演出
本当に必要な物は石川早ではない。
百地悠子の持つ『鬼斬忍法帖』の研究成果だ。
それさえあれば晶を男に戻す事が出来るかも知れない。
でも晶は男に戻る事に積極的ではない。
下手をしたら、男に戻る事を拒否するだろう。
理由はハッキリしている。
お兄様と愛し合えなくなるかもしれないから。
お兄様との愛の結晶を産めなくなるから。
だから、私は別に理由をつける。
晶に「もう『鬼斬忍法帖』は研究しなくて、男に戻らなくても良い」と言われても良いように。
石川早を人質に取ったとしても『鬼斬忍法帖』の研究成果との引換材料だ。
実際に彼女は必要ない。
伊吹が高校の渡り廊下を考えながら歩いていると、渡り廊下の梁にもたれかかった百地悠子を発見した。
「あら悠子さん、お久しぶりね。
ご機嫌いかがかしら?」
「教諭が生徒会長と『ご無沙汰』するのはまともに仕事をしていない証拠みたいなものです。
しっかりして下さい、藤林先生。
私の機嫌は上々ですよ、先生とは違って。
あ、知ったような事を言ってごめんなさい。
私にわかる訳がないのよね。
ショタコン女が高校生の男の子に惚れて周囲の反対を押しきって側近にした気持ちも、男の子が通う高校に教諭として就職する気持ちも、惚れた男の子が事故で女の子になっちゃって自分のお兄ちゃんとイチャイチャラブラブしだした時のショタコン女の気持ちなんて私にわかる訳ないものね」
「・・・よ、よく調べたわね。
そ、それだけ私を意識しているって良いように受け取らせてもらうわ!」
「まさか!
冗談やめてくださるかしら?
私は藤林先生の事なんて道端に転がる石コロほどにも気にかけていないんですよ?
ただ、早ちゃんを高校に捩じ込む時、似たようなモデルケースとして『高山晶さん』が浮かび上がって、昔高山さんが今、私が住んでいる家に住んでいたとか『鬼斬忍法帖』を読んだ可能性が高いとか・・・色々な事がわかってきて、それで早ちゃんのために調査しただけだわ。
くだらない自惚れは止めてくださるかしら?
寒気がするわ。
あ、でも一つだけ涙をさそったものもあったわ。
あなた、高山さんの前で必死で悪女を演じてたでしょ?
素のあなたは何とも思われなかったんですものね?
好きの反対は嫌いじゃない、『無関心』ですものね?
何とも思われないくらいなら嫌われたい、好きな人の心に残りたいって思って悪女を演出してた訳よね?
あなたの報われない恋心に全米だって泣いたわ!」
「うるさい!」
「教師が取るべき態度ではないと思いますけど、今回は不問にしましょう。
でも早ちゃんに少しでも近づいてみなさい。
磨り潰してツミレの材料にしてあげるわ」




