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鬼斬忍法帖  作者: 海星
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時間

 目を醒ます。


 ここは体育館の中のようで板の間だ。


 体育館の壁には時計がかけられている。


 現在は16時過ぎ、太陽は傾き、天窓からは西日が差し込んでいる。


 体育館は基本的に男子の柔道の授業以外では畳は使わず板の間なのだ。


 柔道は男子だけが行う授業内容で、女子はその時体育館で柔道の授業を受ける男子の隣で創作ダンスの授業を受ける。


 女子は柔道着姿の勇ましい男に惚れる事が多く、男子は創作ダンスに興じる可愛らしい女に惚れる事が多い。


 柔道と創作ダンスの授業が行われる時、異様にカップルの誕生率が高い。


 だが柔道の授業は秋すぎだ。


 麻の含まれた柔道着は分厚く、あまり洗濯せず洗濯したとしても分厚いので生乾きで臭いを発する事が多い。


 汗をかく季節に密閉された体育館で柔道着を着た男子生徒が集団になっていたら軽いバイオテロのような臭いが発生してしまう。


 なので柔道の授業で使う畳は今は体育館倉庫の奥にしまわれていて・・・つまり『畳返し』には使用出来ない。


 目を醒まし体を起こすとそこには藤林先生がいた。


 「石川さん、お目覚めかしら?


 よく眠れた?」藤林先生は言ったが、カラカラに喉は乾き寝ざめは最悪だった。


 「何であなたがここにいるかわかっているかしら?」


 「進路の個別指導ですか?」私は確信犯的にとぼけた。



 かつて聡子さんが『忍者の心得』の授業の中で言っていた事がある。


 「武器でも何でも使える物は生き残るために何でも使え。


 銃を使って生き残れるなら銃を使えばいい。


 ただ拳銃はどれだけ急いでも3ステップは使う。


 ・撃鉄を起こす。


 ・照準を合わせる。


 ・引き金を引く。


 最初だったら『安全装置を外す』ってもう1ステップが加わる。


 一息、1ステップ、ノーモーションで手裏剣が投げられる忍者相手に拳銃はあまり有効ではないな。


 脱線したな、話を元へ戻そう。


 忍者は戦う事が目的の任務は意外と少ない。


 ほとんどの任務が『生きて本拠地に戻り、見聞きした情報を伝える事』なのだ。


 いや・・・本当は任務どうこうは関係ない。


 私は早に生き残って欲しい。


 生き残るために全てを使え。


 武器や防具を使うのは卑怯ではない。


 周囲にある物全てを使用して生き延びろ。


 早、お前だったらそこにある畳は間違いなく使え。


 何も使える物がなかったとしてもあきらめるにはまだ早い。


 『時間』を使え」


 「時間・・・ですか?」と私。


 「そうだ、時間を稼げば助けがくる事もある。


 時間を稼いでいる間に作戦を考える事もある。


 相手の足止めにもなる。


 悠子様は時間稼ぎの会話が得意だ。


 悠子様が窮地に立つ事はほとんどないが、相手に時間稼ぎをしている事も窮地に立たされている事も悟らせないために、普段から相手を挑発するような事を言っているのだ。


 悠子様は虚と実の使い分けが他者と比較にならないほど得意だ。


 早、お前の素直さは美徳だ。


 失ってほしくはない。


 だが生き残るために言葉の駆け引きは覚えろ」




 私は藤林先生を意図して小馬鹿にしたような事を言ったのだ。


 「そんな震えながら私を挑発しているつもりかしら?」藤林先生が言う。


 藤林先生の目は絶対的優位に立つ者の目だ。





 私は震える体を押さえつけて藤林先生に言った。


 「私は必ず用事がない日でも生徒会室に寄ります。


 寄って悠子さんに無事を伝えます。


 今頃悠子さんは『石川早になにかがあった』と気付き動き出しているでしょう。


 そしてクラスメイト達に『石川早はどこに行ったのか?』と聞いて回るでしょう。


 そして私の友人達は『早ちゃんなら体育館裏に呼び出されて向かったはず』と答えるでしょう。


 悠子さんがここのたどり着くのも時間の問題です」


 「あなた何か勘違いしてるんじゃないかしら?


 私は別に悠子さんと戦おうとしている訳じゃないのよ?


 あと悠子さんにここにあなたがいる事だって伝えてないとでも思っているの?


 あなたは悠子さんが持っている『鬼斬忍法帖』の研究成果と引き換えの人質なのよ」と藤林先生。


 「藤林先生・・・『鬼斬忍法帖』の事を知っているんですか!?」私は驚きながら叫んだ。


 「知ってるも何も、私の陣営にも『鬼斬忍法帖』を読んだ元男がいるのよ?


 知っているからこそ、研究成果に価値を見出しているんじゃない」藤林先生は「何をいまさら」と言うように呆れながら言った。


 「私は悠子さんにとってそれほど価値のある人間ではあると思えません。


 その上悠子さんは『人質と情報の交換』なんて卑怯な手段には応じないでしょう」と私。


 「あなた本当に自己評価が低いのね。


 晶もそうだけど『元男』ってだけでかなり引け目を感じるのかしら?


 まあそんな事はどうでも良いわ。


 悠子さんは必ず来ます。


 『鬼斬忍法帖』の研究データを持ってね」藤林先生は断定した。


 「もし仮に悠子さんが人質とデータの交換に応じたとして、その後『百地』と『藤林』は戦争に発展するでしょう。


 悠子さんの性格的に『泣き寝入り』だけは絶対にないでしょうし。


 藤林先生、お願いです、考え直してください。


 私からも『先生、藤林陣営には何もされなかった』って悠子さんに言って戦争を回避するように頼みます!」と私。


 「あなた何か勘違いしているようね。


 私の行動は藤林の党首としての行動ではないのよ?


 私はこの後、戦争の原因を作った党首として責任を問われて党首の座から引きずり降ろされるでしょう。


 後任には本当なら党首になるはずだった病弱なお兄様が就くでしょう。


 でもそんな事はどうでも良いの。


 私は『鬼斬忍法帖』の研究成果さえ手に入って、晶が男に戻るだけで良いのよ!」


 藤林先生はヒステリックに叫んだ。

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