引越しそば
荷物を片付け巻物を読んでいる間に日は落ち夜になっていた。
巻物を読むのに部屋の蛍光灯を付けていた。
まだ買い物はしていないので、窓にカーテンは付いていない。
あまり金はつかいたくないので新しく買い物はしたくないがカーテンだけは新しく買わなくてはならない。
カーテンだけはたて幅も横幅も合わない物を使う訳にはいかないし、新しく買わなければいけない。
俺は次の日、窓のサイズを巻き尺で測ってホームセンターでカーテンを買おうと思っていた。
忍者には暗殺者としての一面もあり、窓にカーテンがないというのは愚の骨頂であった。
暗殺を防ぐために最も気を付けなくてはいけない事は「窓際には立たない事」「カーテンを開けない事」だ。
つまり忍者がカーテンのない部屋に住むなんて言うのは問題外なのだ。
そんな基本的な事がぶっ飛ぶくらい、この物件は俺にとって魅力的だったのだ。
外が暗くなり、部屋の蛍光灯を着けた事で窓が鏡になり自分の姿が窓に映る。
「誰だ?この女の子は?」
元々それほど大柄ではない。
忍者としての身軽さを求めるとそこまではいかつくなれない。
・・・にしても窓に映った少女は小柄で華奢すぎる。
少女は俺の動きに合わせて手を振ったり、顔を傾げたりする。
・・・本当は薄々わかってる。
鏡に自分の姿が映っていないとしたら別の意味で大事件だ。
窓に映っている少女が自分だとわかりつつも認めたくないのだ。
俺の父親は人にはあまり言いたくないが泥棒だ。
石川一族は御先祖様、大泥棒石川五右衛門を崇拝していて代々泥棒を生業にしている事を恥じていない。
だが父親は下着泥棒をしようとして捕まった過去を恥じるべきだと思う。
父親は女装して女子高に忍び込み下着泥棒をしてネットで女子高生の下着を売りさばこうとした。
だが女装をして女子高に忍び込もうとした時点でガードマンにつまみ出されており、下着泥棒は未遂に終わり、下着泥棒をしようとした事は家族と元家族でこのことを聞いて家から出て行った母親しか知らない。
父親は世間では女装して女子高に忍び込もうとした変態親父という認識で、お巡りさんもこっぴどく父親に説教をしたが父親に前科はつかなかった。
母親は「『近々大きい仕事がある』と言っていたけど、まさか女子高での下着泥棒だったなんて・・・」と呟きフラリと立ち上がり、そのまま家には帰って来なかった。
「ギャルの下着が高く売れるのをあの女は知らんのか?」と祖父は言っていた。
母親は身内の下着泥棒に理解を示す家から出て行って正解だったと思う。
だが俺は父親を選べないし、どうやっても父親の息子だ。
父親が女子高に入る前に門でガードマンに取っ捕まったのは「女装が致命的に似合っていないから」だ。
ガードマンは「アンタの女装は『女にみえる』『似合ってる』以前に何かムカつくんだよ!」と言っていたらしい。
そんな父親の息子である俺が女になったところでその姿を四字熟語で表現するなら「人間失格」としか表現出来ないバケモノになると思っている。
股間にあるべきオブジェクトがない。
胸が申し訳程度ではあるが膨らんでいる。
そして目の前にある巻物には「乱用により女に変化してしまう事がある」と書かれている。
チラッと窓に映った姿を見た感じではそこまでは酷くはないと思う。
でも人間、自己評価は甘いものだろう。
「なんかムカつく」と言われた父親の女装でさえ、父親の中では「アリ」だったのだ。
一つ救いがあるとするなら俺は本物の女になった事だ。
「ブス罪」という犯罪があるならば俺は重罪かも知れないが日本の法律ではブスは実際に外を歩いたり大河ドラマの原作を作っている。
「ブスは外を歩いたり、西郷隆盛のドラマの原作を作ると死刑」という法律は日本にはないのだ。
なので俺が警察に連行される事はない。
でも自分の姿を見たくはないのだ。
ショックを受けていると「ピンポーン」とインターフォンが鳴った。
ご近所さんが俺がドタドタと引っ越し作業をしている音を聞いて挨拶に来たのだろうか?
本当なら俺の方から引っ越しの挨拶をするつもりだった。
他の物はまだ準備していないが、ご近所さん回りの引っ越しそばだけは準備した。
ご近所つきあいの大事さは父親が女装して女子高に潜入しようとしてつかまり、それを聞いた母親が家から出て行ってから自治体に村八分にされ、うちだけ回覧板が回って来なかったりしたので身に染みて感じている。
一瞬居留守を決め込もうとも思ったが、カーテンのない部屋で電気をつけてドタバタと音を出しているのをご近所さんはもう知っているので、ここで出て行かない事は居留守を使っている事バレバレで態度を硬化させてしまうだろうという事で渋々、「はーい」と玄関を開けた。
この時「ジャージを履こう」と思った。
部屋の掃除をしようと汚れても良い格好と思ってジャージを着ていたがそれが功を奏した。
ジャージのようなゴムや生地がある程度伸び縮みする服は、体のサイズが変わってもある程度の伸び縮みで対応出来るので、腰回りが細くなっても尻が大きくなっても大惨事は起きないのだ。
あとはすそとそでを折り返せば良い。
もちろんある程度しか対応は出来ない。
俺が元々男としては華奢な体をしていて、それほど背が高くなかったから着替える必要がなかったと言える。
これで着ている服が破けたり、突然着ている服がストンと落ちたりしたら俺は父親に負けず劣らずの変質者という評判がたってしまうだろう。
もし何かの拍子で男に戻る事が出来た時にも、ゴムや生地が伸びてピチピチになるだけで着ている服が破れて裸になる事もないし、ジャージ姿なら男でも女でも変態扱いされる事はない。
玄関を開けるとそこには少女がいた。
俺は思わずため息をついてしまった。
男の時の俺より若干背は低いだろうが、かかとがある靴を彼女が履いたらおそらく彼女を見上げる事になってしまうのだろう。
それだけ彼女は長身なのに足首、腰回りなどは細く、顔は小さかった。
男の時の俺より若干背は低いクセに、腰の位置は男の時の俺より遥かに高い。
「何このモデル体型・・・」俺は思わず呟いていた。
「男の人に言われたらセクハラだと思ったかも知れないけど、あなたみたいに可愛い娘に言われるのは悪い気はしないわね、ありがとう」少女は微笑みながら鈴の鳴るような美しい声で言った。
「私は百地悠子、焼蛤高校の三年生、生徒会長をやっているわ。
隣に住んでいるの。
空き家のはずの隣の家で物音がしたから引っ越して来た人がいると思って挨拶に伺ったの。
よろしくね」目の前の少女は右手を差し出した。
百地・・・ご先祖様、石川五右衛門は抜け忍になる前、百地丹波の弟子であったという。
「ももち」の「ち」が「血」に通じると百地丹波の子孫は「ももじ」と名乗ったという。
百地丹波とは伊賀の三上忍の一族「服部」「藤林」「百地」の「百地」の開祖である。
つまり目の前の少女は最も尊敬すべきご先祖様の師匠の子孫かも知れない。
「まさかね。
ただの偶然に決まっている」と俺は心の中で呟き少女の差し出す手を握り言った。
「今年焼蛤高校に入学して桑名に引っ越して来ました・・・石川早です。
よろしくお願いします」
嘘はついていない。本当は石川早と読む。
ただ登録した名前を何と読ませても良いので「いしかわさき」でも決して嘘ではない。
これからどのように事が転がっていくのかわからない以上、あまり嘘をいうのは得策ではない。
だが本当の事も言えない。
本当の事を言うって事は「忍法帖」の事も話さなければならず「自分が忍者である」という事も明かさなくてはならない、という事だ。
忍法帖の事に触れず「女性になった経緯」を語る事は出来ない。
なので様子を見る以外に方法はない。
色々考えてながら握手していた時、ふと現実に戻された。
「・・・この握手の感触、間違いなく手裏剣ダコだよな」