めの身体。私の両手を通してもまだ余裕のあるその姿は見慣れないものだったわ。とっさに、何に使っていたものか判断がつかなかったの。
ゴムって分別はどうだったけなあ、なんて考えながら、部屋のゴミ箱に突っ込んだわ。
その日は6本片付けたけど、それから3日間さぼり。一日に500ミリペット2本は増えていったから、私の部屋は変わりない汚さを誇っていたわ。
私がゼロ人形について思い出したのは、5回目の邂逅だったかしら?
あいかわらずペットボトルの下敷きになっていたけど、そのときはやけに汚かったのが印象に残ってる。
つぶらやくんはあるかしら? 輪ゴムが床に張り付いちゃっているところ。それもジュースとか、甘ったるい液体を被っちゃったあととか?
まさにあの状態。表面には得体の知れない黒ずみがこびりついちゃって、じかに触るのがためらわれる、絶妙な粘り気。
それが私の部屋のカーペットの端っこ。開きっぱなしの押し入れの戸の、敷居部分を抱きしめて離さなかったのよ。
ティッシュ越しだったけど、私は力いっぱい引っ張ったわ。でもゴムは上方向へは動こうとしなかったの。その代わり、横方向にはぐんぐん伸びていくのよ。確かに張り付いているはずなのに、よ?
気味が悪くなった私は、台所のフライ返しを使って無理やり引きはがした。敷居を構成している板材を、いくらか道づれにする形でね。
無残な傷跡ができちゃったけど、背に腹は代えられない。私はもはや手に納まりきらなくなった輪ゴムを、ティッシュで何重にも包む。害虫を処理するときのように、ゴミ箱の深く深くへ突っ込んで、ようやく思い立ったの。
これって、あの子の話してた「ゼロ人形」じゃないのかって。
翌日から、さっそく変化は現れた。
登校するとき、いつも待ち合わせしている友達がやってこない。私より遅れたことは一度たりともなかったのに、遅刻寸前になっても現れない。
いざ学校へ駆け込んでみると、普通に着席していたの。向こうも息を切らしている私に驚いたらしくて、「どうして逆戻りしたの?」と首をかしげてくる始末。
どうやら私が向かう少し前に、あの子の前に私が現れたらしいの。「今日はちょっと急ぎの用があるから」と、その子の肩を軽くたたいて、学校へ走っていったとか。だから彼女もひとりで登校したと。
他の面々にも尋ねてみると、私が早くに校舎にいた証言をしてくれる人が何名か。いずれも長く話すことなく「おはよ」とひとこと。後ろからポンと肩を叩いて、そのまま足早に歩いて行ったというのよ。
私自身は、そのそっくりさんと顔を合わせない。相手は私の視界の外、時間の外をかいくぐって行動している。
今のところ良いことも悪さもしていないのが救いだった。せいぜいが肩たたきとか握手とかの些細なボディタッチのようだったわ。
部屋の中でも、あの巨大なゴムは見かけなくなる。それがなおのこと、「みんなの話しているのは、ゼロ人形なんだ」と思わせていたわ。
一カ月くらい経ったかしら。
いよいよ私の習い事にまで顔を出すようになった、ゼロ人形に辟易しつつ、自室へ向かったときだった。
ドアの向こうで、誰かが寝息を立てているの。いや、もう大いびきをかいているといっていい。男の声だったわ
真っ先に兄貴の顔が浮かぶ。この時間に家にいる男といったら彼くらいで、小さい頃は私の部屋に勝手にお邪魔してきたりした。ここ数年は遠慮するようになっていたはずなのに。
叩き出してやらなきゃ、とドアを乱暴に開けたけど、そこには私の想像とは違う人物がいたの。
押し入れに半ば顔を突っ込んで横たわっているのは、確かに兄貴だった。だけど首から下は、一緒に登校している友達のものだったのよ。服も体つきも。
雑なコラを目の当たりにして、固まる私。その気配を聞きつけたか、いびきがぴたりと止まる。この奇妙な奴が、身体を起こし出す。
そこからは目を白黒させちゃったわ。瞬きごとに、頭も体もどんどん変わっていくんだもの。
兄貴、友達、クラスメート、学校の先生、習い事で一緒になる人たち。公園とかでときどき見かける、名前は知らずに顔だけ知っているお年寄りの人まで。
それぞれがちぐはぐにつながったものを、ビデオの早回しのように見せながら、目の前の奴は私そっくりの姿でぴたりと止まる。その顔に満面の笑顔を浮かべながら、こうつぶやいたのよ。
「だいじょぶ、だいじょぶ。これなら、誰かが死んでもだいじょうぶ!」
そのまま膝から崩れたかと思うと、次の瞬間には「私」はあの巨大なゴムになっていた。
犯行現場の人型をとるテープのような身体をうねらせ、私の股の間をくぐっていく。振り返った時にはもう、ゴムの姿はどこにもなかったわ。
それ以降、ゼロ人形は私の目の前に現れていない。いや、現わせないのかもしれない。
あの人形はもしかしたら、すでに死んでしまった誰かに代わって、生きているんじゃないかと思うから。




