決着
情報こそ戦いの趨勢を分ける。
数ある服部系列の屋敷の一つに少女を乗せていると思われる高級車が入って行った・・・という情報が警察経由で入ってきた。
山田聡子の駆る単車の後部座席に百地悠子が乗り、高級車が入って行ったと言われている屋敷に悠子一人で乗り込む。
山田聡子は屋敷の周囲にいるボディガードを悠子が敵陣で孤立しないように潰して回っているようだ。
悠子が屋敷の中の大広間に人の気配を感じた。
大広間には服部有紀と早がいた。
元々有紀に早を人質として使う気はない。
悠子に早を守りながら戦わせようとしていたのだ。
万が一、悠子が人質に取った早を見捨てるような事があれば有紀に勝ち目はないのだ。
そして経営者としても一流の悠子はいざとなれば人質の早を冷酷に見捨てるだろうと有紀は思っていた。
なので悠子に目の前にいる早を返し、守りながら戦わせる事にした。
足を狙撃した敵の仲間をあぶり出す効果的な方法で足を狙撃し倒れている敵の指を一本一本狙撃していく・・・という戦略がある。
見捨てる事が常道だとわかっていても、目の前の仲間はそう簡単には見捨てられないものだ。
ましてや悠子は早を溺愛している。
早を見捨てる事は悠子には出来ないだろう・・・と有紀は踏んでいた。
「ホラ!感動のご対面よ」有紀が早の背中をポンと押して、
悠子が早を抱きとめる。
「悠子さん・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」早は無力さに苛まれ、ポロポロと涙を流した。
悠子がポンポンと早の背中を慰めるように叩く。
そして有紀に向き直り言った。
「私、優秀な人が好きよ?
それは味方でも敵でもよ。
私、部下は優秀な人間で固めているの。
聡子もその一人ね。
敵でも読み合いが出来る、ヒリつくような勝負が出来る相手は大好きだし尊敬もするわ。
でもね有紀さん、あなたの事は私大嫌いだわ。
いくら無能なあなたでもこの意味わかるわよね?
競馬でも一位と二位の差が大差で二位と最下位との差より大きい事もあるの。
私は何一つあなたに負けていないし、あなたは何一つ注目すべき能力がない。
でも『自分は何も出来ない』って認めつつ努力している人も好きよ。
早ちゃんみたいにね。
一番嫌いなのは大した能力もないくせに自己評価だけは高くて、根拠もなくライバル視してくるあなたみたいなプライドだけは高いタイプよ。
早ちゃん、確かに私はあなたを庇いながらは戦えない。
だけど・・・こんな無能な女からは逃げきれるわよね?
早ちゃんさえ逃げきれれば、1対1で私がこんな女に負けるなんて事は天地がひっくり返ってもありえないわ」悠子さんが私に言う。
これは無茶振りではない信頼の証しだ。
私はその信頼に応えよう。
「はい、大丈夫だと思います。
私が逃げ切るまで悠子さんは服部先輩を抑えていて下さい」私は悠子さんに言った。
「良い返事ね。
この屋敷の外に百地家の息がかかった警察車両が待機してるはずよ?
援護するように要請したから私のスマホについてるGPS機能で私のいる屋敷の外に待機してるはずなの。
そこまであなたが逃げれれば私達の勝ちよ。
じゃあしっかりね」悠子さんが笑いながら言う。
まるで私の失敗なんて頭にないようだ。
「じゃあ行きます。
3、2、1、0『忍法畳返し』」
私のカウントダウンが終わると大広間の畳が一斉に縦に持ち上がった。
「逃がすな!追え!」服部先輩の部下の男達が立った畳をかきわけ私を探す。
だが私を追っているつもりの男達のいるところに私はいない。
私は子供の頃からコソ泥になるべくピッキングの技術と逃げる技術だけ父親に磨かれてきた。
正直追いかける連中とは年季が違う。
私を追いかけている連中が闘争のプロなら私は逃走のプロなのだ。
私は難なく外で待っていた警察車両に滑り込んだ。
「うわあ!突然メイド服姿の少女が!」
「悠子様の側近、山田聡子が『メイド服姿の少女が車の中に逃げ込んで来る』と言ってたから予定通り・・・だと思う」警察無線での情報のやりとりを聞いて私は「助かった」と実感した。
悠子さんがどうなったかというとある程度服部先輩を痛めつけて、とどめを刺すどころか逆に逃げて来たらしい。
悠子さんが言うには、「三すくみの状態の時にあまり勢力の均衡が変わる事をすると戦争になる」との事だった。
イマイチ上に立つ人の言う事は理解出来ないけど「本当は悠子さんは争い合いたくないんじゃないか」なんて事を私は勝手に考えている。




