修行
俺が男のままでもボディガードとしてどれだけ役に立っただろうか?
女になった俺など何の役にも立たない。
その上料理も出来ない。
掃除も出来ない。
洗濯も出来ない。
つまり「悠子さんに何の役にも立たない」のだ。
何で悠子さんはこの「お茶すら淹れられない役立たず」を見限らないのだろう?
俺はまるで置物のように悠子さんの部屋の片隅に邪魔にならないようにチョコンと座っていた。
そして休憩時間には悠子さんに膝枕をした。
俺は膝枕をしている時、思いきって悠子さんに聞いた。
「ハッキリ遠慮しないで言って下さい。
お・・・私、邪魔ですか?」
悠子さんは意外な事を言われたようにポカンとした。
そして一拍を置いて、悠子さんは笑い出した。
「じゃあハッキリ遠慮しないで言うわね。
今のところ早ちゃんは何の役にも立ってないわね。
でも早ちゃんは今も生徒会室でもずっと『何か出来る事はないか』って周りの流れを観察していたでしょ?
ソクラテスは『真実の知を得るためには無知を自覚する事だ』と言っているわ。
あなたは自分の事を無知無能だと思って何とかしようとしているのでしょう?
私の自惚れかも知れないけど私、自分より優れた人を知らないの。
少しくらい出来る事を鼻にかけている人に関わりたくないの。
でも早ちゃんは違う。
知らない事、出来ない事を自覚しつつ『それではいけない、何とかしないと』って思ってる。
私はきっとこの出会いを感謝する日が来るって信じているわ」
俺は鼻の奥がツンと熱くなった。
俺が忍者の息子と知るヤツらは俺を「コソ泥の息子」と言い、俺が忍者の息子と知らないヤツらは俺を「無職の変態女装狂の息子」と嘲笑った。
生まれて初めて人から期待された。
この期待に応えたい。
これが悠子さんの経営者としてのカリスマ性かも知れない。
こういった悠子さんの態度は誰にでも示すものかも知れない。
それでも構わない。
俺は悠子さんの笑顔を少しでも見たい・・・そう思ってしまったのだ。
「アルバイトはもらった仕事の分、仕事をすれば良い」という考え方もある。
ネズミがいる夢の国のアルバイトが、職場を熱く語る。
だいたいの人間が頭の中で「バイトが何言ってやがんだ?
コイツ狂ってやがんのか?
洗脳されてやがんのか?」と思う。
だが、使命感に燃えるアルバイト社員はそれで幸せなのだ。
俺はそういった状態なのだろうか?と思う。
バイトが終わり自由な時間になる。
俺は聡子さんに割り当てられた居室をノックした。
和室なのでふすまを叩く音が小さく、聡子さんには聞こえていない可能性もあった。
だが聡子さんは一拍遅れてふすまを開け顔を出した。
「聡子さんにお願いがあります!
お・・・私に忍術を教えていただけないでしょうか!?」俺は手をついて頭を下げた。
「私の教えは厳しいですよ?」聡子さんが笑いながら言う。
「望むところです!
よろしくお願いします!」
こうして俺の毎晩の忍術修業が始まった。




